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第52話 天才軍師の悩み事

結局は北海で桃香を中心に決めてやったことを繰り返すのだから、内政でそこまでの苦労はなかった。といっても愛紗と一緒にやる仕事の量はすさまじく、なかなか勉強や武の鍛錬までいかないほどだった。そんな日々が続いていたとき、また、扉が叩かれた。


「誰でしょう……?」


「お入り。」


朱里だった。


「え!? 愛紗さんも一緒だったんですか?」


「ああ。」


そこに見えるのは落胆の色。


「ごめん愛紗。俺が迎えに行くまで外していてくれないか?」


「わかりました。」


不満そうではあったけど、了承して外へ出ていってくれた。


「どう……して……?」


「何か悩み事あるんでしょ? 聞いてあげるから言ってごらん。」


「私って、そんなにわかりやすいですか?」


「今日はね。」



ちょっとムッとしたような朱里の声。でも、わざわざ執務時間中に来ることから考えても相当のものがあるのだろうという予想はついた。


「どうしたの?」


一向に話し出さない朱里。それはどこか怖がっているようだった。


「言ったら、たぶん一刀さんは私のこと嫌いになるし、軽蔑されるだろうな、って思うとぜんぜん言い出せなくて……。」


「大丈夫だよ。言って。」


「一つは焔耶さんのことなんです。何となく気に入らないというか、合わなくて……。


それに、福来さんがどうして一緒じゃないのか、ってずっと思ってて……。


あとは水晶さんのことで。仕事を終わらせる速度はとても早いから、私が『次のことをしたら?』と言うんですけど、『今日の分は今日の分。明日の分は明日の分』といってとりあってくれなくて、時間ができれば寝てて、その上藍里ちゃんと仲良くなっちゃったから私の居場所はどこにあるのかな、と考えるようになって……。


自分でも嫌な性格だと思ったんですけど、福莱さんに言えなくなっちゃったから一刀さんしかいないと思って……。」



「なるほどね……。」


3つとも、理解もできたし共感もできた。しかしどう説明したものだろうか……。


「まず焔耶の話から始めようか。これは正直、朱里はそう思って当たり前だと思う。」


「え……?」


「他の将で、焔耶みたいに“何となく気に入らない”将っている?」


「いない……です……。」


「だからだよ。」


「どういう、ことですか?」


「こういうことを言うと焔耶にはとても失礼だけど、彼女はいわば直情型。要は“考えるより体を動かせ”というやつで、他の将を見てみると1人しかいないんだよね。誰だかわかる?」


「鈴々さん。」


「そう。でも鈴々と焔耶には決定的な違いがある。鈴々は無邪気で、天真爛漫な性格で、どこか幼さを持っている。でも焔耶にそれはない。」


「なら……。私は焔耶さんとはわかりあえないのですか?」


「ぜんぜんそんなことはないと思う。焔耶のほうはそんなこと全く考えてないだろうし。それも朱里にとっては嫌なんだと思うけどね。」


「どうしてそう言えるんですか!?」


一般論だけで乗り切ろうとしたけど、相手が朱里じゃ無理だよな……。やっぱり。


「俺もそうだったから。」


「え……?」


「よく話をした2人、いるよね?」


「はい。早坂さんと藤田さん、ですよね?」


「ああ。俺、最初は2人とも大嫌いだったんだよ。最初に会ったのは藤田さんが先で、4年半くらい前かな。“水鏡女学院”みたいに勉強するところで出会ったんだ。俺の他にも男はいるし、もちろん女の子もいる。その中でその人だけ女の子からの人気が抜群に高かった。」


「どうしてですか?」


「格好いいから。仮に俺が平均だとするなら、その人は別格だった。かなり筋肉質だったしね。


それも面白くなかった。その上彼は礼儀正しかったのもその一因かな。でも決定的になったのは“試験”のとき。朱里たちは勉強がある程度進んだ後に確認の意味で何かしたことってある?」


「“討論”をしていました。一刀さんたちは違ったんですか?」


討論、か。進んでるなあ……。


「ああ。“成績”をつけるために、“試験”といって語句の穴埋めだとかそういうものを時間決めてやってたんだよ。俺は全然ダメだから、試験の時間中にずっと集中することもできなくて、ふと前を見たんだよ。そしたらそいつは寝てたんだよね。」


「試験中にですか?」


「うん。もちろん監督の先生から注意されたけど『採点してから言ってください』なんて言いやがってね……。何だコイツ、と思ったけど、採点が終わってから貼りだされた結果見て意味がわかったよ。1位。全教科満点。『解き終わって暇だから寝ました』そう言いたいんだな……って。もう不快感しかないよね。自分は必死で勉強して、試験中もがんばって時間全部使って、それでも全部埋めることすらできない。“貼りだし”は上位20人なんだけど、当然それにも載っていない。そいつは勉強できるから女の子からも“教えて”とくるし、それも腹立った。」


「やっぱり、他の人が女の子から人気があると腹立ちます?」


「そりゃ、俺だって男だし、人気はあったほうが嬉しいよ。それをほぼ独占していたから腹は立った。でも色々あって仲良くなって、そのうちもう一人のほうと会った。」


「早坂さん?」


「ああ。そっちは藤田さんと違ってひどく傲慢に見えたから不快感しかなかった。でもあるとき気づいたよ。というか、気づかされた。


そうだなあ……。ここの廊下くらいかな?それを延々と走り続けて自分の体力を測る競技“20メートルシャトルラン”というのがあってね。はっきり言って地獄なんだけど、それをやるの。」


