【第14話】巨大魔法の飛び火と、広場の奇跡
大食堂での腹ごしらえを終え、たいらはギルド前の広場に出た。
食後の穏やかな昼下がり。広場には多くの出店が並び、買い物客や子供たちの笑い声が溢れる、平和で賑やかな「日常」の光景が広がっていた。
『まったく、たいらって人は! さっきの食堂でどれだけヤバいことを――』
「まあまあ。おかげで飯は美味かったし、誰も怪我してないんだからいいだろ?」
肩口でプリプリと怒るあいを宥めながら、たいらが大きな欠伸をした、その時だった。
「あ、おにいちゃん、口の横にタレついてるよ!」
出店でリンゴ飴を買っていた小さな男の子が、くすくす笑いながらたいらを指差した。
「おっと、マジか。サンキューな、坊主」
たいらは苦笑しながら袖で口元を拭い、男の子の頭をポンと撫でた。男の子は嬉しそうに目を細め、隣にいた妹らしき小さな女の子と手を繋いで駆けていく。
心底平和な、どこにでもある昼下がりの情景。
――カン、カン、カンッ!
突如、ギルドの屋根に設置された鐘が、非常事態を告げる規則正しいリズムで鳴り響いた。
広場の喧騒がスッと引いていく。直後、広場の各所に武装した討伐隊の隊員たちが駆け込んできた。
「緊急避難勧告! 直ちに南門方面へ退避してください!」
隊長格の男が広場全体へ向けて威圧的な声で宣言する。
『現在、北区画の路地裏にて、広域指名手配中の凶悪犯を包囲しました! 対象の極めて高い戦闘能力を鑑み、ギルドは本街のトップランカーによる特別討伐隊を上空に配置。これより安全圏からの広域魔法による一斉制圧を行います! 市民は急ぎ避難を!』
そのアナウンスに、広場の群衆がざわめき、血相を変えて南へと足早に動き始めた。討伐隊の隊員たちが手際よくバリケードを構築し、人々の避難誘導を行っていく。
群衆の波に逆らうことなく、たいらも歩調を合わせながら、隣を走って逃げようとしている中堅らしき冒険者に声をかけた。
「おい、あんた。トップランカーが街中でデカい魔法を撃つほど、そいつは何をやらかしたんだ?」
「知らねえのか!? 最近噂になってる、あのイカれた通り魔だよ!」
血相を変えた冒険者は、走りながらまくし立てた。
「冒険者二人の殺害容疑に、門番への襲撃、複数の女の監禁、無銭飲食……極めつけは、正規の奴隷商を一人でブッ潰しやったんだ! 異常な強さで、接近戦は自殺行為だってギルドも匙を投げてるんだよ!」
「へえ……」
走り去る冒険者の背中を見送りながら、たいらは北の空を見上げた。
「冒険者殺しに監禁、無銭飲食、挙句の果てに奴隷商の壊滅か。むちゃくちゃな奴だな」
『感心してる場合じゃないわよ! ほら、たいらも早く歩く!』
「分かってるって。……にしても、接近戦を嫌がって安全圏から広域魔法を一斉掃射か。よっぽどヤバい手合いなんだろうな」
たいらは歩きながら、北の路地上空で青く輝き始めた巨大な魔法陣に目を細めた。
十数人の高位現代魔導師たちが宙に浮き、己のMPを合わせて長大な詠唱を行っている。一から事象を作る「現代魔法」の象徴である、青い魔力の光だ。
「沈めェェッ!! 炎熱殲滅陣!!」
上空の魔導師たちが一斉に杖を振り下ろした。
ゴオオォォォォォォォォォッ!!!
青い魔力を帯びた圧倒的な熱量と爆炎の津波が、北の裏路地へと一直線に降り注ぐ。
直後、空気が弾けるような轟音と共に、路地裏の建造物が吹き飛び、マグマのような炎が周囲へと激しく溢れ出した。
「なっ……!?」
「ひぃぃっ! こっちに飛んでくるぞ!!」
上空からの一方的な爆撃。だが、その威力が想定以上に高すぎたのだ。
爆発の余波で吹き飛ばされた巨大な瓦礫の雨と、家屋を丸呑みにするほどの激しい飛び火が、避難誘導がまだ終わっていない広場――老人や子供たちが逃げ惑う頭上へと、容赦なく降り注いできた。
「おにいちゃん、助けて……っ!」
振り返ると、先ほど言葉を交わした幼い兄妹が、パニックで転倒し、頭上に迫る灼熱の巨大な瓦礫を見上げて泣き叫んでいた。
(おいおい……威力に全振りしすぎて、周囲への被害予測がガバガバじゃねえか……っ!)
