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チートでチートな三国志・そして恋姫†無双。の残骸  作者: 山縣 理明
第2章 劉備たちの動向  安住の地を求めて~神の視点から~
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第17話 従者の名は程仲徳

北海の方針を定めたときから少し時が経ち、晩夏。そろそろ秋の気配が感じられるようになってきた頃のことである。



最初の頃こそ”税が高い”などの批判があったものの、治安が極めて良くなり、安定した収入を得られない者が殆ど居なくなったことなどから、民衆の評判は次第に改善していった。それは、”太史慈を助けた英雄”と見られていた最初の頃よりも良くなっているほどであった。その評判は周辺の地域にまで広がり、結果として民衆が流入したため、都市の規模がどんどん大きくなっていくという良い循環を生んでいた。



最も、当人たちにとっては他の諸侯から疎まれるのも困るので、あまりに評判が良すぎるというのは嬉しい? 悩みの種となっていた。それでも、朝廷や袁紹に御礼参りをしたことなどから平穏を保っていた。他の諸侯にも行うという案はあったものの、そこまで大風呂敷を広げるのは良くないだろう……という判断から接触は控えていた。



間者を育成し、周辺地域や朝廷の情報を集めることにも成功し、これから対外的にどう動くかを検討するため、また同じ面々が会議室に集うこととなった。方針を決め、それが良い方向に進んでいるとはいえ、様々な問題は生じる。それを処理するために行うのだ。



その中で劉備たちが最も気になっているのは、主たる北郷たちの動向が全く掴めないことであった。



商人や間者からもたらされる様々な情報は、この地には○○という主が居り、税収はどれくらいであり、国庫の中はこうなっており、人口はどれくらいで、どんな産業や農業が活発であるのかといったことから、常備軍の兵数、いざというときに集められると思われる兵の数、そして治める主の性格や施政の方針、支える部下の質や性格といった詳細なものである。これは、もし他国の者が一つでも見たら唖然とするようなものである。それがどんどん集まっているにも関わらず……である。


このもたらされる情報から推察できることは、黄巾賊が様々な所で暴れ回っているものの、朝廷のある洛陽、公孫瓚の治める幽州、袁紹の治める冀州、そして自分たちが治めている北海には居ないため、その中のどこか


――特に自分たちの治める北海――


へ大量の民衆が流入しているということを始めとして様々にある。



ところが……。それだけ詳細な情報が集まっているにも関わらず”天の御遣い”に関する情報は全くないのだった。



あれだけ目立つ”ぽりえすてる”とかいう白衣を着ており、お付きの甄姫に至っては頭に金の輪があるという、端から見れば一目瞭然の格好をしているのにも関わらず……である。一緒にいる(筈の)2人にしても、徐庶はそれほど目立つことはないが、関羽は勇名轟く武者であり、これまた一目瞭然の”青龍偃月刀”という武器まで持っているのだ。それにも関わらず何の情報も入らないというのは考えにくいことであった。



「それにしても、ご主人様たちはいったいどこへ行っちゃったのかなあ? こんなに細かい情報が入ってきてるのに、ご主人様たちの情報だけが全く入ってこないなんておかしいと思わない?」


「いえ、私はこうなる


――ご主人様ならこうするだろう――


というのはある程度予想していました。」


「む? 椿、それはいったいどういうことじゃ?」



劉備のぼやきに田豊がそう応じ、それに対して厳顔がその意味を聞いた。他の者も疑問の声を上げる中、一部の者はさもありなん……と頷いていた。趙雲、張郃、そして沮授の3人である。



