第11話 ”名族”袁紹との対面 ~動乱の幕開けを告げる檄文~
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「さて、最低限の準備は整った。袁紹に鄴を献上しに行くとしようか。」
「えー。白露ちゃんに言ったときから思っていたけど、頑張って獲ったのにどうして明け渡すのー?」
「そうじゃのう。死んだ兵たちも無念じゃろう。お館、何を考えておるんじゃ?」
この話を持ち出すと、桃香は頬を膨らませてそう言った。子供かよ……。それに桔梗も不満顔だ。まあ、大局を見ることができなければここで旗揚げしてしまうだろう。その気持ちは俺もよくわかっている。このことこそまさに『パーセプション・ゲーム』だ。
「……。この地は、ご主人様たちが加担して強大な群雄となった公孫瓚。そして”名族”として名高き袁紹。未だ弱小ながら、夏侯惇・夏侯淵・曹仁といった猛将に荀彧という参謀を擁する曹操。この3勢力に囲まれております。
その上、我々は漢王朝から任命された太守である韓馥を殺しています。このままでは全ての群雄から”逆賊”として攻撃されてもおかしくありません。それならば袁紹に献上することで批判の矛先をそらして兵糧や資金を手に入れ、名族たる袁家とのつながりを確保したほうが将来のためになる……。そういう狙いでしょう。」
玉鬘は俺の考えをあっさりと見破り、みんなに説明してくれた。俺の下には猛将や名軍師が集いつつあるわけだけれど、改めてそのすごさを思い知った。やっぱり軍師、というか文官最高だなあ……。
「さすが。……。ところで、曹操の所にいる軍師は荀彧だけ?」
今、一番気になっている問題をぶつけてみた。あの超能力者を曹操より先に頂くことができれば天下取りにかなり近づけるだろう。もし、もう盗られていたとしたならば、最悪の場合は戦争をしてでも俺のところにきてもらわなくてはならない。
「? ええ。曹操は内政を重視する方針です。それを荀彧は的確な献策で助けております。それに、曹操は”誇り”という妙なものにすさまじい拘りを見せているらしく、なかなか気の合う部下がいないようですね。何か気になることがおありですか?」
「ん、ちょっとね。まあ、まだいいよ。」
玉鬘が曹操陣営の内情を説明してくれた。
”誇り”ねえ……。本来の曹操の持ち味は、”一芸に秀でていれば親不孝者だろうが誰だろうと用いる”という、儒教思想の根付いたこの国では”異端”とさえ言えるような懐の深さにあったのだけど……。無駄なプライドで実をとることをしないのならば、曹操はそこまでの脅威ではないかもしれない。いずれにせよ、さっさと許昌へ行かないといけないな。
「問題は、誰が袁紹の所へ行くかですね。」
「俺、甄、愛紗、藍里、悠煌、それに朱里かな。本当なら桃香も連れていったほうがいいんだろうけど、それだとこっちを治める主が居なくなっちゃうからね……。」
「えー。私も行きたいよ~。 袁紹さんの南皮は豊かな土地で憧れだし……。」
「必要ないでしょう。というより、やめるべきです。あれはただの馬鹿ですから、上手くお世辞を言えばこちらの望みを叶えてくれます。ですが、桃香様はそういうのがとても下手ですから……。」
「椿、そこまで言わなくても良いと思うけど……。こっちは、全体のまとめを福莱に任せるから、彼女を中心にして頑張ってくれ。あと、俺たちの安住の地は青州の北海と徐州だから、それを常に頭においておいてね。」
「ご主人様、兵はどうしますか?」
「騎兵20ってとこかな? 強行軍で印綬を渡して、代わりに兵糧と軍資金を貰うだけだから、それを運ぶ最低限の兵でいいよ。……。愛紗が居てもその兵数じゃ心配?」
「いえ。では、行きましょう。福莱、あとは頼んだぞ。」
袁紹の治める南皮には、なんと2日で到着した。まあ、いきなり入らずに馬を回復させて食事をとる必要はあったけれど。
「さて、悠煌。兵たちを連れて食料の調達と馬の世話を頼むよ。」
「わかりました。……。ところで、ご主人様は私が裏切るとは思わないのですか?」
「……。裏切るの?」
「いえ。ただ、どうしてそこまで私を信用してくださるのかを聞きたいと思いまして……。」
「そもそも、俺が相手を信用しなかったら、相手も俺を信用してくれないんじゃない? それに、俺は悠煌が裏切るなんて思えないからね。まあ、万万万が一裏切ったら、それはその時に考えるよ。」
世渡りってのは難しいものだよなあ……。ゲームならば”忠誠度”として数値化されていて、アイテムやお金を上げれば”数値”として上がる。
でも、今は”人間”同士の付き合いだ。例えば、愛紗や星に”アイテム”は兎も角として”お金”をあげたところで忠誠心は上がらない。そんなことをすれば見捨てられるだろう。だからこそ、まずはこっちが信じてあげなくてはいけない。