たいらは足を止めた。
どんな凶悪犯だろうと、討伐隊の理屈はどうでもいい。だが、この平和な日常で生きる普通の人々が、大雑把なシステムエラーの巻き添えで理不尽に焼き殺されるのだけは見過ごせなかった。
「仕方ない……っ」
たいらは逃げ惑う子供たちの前に躍り出ると、空いた左手を上空へかざした。
彼の眼には、降り注ぐ無数の瓦礫と炎の軌道が、直感的なデータとして見えている。魔法そのものを消すことはできない。だが、自分たちの上に落ちてくる致命的な火の粉の座標だけなら、弾き出せる。
ただ物理的な壁で防ぐのではない。彼がやろうとしているのは、広場という空間全体から「炎が着弾する」という変数の参照先を意図的に外すこと。
つまり、「炎が来ない」のではなく、「ここは炎が存在し得る座標ではない(Nullである)」という偽のルールを、世界というシステムに強制的に上書きする狂気のハッキングだ。
『ちょっと、まさか……あんな無数の飛び火の座標データを全部弄る気!? たいらはまだ初心者なのよ、脳の演算領域が焼き切れる!!』
あいの悲痛な制止の叫びと同時だった。
――『ガガ……ッ、ギギィィィンッ!!』
脳内に、ガラスを引っ掻くような鋭いノイズが響き渡った。
食堂のテーブルとは比較にならない、無数の瓦礫と炎のランダムな軌道計算。その膨大な情報量を無理やり除外し、周囲の空間座標をハッキングする。
その恐るべき演算負荷が、初心者のたいらの脳を容赦なく蹂躙した。
「ぐっ……! が、あぁぁッ……!!」
こめかみを熱した鉄の杭で打ち抜かれたような激痛。
たいらの鼻と耳からツーッと一筋の血が流れ落ちる。それでも彼は歯を食いしばり、白濁しそうになる意識を繋ぎ止め、自分たちの頭上に落ちてくる事象だけを無理やりズラした。
ズドオォォォォンッ!!
直後、彼らの周囲の地面に、不自然なほど見事な円を描くように瓦礫と炎が叩きつけられた。
たいらと、彼が庇った子供たちのいる場所だけが、奇跡のように無傷で残っていた。
「お、おにいちゃん……っ」
震える声で幼い男の子が彼を見上げる。
「……はぁ、はぁっ……。よし、なんとか……弾いた……ぞ……。怪我は、ないか……?」
たいらが血だらけの顔でなんとか笑いかけると、子供たちは安堵からわあっと泣き出した。
『あ、たいら!? 血が出てる!! しっかりして!!』
たいらが激しい頭痛にフラフラと膝をつく中、上空にいた討伐隊のトップランカーたちの間からは、安堵のどよめきが沸き起こっていた。
「おい見ろ! 広場への延焼が最小限で済んだぞ!」
「あそこの市民たちにも当たってない! 結界部隊がギリギリで飛び火を防いでくれたのか!?」
「す、すげぇ……! 俺たちの連携、いつの間にこんなレベルに上がってたんだ!?」
自分たちのファインプレーだと盛大に勘違いして胸をなでおろす魔法使いたち。
『……っ。バカ、こんなの初心者がやっていい規模じゃないのに……!』
あいは、勘違いして歓喜する討伐隊には目もくれず、鼻血を出して倒れ込むたいらの頬に必死にすり寄った。
この連中は何も分かっていない。彼がやったことは、単なる防御魔法ではない。世界の理を直接書き換える、命を削る禁忌の代物だ。
(このままじゃ、この人、本当に死ぬかもしれない……っ!)
理不尽な飛び火から見ず知らずの子供を守るために、自分の脳を焼き切る覚悟で力を振るった彼を、ただ哀れみ、心配で胸を締め付けられていた。
「……ダメだ。頭が、割れそうに痛い……」
たいらの意識が白く明滅する。
『喋らないで! ほら、肩貸すから! 早く宿屋に戻るわよ!』
必死に彼を支えようとする小さな妖精の声だけが、遠のく意識の中で響いていた。