「確かに、(あるじ)ならばありうることだな……。」


「星さん、どういうことなのか教えて頂けますか?」


「朱里よ、もし(ぬし)が他の者に、”(あるじ)や甄姫様、それに愛紗のことを教えてほしい”と言われたらどう説明する?」


「なんでそこに福莱さんが入っていないんですか? えーっと、あ! そういうことですか!」



趙雲が諸葛亮に何かを教えるというのは珍しいことなので、趙雲はどことなく嬉しそうであった。



「なるほど……。皆の考えることを逆手に取っているわけですね……。」



そう言って龐統も感心したように頷いた。



「お主らだけでわかられても困るんじゃがな……。儂らにもわかるように説明してくれんか?」


「桔梗さん、つまりこういうことです。


ご主人様はこの地では見たことのない”ぽりえすてる”とかいう白い服を着ていらっしゃいます。でも、それを除けばただの男の人です。甄姫さんはあの金の輪を隠して服を露出度の低いものに変えればそのへんにいる女性と大して変わりません。このご時世ですから、剣を一本持っているくらいでは目立ちません。愛紗さんも、あの髪と武器以外はどこにでも居る女性と同じなんです。


つまり、他の人から特徴的だと思われているところを隠してしまえば、単なる4人の旅人にしか見えないわけです。」



厳顔の問いに諸葛亮はそう答えた。



「じゃが……。何のためにそんなことをする必要があるんじゃ?」


「目立たない方が動きやすいと考えたのでしょう。他国に入るにしてもそうですからね。それに”天の御遣い”の名が一人歩きすることを良いとは思っていなかったようですから。」


「それはご主人様も言っていたなぁ……。”劉”備だけが目立てばそれでいい……って。」


「そういうことです。桃香様が治めるこの地がそれなりに有名になればそれでいい……とお考えなのでしょう。」


再びその意味を聞いた厳顔に田豊はそう答え、劉備が”そういえば……”と、かつて(あるじ)たる北郷から聞かされたことを思い出すように言った。



「ということは……。別に心配することはないんだよね?」


「今年のうちに戻りたいと仰っていましたから、それはきちんと守って頂けると思います。それまで辛抱強く、この地で頑張れば大丈夫だと思います。」


最後に龐統が劉備の問いにそう説明すると、皆に安堵の表情が広がった。



「のう……。”ご主人様”と呼んで良いのか……? はそもそも、何をしに、どこへ行っておるんじゃ?」



廬植は、きちんと聞く機会がなかったためにずっと気になっていたことを、この機会にと質問することにした。




「ああ、その話ですか。霧雨さんは”稀代の天才”の噂をご存じですか?」



その問いに田豊はそう答えた。すると……



「うむ。私もその”従者”と名乗る人物から何冊か本を買うたのでな。その従者の名は”程立(ていりつ)”、字は仲徳(ちゅうとく)”と言うておった。もっとも私は”清廉潔白すぎる”と言われて、売ってくれなくなってしまったがのう……。今回のようなことを予見しておったのじゃろうな……。」


と廬植は答えた。


「一体、どんな人物なのだろうか……。」


「さあのう。ただ、程立殿が『あの方はすさまじき光。(わたくし)は陰にしかなれません。』と言うておった。私に言わせれば、程立殿もここにいる朱里殿や椿殿たち知謀の士と同格に近かろう……と思うのじゃがな。」



張郃の呟きに廬植はそう応じた。そして、話は次なる課題へと進んだ。



”徐州討伐”の件である。



「えー、おほん。


納税など、これからも忠節を尽くすように。


(ぬし)たちとは全く違う不届き者が徐州を支配し、税の滞納が続いている。


これまで、討伐命令を建業の孫堅に出したものの、失敗に終わっている。そのため、孫堅に代わりお前たちに討伐を命ずる。」


咳払いをして、劉備が朝廷からの親書を読んだ。



「だって。これは椿さんに要約してもらったものだけど、要するに”徐州を落とせ”っていうことだよね? あの”江東の虎”と噂されていて揚州全土を支配下に置いている孫堅(そんけん)さんが失敗したものを私たちにやれと言われても、できるわけないと思うんだけど……。いくらなんでも無茶だよね……。」



「私は必ずしもそう言えるとは思いませんけど……。


孫堅が揚州全土を支配下に置いたのは私たちが北海の太守を拝命した後、つまりつい最近のことです。当然のことながら、孫堅の率いる兵の疲れはかなりあったものと思います。それにも関わらず徐州の討伐に向かっていますから、失敗する可能性のほうが高かったわけです。」



