『雪原の静けさ』
あるのは、
雪と、
静けさと、
引き金の感触だけだ。
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『雪原の静けさ』
雪は、音を消す。
俺の故郷でも雪は降った。
だが、ここまで広く、冷たく、無言ではなかった。
「おい、イワン。」
後ろから声がする。
振り向くと、同じ部隊の男が手を振っていた。
ロシア人だ。名前も顔も、もう何人分も覚えきれない。
「お前、寒くないのか?」
「寒いさ。」
短く答えると、男は笑った。
「顔に出てないぞ。」
出るわけがない。
寒さも、恐怖も、ここでは全部押し殺す。
俺は極東の出身だ。
目も髪も、ここにいる連中とは少し違う。
最初はよくからかわれた。
「中国人か?」「いや、日本人だろ」
好き勝手に言われた。
今は、もう言われない。
代わりに、こう言われる。
「お前はよくやる。」
それが褒め言葉なのか、
ただの便利な兵士への評価なのか、わからない。
銃を握る手は、もう震えない。
慣れたのか、壊れたのかも。
雪が、また静かに降る。
「終わったら、何する?」
誰かがぽつりと聞いた。
誰もすぐには答えない。
やがて、誰かが笑う。
「生きてたら考えるさ。」
それだけだ。
俺は空を見上げる。
白い空。
そこに、故郷の海の色を思い出そうとする。
だが、うまく思い出せない。
ただ一つ、覚えているのは——
冬でも、あそこには音があった。
波の音。
風の音。
人の声。
ここには、ない。
あるのは、
雪と、
静けさと、
引き金の感触だけだ。
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ただ一つ、覚えているのは——
冬でも、あそこには音があった。
波の音。




