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幸せの瓦解は突然に

 ちょっと日記をつけてみようと思ってね。俺が死んだときに俺がどんな人生を送ったのかきみが知らないってのはきみを怒らせると思ったんだ。


 そうだね、まずは俺とエーテル教の関係についてなんて書いておこうかな。







 その日は、秋晴れが素晴らしい日だった。雲一つない青々とした空がどこまでも続き、心地よい風がどこからか吹いてくる素晴らしい日だった。


 それで、俺は家に帰ろうとしてたんだな、その時。学校から家に帰る途中で、ちょっと道草をくってた。誰も一緒に帰ってくれる人なんていなかったから、道草をとがめる人も道草を面白がる人も誰もいなかった。魔力がないって理由でね。惨めだったよ。


 けど、俺には両親がいたんだ。


 父親は機嫌悪い時にたまに殴ってくる男だったし、母親も機嫌悪い時に悪さをすると外に放り出す女だったけど、悪い生活じゃなかったな。






「父さん、母さん、ただいま」


 家の扉を開けると、嗅いだことのない匂いが漂ってきた。新しい料理のレシピでも仕入れたのだろうか。


 家の中に一歩、足を踏み入れた。それにしても酷い匂いだ。メシマズ国のレシピでも手に入れたのだろうか。


 下を見ずに、ずんずんと家の中を進んでいく。ねちゃねちゃとした感覚が靴越しに伝わってきている。もう俺はここで何が起こったのかが大体わかっていた。


 木製の食器棚には赤茶けた色をした渇きかけの液体が飛び散っていた。それを見ないようにして、その引き戸をひいて、俺はコップを手に取った。


 喉がカラカラだった。それをとにかく潤したくて、コップなみなみに水を注いで、飲み干した。それでも足りず、3杯くらいそれを繰り返した。三杯目を飲み終える頃にはもうコップに水を入れるのが面倒くさくて水差しに口をつけてガブガブ飲んだ。


 口の端から水があふれて、俺の服と血まみれの床を濡らした。


 床にこぼれただろうなって思って床を見たんだ。そこでようやく向き合えたよ。両親が死んでることに。


 血が抜けちゃってて、酷かった。あと数日もすれば腐って蛆がわくのかなって思った。それはすごい嫌な事だったんだ。


 しばらく両親の死体をぼんやりと眺めていたよ。真上にあった太陽が傾いて、あたり一面オレンジ色になるくらいにはずっとそうしてた。


 オレンジ色が夜の闇にとけて無くなりそうになったころ、ドタバタと姦しい音が家の外から聞こえてきた。


 なんとなく、危ないかなって思って、クローゼットの中に隠れた。一足先に夜の闇の中に紛れたみたいな気持ちがした。


 ドタバタとした足音は家の中に入ってきた。


 俺はとくに息を殺すこともせずにクローゼットの中でぼーっとしてた。暗闇の中で上を見上げて、クローゼットの隅を見つめていた。


 相手はかなり急いでいるようでバタバタとした音が家じゅうに響いてた。二階に行ったり全てのドアを開けたりしてた。


 そんで、とうとう俺がいるクローゼットの前にそいつはきた。


 建付けの悪いクローゼットだから、開けるのに苦労してるんだろう。ギシギシという音と開けようとしている振動が伝わってきた。


 ばきって音がして、クローゼットが壊れた。そしたら、白い月光が世界を浮かび上がらせたんだ。


 その光の中には、一人の男がいた。軍服を着てて、腕に「エーテル教異端審問官」と書かれた勲章をつけていた。


「きみの両親はエーテルの神にとって異端である」


 わずかに赤みがかった頬を持ち、ぜいぜいという呼吸音を出している男はそう言った。


「そのため、きみの両親は『浄化』された」


 軍帽を掴み、ぐっと下に持っていき、男は軍帽を深く被りなおした。


「だが、きみは浄化を受けるにはあまりにも幼すぎる」


 軍帽に手をやったまま、男は言う。軍帽は影を作り、男の目は見えなくなった。


「そのため、国外追放という手が取られた」


 男はそう言うと腕をひいてクローゼットから俺を出した。


「だが、国外追放できるのは今夜だけである。今夜を逃せばきみは浄化されるのだろう」


 男は持ってきたのであろう馬に俺を乗せた。


 男は俺に被っていたマントをかぶせて、ランタンに火を灯し地図を見せてきた。


「現在地はここだ。ここからこの青丸がついているところまで行く」


 フッと息で火を消すと、男は馬にまたがった。


 馬が走る慣れない振動に揺られながら、ちらりと俺は自分が今まで住んでいた家を振り返った。


 なんだかいつもと変わんないような気がしたよ。案外そんなもんかもね。大切な人との別れとか故郷を旅立つ時って物語では劇的に書かれるけれどさ。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークなどをつけてくださいますと幸いです。

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