「それに加え、揚州制圧の殆どは周瑜(しゅうゆ)という参謀の作戦の下で行われたのですが、今回、その周瑜は同行していません。揚州の地を安定させることを優先するため、孫堅の次女である孫権(そんけん)と共に揚州に残っています。


孫堅と長女の孫策(そんさく)は支配する地域を広げるために意気揚々と徐州、それも本拠地である下邳(かひ)城の制圧に向かったのですが、あえなく失敗した……ということです。



徐州の討伐に関して、母親の孫堅と長女の孫策が賛成し、周瑜と次女の孫権は反対した……という構図になったわけです。その過程で気になる不確定要素があるのですが、まだそこまで情報が入っていません。」



田豊と龐統がそう説明した。


この”不確定要素”は、自分たちと孫家の関わり、未来を左右するほどの問題だっただけに、いつもよりさらに丁寧に情報収集をする必要があるのだった。



「つまり……?」


「失敗するべくして失敗した……ということです。我々がやればあそこまで酷くはならないでしょう。まず、先に攻めるならば本拠地の下邳ではなく小沛(しょうはい)のほうですし、軍備の増強も進んでいます。今の段階で小沛を落とすことも不可能ではないと思われます。」



劉備に対して諸葛亮がそう答えた。



「ところで……。徐州はそもそも陶謙(とうけん)さんが治めていて善政を敷いていたはずだったんだけど、どうしてこうなっちゃったの? ほら、白露ちゃんから手紙を貰ったくらいなんだよ。」



劉備は公孫瓚からの書状を見せながらそう言った。



「ここ半年ほどの間に陶謙さんは病に倒れてしまい、息子の陶商(とうしょう)陶応(とうおう)の2人が実権を握りました。彼らは独裁の形で徐州を支配しています。徐州の都市は皆さんおわかりのように小沛と下邳の2つがあります。


こうなる前は下邳を陶謙さんが治め、小沛は糜竺(びじく)糜芳(びほう)姉妹と陳珪(ちんけい)陳登(ちんとう)父子(おやこ)で上手くやっており、太守は糜竺さんが務めていたのですが、今回の政変でその4人は中枢から追放され、代わりに韓玄(かんげん)という男が太守になりました。



韓玄は弓の名手と喧嘩っ早い性格の猛将を抱えており、その力はなかなかのようです。ただ、その4人は民衆からの人気がかなり高かったようで、不満はあちことにあるようですね。私の間者たちは今のところ、その中の糜竺さんと陳登さんの2人を中心に接触を繰り返しています。



陳登さんは父親と共に下邳に戻ったのですが、下邳城はかなり堅固な城で、攻める孫堅さんの側に先述したような問題があったものの、4度攻められても完全に防ぎきったそうです。また、朝廷への納入分を民衆に分け与えているため、民衆や兵からの評判はそれなりに良く、特に下邳では内側からの切り崩しは望めないだろう……とのことです。ちなみに、陶謙さんは病床についているために実権はなく、どうしようもありません。」


と、龐統が徐州の内情を詳しく説明した。



「”今すぐ”攻めるべきか、”少し様子を見てから”攻めるべきか、どうしますかね。」



田豊がそう言った。



「とにかく、格好だけでも攻めなければいけないだろうな……。”朝廷”からの親書なのだから……。」


「それはそうなのですが、少し”棚上げ”にしたらどうでしょうか? 今年中に小沛を落とすくらいの状態でいいのではないでしょうか。」


「そうだね。朱里ちゃんの言う通りにしよう。”今すぐ”とは書いていないし、少し様子を見てからで良いんじゃないかな。」



張郃が”格好だけでも”と言ったのに対し、諸葛亮が”少し様子を見たい”と言い、(あるじ)たる劉備もそれに同意したため、この徐州の件は”棚上げ”することになった。



※作中で、愛紗も甄姫も”そこらへんの女性と大して変わらない”と書きましたが、実際はかなり美人です。こんな描き方をしてすみません・・・。


※孫堅(母)・孫権(次女)の区別がなかなかわかりにくいため、毎回、「母親の孫堅が・・・」「次女の孫権が・・・」というふうに書かせて頂きます。まどろっこしいでしょうがご勘弁ください。

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