「そんな短い距離をですか?」


「ただ、走る時間が決まっていて、だんだん早くなる。


競技に関する説明は面倒だからしないけど、俺は130くらいで終わった。その後立ち上がれなくなるくらい必死でやってそれだよ。でも彼らは160を越えてもしゃべる余裕があった。“とうとう2人になってしまいましたなあ”と言ってたのをよく覚えてる。挙げ句最後は後ろ向きで走ったりしててね……。“これ以上やっても意味ないから終わりにしよう”とか言って200でやめたんだけど、それ見てて嫌でも気づいた。“格”が違うってことに。


諦められればよかった。


“持って生まれたものが違うんだから仕方ない”


そう思うことができればよかった。でもできなかった。かといって差を縮める方法も全く思いつかなかった。だから思い切って彼らに聞くことにした。それで今の俺がある。


そんなふうにしてわかりあえた人もいるし、相手の気楽な生き方が羨ましくて友達になった人もいる。でも、会った瞬間に『ああ、合わないな』と思った人もいたよ。そういうのは適当に流していたけど。」


「なんか、一刀さんの話を聞いていたら自分の悩みが小さなものに思えてきました……。」


「そんなことないよ。人付き合いで悩むなんて当たり前の話だ。」


「私と焔耶さんも、“適当に流す”しかないのでしょうか?」


「いや、それはない。なぜなら同じ志を持っているから。だから必ずわかりあえるときはくる。というより、朱里が戸惑っているだけだと思う。」


「戸惑う……ですか?」


「ああ。どう接していいかよくわかっていないんだと思う。そんなに気にすることはないよ。ゆっくり理解していけばいいさ。」


「ゆっくり……。」


噛みしめるようにそうつぶやいていた。さて……。


「で、福莱のことだけど、それは言えない。」


「どうしてですか!?」


「確かに俺たちは他の群雄と違うんだろうな……とは思ってる。でも“線引き”は必要だと思う。桃香、俺と他のみんなとの。それを敢えて考えるなら“人事”になる。」


「わかりました……。」


ひとまず引き下がってくれた。問題は次だ。俺の貧困なボキャブラリーと経験でどう説明するか。


「水晶に関しては、諦めるしかないと思う。彼女はいわば“職人”だから。」


「職人、というのは、刀を作ったりする人ですよね? たくさんいますよ?」


「いや、そういうんじゃないんだよね……。なんと説明したらいいかな……。“変人”? “馬鹿”?」


「た、確かに目の色は変ですけど、常識はわきまえているし、私より頭もいいように思えるのに、“馬鹿”なんて……。」


なんと言えばいいのだろうか。俺の世界では、機械を使って工場で作られたものが大半を占め、“手作業で”というものはとても貴重なものになってしまった。それでも人の手でやらなければならない仕事はある。そういう仕事に就く人を“職人”と言う。


しかし、俺の言った“職人”はすこし意味が違う。いわゆる“儲け”を考えない“変人”のことだ。その分野では他とかけ離れた才能を持っているけど、他は無頓着。ごくまれにいるらしい。伝記があるわけでもなく、雑誌で読んだだけだから、水晶と会うまでは実際にどういう人なのかは全くわからなかった。


「そうだ。朱里にもし、俺たちの領土の予算1年分あげるって言われたらどうする?」


「え!? そんなの……。」


「拒否権なし」


「家を建てて、学院の子を呼んで……。」


「だよね?


普通は自分。どれほどのお人好しでも自分がお世話になった人のために使う。でも水晶はそうじゃない。本が買えて最低限の暮らしができればそれでいい。大量の貢ぎ物や金をもらっても一切興味なし。一緒に住んでいた風に任せきり。」


「ならさっきの質問は……?」


「たぶん『いりません。無駄なことを聞かないでください。』で終わるね。みんなに渡している給与にしても、全て風任せだし。」


「ひどいです!!」


「ごめんごめん。で、藍里と合ったのは性格だろうなあ……。朱里は“超”マジメ。藍里は“少しくらいいいよね?” みたいな感じだから。愛紗と星みたいな関係性かなあ……。焔耶とは違って無理に合わせなくていいよ。吸収できるところはすればいい。」


「一刀さんはどっちがいいと思いますか?」


「両方。朱里のひたむきでマジメにやるところも好きだし、水晶の“やるべきことをやったら終わり”という割り切りも良いと思う。」


「うー。ずるいです……。じゃあ、私が今日仕事をサボってもいいんですか?」


もうやってるじゃん……。


「明日増えるだけだよ。」


「サボります!!」


不良軍師、朱里。それも悪くないのかもしれない。たまには。



結局、愛紗に一言告げて朱里と街に出て買い物をしたりご飯を食べたりして一日が過ぎた。

さっぱり話が進みませんね……。進めようかとも思いましたが、史実や演義に基づいたエピソードを少し入れたくなってこんな話に。


焔耶との話は「反骨の相」から始まる話なのでおわかりでしょうが、水晶の話だけ少し補足しておきますと、郭嘉の素行不良問題を陳羣が曹操に言ったことが元ネタです。


なお、私はこのタイプ(水晶)の人を3人知っています。1人は一刀君のように実際会ったわけではなく記事で読んだだけですが、こういう人が現代日本にも居ることに嬉しさを感じます。

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