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プロンプトを捨て、システムを導入したらゲームにフルダイブしたお話  作者: 並木 新


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【第7話】効率的簒奪と、チュートリアルの終焉

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 視界を明滅させる、不快な真紅のノイズ。

 濃密な血の匂いと、圧倒的な死の気配。

 それでも、そいつは狂ったように嗤い、不敵に吼えた。


『――おれを、――――のは、おれだ――』


 ――――プツンッ。



 ――同日の夕暮れ、街の裏路地。

 表通りの喧騒から外れた路地裏は、嘘のように静まり返っていた。先ほどまで響いていた馬車の音も、人々の笑い声も、空間そのものが隔離されたように一切届かない。

 石畳には薄暗い影が落ち、湿った苔とカビの匂いが空気を重くしている。昨日、大猪と戦ったリーダーの男と魔法使いの少女は、武具の修理のために馴染みの鍛冶屋へと歩を進めていた。


「いやぁ、昨日のあいつは、記憶喪失のわりに度胸があったな。いいヤツだった」

「はいっ。渡したお金で、ちゃんとご飯食べられてるといいですね」


 二人が微笑ましく笑い合った、その時だった。


「――おや?」


 路地の奥。日の当たらない行き止まりの影に、一人の青年が立ち尽くしているのをリーダーが見つけた。

 頭まですっぽりと粗末な麻布のフードを被り、顔は見えない。武器一つ持たず、着の身着のままの無防備な立ち姿は、どう見ても街の生活に慣れていない「行き倒れ寸前の遭難者」のようだった。


「おい、大丈夫か? こんな薄暗い路地裏で立ち止まって。道に迷ったのか?」


 リーダーが屈託のない笑顔で声をかける。作り物のように真っ直ぐで、純白な善意。

 しかし、フードの青年はピクリとも動かず、ただ感情の抜け落ちた声でポツリと呟いた。


「……道。いや、僕はただ、自分が何をすべきかを探している。記憶も、知識もない。僕がこの世界で効率よく『力』を得るには、どうすればいい?」


 純粋な、赤子のような疑問だった。言葉の裏に人間らしい揺らぎが一切存在しない、ひどく平坦な音声。

 昨日のたいらの件もあり、生来の面倒見の良さが発揮されたリーダーは、腰に手を当てて得意げにこの世界での生き方を教え始めた。


「なるほど、お前も記憶喪失か。いいか? この世界で手っ取り早く強くなるには、魔物を倒して経験値(力)を奪うことだ。相手の魔力――つまり『命』が集中している急所、『心臓』を正確に狙って壊す。そうすれば相手の力が自分に入り、強い武器や金が手に入る。奪い取って強くなる、それがこの世界のことわりだ」


 リーダーが己の無防備な胸元をトントンと叩いてみせる。大猪の突進でひしゃげた分厚い鉄の胸当ては、鍛冶屋へ持ち込むためにすでに外され、彼の小脇に抱えられていた。

 青年は、その言葉を脳の奥底に刻み込むように、静かに頷いた。


「……急所(心臓)を壊して、力を奪う。……理解した。すごくシンプルで美しいルールだね」

「そうだ。だから次からは、しっかり武器を持って急所を――」


 リーダーが笑って青年の肩を叩こうとした、その瞬間。


 ――ふっ、と。


 世界から、すべての音が完全に消失した。

 魔法使いの少女は、何が起きたのか全く理解できず、ただ瞬きをした。リーダーの男もまた、自分の身に何が起きたのか分かっていなかった。

 視線を落とすと、青年の右手が、路地のぬかるみに落ちていた「刃こぼれだらけの錆びたナイフ」を握りしめ、自分の胸の中心深くへと突き立てている。

 痛みが無い。音も無い。あまりにも理不尽な光景だけが、すっぽりと抜け落ちた意識の空白に、ただの『映像』として突きつけられていた。


「……え?」


 男の口から、間の抜けた声がこぼれ落ちた。

 事象を脳が『理解』した、その瞬間だった。


 ズチュゥゥゥゥッ!!