「私は、名君に仕えていること、心より誇りに思います。つまらぬ質問をして申し訳ありませんでした。」
「いや、いいんだ。まあ、俺が名君かどうかはわからないけどね。んじゃ、行きますか。”名族”とのご対面だ。」
――韓馥から奪った印綬を、袁紹様に献上したい――
そう衛兵に伝えると、武器こそ回収されたものの、あっさりと広間に通してもらえた。こちらは丸腰だけど、女媧が居るから心配はしていない。
そこで登場したのはこれでもか、と言わんばかりの金髪に縦ロールという髪型の女性だった。ここは古代中国ですよね? 想像の世界なら何でも良いのかなあ……。まあ、髪の色からして、鈴々と悠煌の赤、桃香のピンク、桔梗の紫・・・というように愛紗以外は皆が皆吹っ飛んでいるけど……。俺が通っているフランチェスカでは染色が厳禁だったから、黒髪の子が殆どだった。だから余計にそう感じるのかもしれないな。
「おーっほっほ。無能な韓馥は私が討伐しようと思っていたのですわ。生意気にも先を越されたかと思っていたのですが、私に献上するためだったとは。さすが、”天の御遣い”とやらの名は伊達ではないようですわね。この私こそ、鄴を統治するのに相応しいとわかっているようで何よりですわ。おーっほっほ。」
「勿論でございます。鄴どころか、冀州を統べるのに相応しいのは袁紹様をおいて他にはいらっしゃいません。これほどお喜び頂けるとは、我々も頑張った甲斐があるというものです。」
隣で女媧と愛紗がプルプル震えているな。女媧は笑いを堪えて、愛紗は怒りを堪えてだけど。朱里と藍里は……呆れているみたいだ。
「さすが、よくおわかりのようですわね。……。袁家の名にかけ、貴方たちに褒美をとらせますわ。何がよろしいかしら?」
これだから名族とかそういう特権階級を鼻にかける連中は扱いやすい。無駄なプライドが邪魔して色々と失っていることには気づかないんだろうな……。
「は。私たちはこれから、平穏に暮らせる地を求めて流浪の旅に出るつもりであります。その為の資金と兵糧を提供して頂き、袁紹様に手助けをして頂きたいのです。善政でも名高い袁紹様の他には我らが頼れる御方はいないのです……。」
「つまり、兵糧やお金が欲しいというわけですね? 私にはその程度のことは簡単にできますわ。ついでに、あなたたちに将軍位を授けるよう、何進大将軍に掛け合って差し上げましょう。斗詩さん、上奏の準備をなさい。猪々子さん、この貧乏な方々に援助をしてやるのです。」(※1)
「麗羽様、なんだかいろいろ間違っている気がするのですが……。」
「いいじゃん斗詩。こいつら気に入ったぜ~。」
「そこまでして頂けるとは、さすがは天下に名高き袁紹様でございます。大変恐縮ではあるのですが、私の盟友である劉備にも将軍位を授けられるようにして頂くことはできないでしょうか?」
「おーっほっほ。お安いご用ですわ。そのかわり、もう一回言って頂けませんこと?」
「”天下に名高き袁紹様”でございましょうか?」
「そうですわ。もう一回よろしいかしら?」
馬鹿にもほどがあるだろ……。袁紹というより、脳が炎症を起こしているな。むしろ、脳みそなんて無いのかな。
女媧たちに目配せして合唱することにした。合わせて5回ほどやったら解放してもらえた。麗羽というのが炎症の真名だとして、斗詩と猪々子ってのは誰だろう? 脳筋(菌)なら顔良と文醜。腐敗の温床なら逢紀とかか? それと、他に文官って誰か居たかなあ……。
そんなことを考えていると、猪々子さんとやらが話しかけてきた。
「お前ら良くやってくれたな~。麗羽様、いつ落とそうか悩んでたんだぜ。アタイは文醜。あっちは顔良だ。よろしくな。」
ほう、顔良&文醜ですか。演義では関羽に話しかけようとして殺された顔良さんと、同じく関羽に殺された文醜さんですか。正史では確か顔良は関羽に、文醜は名も無き兵に殺されたんだよなあ。無能な大将だと苦労するよねえ……。(※2)
「いえ、こちらの頼みを聞いて頂き、ありがとうございます。こちらは甄姫に関羽、諸葛亮に龐統です。」
「そんなに堅くならなくったっていいぜ~。ま、用意できるのはこんくらいだけどな。」
「はわわ~。ありがとうございましゅ。」
それにしても……。袁家おそるべし。貰った兵糧は俺らの全軍5年分を優に超えるものだった。それに、手に入った資金もケタ違いだ。それらは全てウチの兵達に引かせることにした。この量は予想外だったけど、きちんと運ぶ準備は整った。
「さすがは袁家というべきでしょうね……。話の最中は不愉快極まりないものでしたが。」
「そうだね。まあ、あそこまでうまくいくとは思ってなかったよ。ところで、この南皮の米相場はどんな感じ?」
