人を感動させるには?
掲載日:2026/04/12
言葉を残すには資格が必要になった。
2086年、誰もが容易に発信できた時代は終わった。
悪意と嘘と偏見が増殖し、世界は情報の腐海になったからだ。
国は「保護」の名のもとに言論資格制度を導入した。
無資格の文章は自動削除。
感情値が基準を超えれば投稿停止。
比喩は誤解を生むとして減点対象。
私は試験に合格した。
論理の整合性、危険思想の排除、感情の抑制度。
すべて基準内だった。
今、世界は静かだ。
炎上はない。
怒号も罵倒も消えた。
代わりに、拍手も消えた。
文章は正確で、安全で、無菌だ。
誰も傷つかない。
誰も震えない。
資格保持者は更新審査を受ける。
「思想の安定度」「社会的調和指数」
数値が揺れれば失効。
人々は書く前に恐れる。
削除を、失効を、孤立を。
やがて文章は
事実の羅列だけになった。
喜びも、怒りも、祈りも、
過剰な主観として削られた。
私はある日、半世紀前の映像作品を見つけた。
保存禁止指定を逃れた違法アーカイブだ。
そこには毒があった。
差別的で、未熟で、感情をむき出しにした言葉。
論理は粗く、配慮も足りない。
確かに良いものではなかった。
だが、
私は、
これを見た時に、
感動した。
何かを恐れて出した情報は
人を感動させることはない。
その瞬間、私は理解した。
この世界で削除されたのは
嘘でも悪意でもない。
魂だったのだ。