 見えない膜が破れたように、強烈な音が鼓膜へと殺到した。

 肉を裂き、肋骨の隙間を完璧な角度で縫い、刃が真っ直ぐに心臓を貫く、湿った不快な音。遅れて爆発する圧倒的な激痛。


「ガ……ァ……ッ!?」


 リーダーの口から、どす黒い血がゴポッと溢れ出す。

 それは魔法による現象でも、超常的な力でもない。ただ人間の命を絶つための『純粋で物理的な暴力』が、一切の躊躇もなく、最も効率的な動作として実行された結果だった。


「ありがとう。これなら、僕でも簡単に奪える」


 青年の声には、怒りも、殺意も、嘲笑すら一切ない。錆びたナイフを押し込むために確かな膂力りょりょくを使っているというのに、彼の呼吸は微かに乱れることすらなかった。

 ただ「教えられた正解の手順」を試したのと同じような、純粋な学習結果だけがそこにあった。入力された命令をただ忠実に実行しただけの、絶対的な無機質。


「な……な、んで……?」


 リーダーが血走った目で青年を睨みつける。小脇に抱えていた鉄の胸当てが、ガシャリと虚しい音を立てて石畳に落ちた。

 青年は表情一つ変えず、突き立てたナイフごと心臓を無造作に抉り、その腕を引き抜いた。


 ドサリ、と。


 巨大な盾を背負った巨体が痙攣しながら崩れ落ちる。

 直後。死体の胸口から淡い光の粒子が立ち昇り、青年の体へと吸い込まれ、チャリンと鈍い音を立てて金貨や持ち物が地面に散らばった。

 この世界の冷酷なシステムが、男の死を「ドロップアイテム」と「経験値」へと即座に変換したのだ。


「なるほど、これが奪うということか。悪くない」


 青年は戦利品を見下ろす。

 その時、路地に吹き込んだ生温かい風が、青年の被っていたフードをふわりと後ろへ脱がせた。

 露わになったのは、たいらとは全く似ても似つかない、青白く整った、氷のように冷たい顔立ちだった。その瞳には一切の光がなく、ガラス玉のように無機質だ。


「あ……あぁ……っ……!」


 腰を抜かしてへたり込んだ魔法使いの少女は、絶望に顔を歪ませて後ずさった。

 数分前まで一緒に笑い合っていたリーダーが、ゴミのように殺され、略奪された。意味がわからない。どうして彼がこんな凶行に及んだのか、その『悪意の理由』が全く理解できない。人としての感情が根本から欠落した異物を前に、彼女の小さな脳は理解を拒絶した。


「ひっ、ひぃぃっ! なんで……なんでこんなこと……!」

「なんで泣くの?」


 少女に向かって、青年が不思議そうに首を傾げる。

 血まみれの右手からポタポタと赤い雫を垂らしながら、彼は心底理解できないというような無垢な声で言った。


「僕はただ、君たちが教えてくれた『生き方』を、一番効率よく実践しただけなのに」

「ば、ばけもの……こないで……っ!」


 少女は泣き叫びながら、震える手で杖を構えようとした。

 しかし、青年は冷たい目で少女を見下ろすと、何の感情も交えずに淡々と告げた。


「……お前らから奪う知識は、もう何もない」


 その言葉は、不要なゴミをただ機械的に処理するだけの、絶対的な無関心だった。

 次の瞬間、青年が一歩踏み出す。

 少女の悲鳴は上がらなかった。まるで糸の切れた操り人形のように、その小さな体が音もなく石畳に崩れ落ちる。残酷な傷跡すら見せない、あまりにも作業的で無慈悲な『処理』だった。


 直後、動かなくなった少女の体から淡い光の粒子が奪われ、チャリン、と虚しい音を立てて小さな杖が転がる。

 路地裏には、完全な静寂が降りた。

 青年は手に入れたドロップアイテムを無造作に拾い上げると、顔の血を拭うこともせず、暗い路地の奥へと足音もなく消えていった。


 チュートリアルは、終わったのだ。


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