愛紗が呆れたように言った。そして、藍里は俺の質問に
「はい。他の土地と比べてもとても安いです。やっぱり凄いです。」
と答えた。
「んじゃ、ここの人達の迷惑にならないように気をつけて、もっと米を買っていこうか。」
「この上更にですか!?」
「うん。お金は勿論必要だけど、現状では賄賂くらいしか使い道がないしねえ……。」
俺は朱里にそう答えた。『金は、米を転がせば簡単に手に入る。』のだ。
本当ならば、先に米を売って、相場をどん底まで下げてからのほうがいいのだろうけど、そこまですると時間もかかってしまうし怪しまれるだろう。それに、既に他の地方とは比べものにならないくらい安い。タダで撒いても、張世平たちに売らせても、相当の利益になるだろう。上手くいかなかったとしても、盗まれなければ何の問題もない。
その後、朱里に袁紹へ御礼の手紙を書かせ、それを俺が渡して”名族”との対面は終わった。
悠煌には先に出発してもらい、桃香たちとは平原の辺りで合流するようにした。合流したときに大量の民衆が一緒についてきたことには驚いたけど、それは桃香の人望と米を撒いた結果かな。
――そして、その時は訪れた――
蒼天已死 黃天當立 歲在甲子 天下大吉
という檄文の下、一斉に賊が蜂起した。世に言う”黄巾の乱”の始まりか。
「ご主人様、これは……?」
「漢王朝の腐敗に耐えられなくなった連中が乱を起こしたんだろう。”天下大吉”はそのままとして、”蒼天”が漢王朝、”黃天”とやらがこの連中の天下、を意味するんだろうね。そして、今が甲子の年だということかな。」
「”動乱の幕開け”ということでしょうね。漢王朝にこの反乱を鎮圧する力があれば良いのですが……。」
「それは、これからを見ていかないとわからないだろうね。まあ、この動乱に紛れて青州と徐州を奪うことができればそれでいいよ。袁紹から頂いた金は官軍への賄賂にでも使えばいい。」
「あ、主……。賄賂などして何になるというのです!?」
「太守、あるいは州牧に任命してもらう。それだけさ。まあ、賄賂をやるべき者とやってはいけない者の見極めは必要だけどね。」
愛紗の問いに俺が答えると、玉鬘が心配そうにそう言った。そして、”賄賂”なんて言ったら星がキレた。
「名を捨てて実を取る。もっとも重要なことです。」
「さすが椿。わかってるね。さて、青州と徐州の攻略は桃香たちに任せようかな。俺は甄と愛紗と福莱で許昌のほうに行くからさ。」
「”稀代の天才”ですか?」
「福莱、何か知っているのか?」
「噂でしかないのですが……。世捨て人で隠者のような暮らしをしている方が居るらしい……という話です。」
「なんでそんな人が有名になっているんだ?」
「間道から獣道まですべて書いた地図を作っていましたし、その方が書いた本や地図を私たちの塾でも使っていましたから……。気に入った人にのみ渡しているらしいです。といっても、断片的な情報ばかりでどこまで本当の話なのかはよくわからないのですが……。」
「それは凄いなあ……。名前は知らないの?」
「それが、さっぱりです……。”従者”という方と会うだけでしたから……。」
「まあ、とにかく、そういう人に会いに行こうと思う。鈴々や桔梗、それに悠煌と星がいれば戦争は問題ないだろうし、朱里たちなら他の軍師に優ることはあっても劣ることはないからね。北海の太守や徐州の州牧になれるようにうまく賄賂とかも頑張ってね。それは、玉鬘や椿なら上手くやれるかな。まあ、桃香に任せるよ。」
「うん。こっちは任せて~。よくわからないけど、ご主人様の言ったことに間違いはないし~。」
さて、行くとしますかね。
解説
※1:何進・・・後漢における武官の最高位である”大将軍”に就いている人物。またそのうち出てくるかもしれません。
※2:劉備が袁紹の客将だったため、顔良は関羽に話しかけようとしたが、関羽は曹操の客将として従軍していたため殺される。哀れ……。
キャラクター紹介
袁紹 字は本初 真名は麗羽
名族。それ以上は特にない。三公とは後漢の最高職のこと。それを四代にわたって務めた家柄である。
正史や演義では、妾の子だったものの、本妻の子たる袁術よりも優れていたため、人望に篤かったそうです。
今作では金髪縦ロール。資金力は抜群である。
数値は、50・50・30・30・65
魅力が高いのはお金を持っているからです。
顔良 字は不明。 真名は斗詩
正史、演義では脳筋。今作では苦労人。
数値は、70・70・50・60・50
文醜 字は不明。真名は猪々子
脳筋。それ以外に言うことはない。
数値は、70・70・30・30・40
後書き
『パーセプション・ゲーム』についての詳しい説明は第2章で行います。それまでお待ち下さい。