燈凛町、湊の焦り
今回は、柊花の幼馴染で、対の勾玉を持つ湊くんがメインです〜
番外編のような形にはなりますが、彼には今後重要な役目を背負わせようかと考えておりますので、読んで損はしません。お付き合いください。
8月14日。
塾の窓から見える青空には、大きな入道雲が無地を彩っている。
窓越しに聞こえる蝉の声による暑さは、室内のクーラーパワーによってかき消されている。
柊花が夏期合宿に行ってから3日が過ぎた。
あいつ、一人で大丈夫かよ……
柊花のことが気になり過ぎてまともに勉強に集中できない。
こんなことなら、一緒に行くんだったな。
そんなことを考えつつ、もう一度ノートに向かった。
俺の名前は天時湊。
柊花の幼馴染だ。
今は塾の自習室で勉強をしている。
これも夏期講習の一環だ。
普段なら柊花のことはそこまで気にしていない。
昔からの付き合いで、あいつは抜けているところはあるけれど、心配になるような点はそこまでない事を知っている。
それに、俺も心配性という肩書きは持ち合わせていない。
だが最近は、妙な胸騒ぎがして頭から離れないのだ。
12日前だろうか。
夏祭りの日に柊花から夏期合宿のことを聞いたのは。
水色の浴衣の裾をヒラヒラと泳がせて走ってきたあいつが、笑顔で合宿について説明して、俺らに一緒に行かないかと誘ったんだ。
だけど、俺も他の二人も用事があって行けなくて、その誘いを断った。
柊花は残念そうな顔をしていた……と、思う。
だけど俺は知っているんだ。あいつが残念そうにしている時は、いつも眉を最大限落として、下唇を出して俯く。
あの時、あいつはそんな顔をしていたか?いや、違う。眉も唇も変わらず、ただ下を向いて……目が、虚だった。
違和感を感じた俺は、神社に行ってポスターの履歴を確認した。
屋台の近くの掲示板なら、神社の敷地内。許可がないと張り出せないのだ。
案の定、確認しても確認しても確認しても、夏期合宿のお知らせが書かれているポスターの張り出しを許可した記録は残っていなかった。
これは怪しいと思って、すぐ、あいつに行くのはやめろと連絡した。
内心少し焦りながら、スマホの画面を見ていた。
すぐに既読がついて、分かった!と送られて、そこでホッとしたんだ。
だけど……
一昨日、宿題の最終確認をしようとすると、2年B組用の宿題のリストが書かれた紙をなくしていることに気づいて、柊花にメッセージを送った。いつもなら一時間も待たないうちに既読がつくのだが、その日は一度も既読がつかなかった。
おかしいなと思い、宿題がわからないのも困るので、次の日に柊花の家に行くと、なんとあいつは今、合宿に行っているというんだ。スマホも忘れたままにして。
「あいつは、どこに合宿に行ったんですか……?」
柊花のおばあさんなら、絶対に聞いているはずだ。
「……さあ?あ、湊くん、麦茶を作ったんだけど、飲んでくかい?」
「……は?」
こんなに不用心な柊花のおばあさん、始めて見た。
普段ならホイホイ孫を外に連れ出しはしないはずなのに。
「ああ、湊くん、柊花ならどこかの合宿に行っているよ」
「今頃何してるんだろうねえ」
お父さん、お爺さんもそうみたいだ。
「あ、あの、みなさん、柊花から何も聞いていないんですか?……ほら、いつもなら柊花のこと、外に行かせたり、簡単にしないでしょう?」
「さあて、何を言っているのかね?」
「暑くて少しおかしくなっているんじゃないか?」
「休んでいった方がいい。」
柊花の家族の視線が、圧が、俺を飲み込もうとする。
「お……おかしいのはあなた達でしょう!?」
これ以上ここにいてはまずいと思い、俺は柊花の家を後にした。
家に帰る途中、夏休みの宿題は、塾の同じクラスのやつに聞けばいいかと思いながら振り返り、柊花の家を見た。
何か、おかしいぞ。今のあの家は何かに取り憑かれているみたいだ。
そんなことを思いつつ、早足で家に向かった。
今は使われていない、トンネルの横を通って。
あれは7歳の頃。
「ああ〜っ!湊!ボールがトンネルの中に入っちゃった!」
いつものように放課後、学校のみんなと遊んで、二人で帰っている時だった。
柊花が手を滑らせてボールを落としたんだ。
「今取ってくるから、お前はここで待ってろよ」
「え〜でも、トンネルの中には怪物がいるって、おばあちゃんが言ってたよ?行かないほうがいいよ〜」
「大丈夫だって。ちょっとそこに行くだけだから」
「ま、待って!私も行く!」
そう言って、二人で手を繋いで暗くて不気味なトンネルの中に入った。
奥の光は見えないから、曲がったトンネルなんだろう。
使われてないだけあって、ライトもついておらず、つたや虫でいっぱいだ。
虫の羽音がブヲ〜ンと、トンネル内に響き渡っている。
虫の羽が僕らの顔を掠めた。
「ね、ねえ湊、やっぱり戻ろうよ。」
ボールも見えないし、戻った方がいいのかもしれないと思った時、ボールが足に当たった。
柊花の手を離して、ボールを持つ。
だけど、それが思ったより重たくて、なんでだろうと思ったら、それがいきなり喋りだした。
「お……おま……え、ら……を呪って、やるぅゔゔゔ…ヴヴヴヴヴヴヴ!!!許せないィィィ……がああああああああ!!!!!」
それからは地響きがすごくて、俺たちは顔面蒼白になりながらトンネルから出た。
「……これはいらん……」
と、トンネルを出た時に返されたボールを持って、神社に急いだ。
「こ、このボール、呪われてない?」
当時神社の当主だったひいおじいちゃんに見てもらう。
「私たち、トンネルに入ったんです!そしたら、か、顔だけの人に話しかけられて……」
「お前達、トンネルの中に入ったのか!ああ、それはいかんな。お祓いをしてやるから、そこに座りなさい。」
それから、30分ほど正座をさせられてお祓いをしてもらった。
トンネルは、60年ほど前まであった儀式で使われていたもので、トンネルの先には当時使われていた場所があるそうだ。儀式の失敗により、神様を怒らせて、それ以来トンネルの先には誰も行けず、儀式はなくなり、トンネルも少しずつ年月が経ち、今の姿になったそうだ。
失敗した年の少女達の怨念と、神様の呪いによって、今はトンネルに入ることは禁止されている。
「これで大丈夫。ほら、夕方のチャイムが鳴っているよ。湊、柊花ちゃんを送ってやりなさい」
「はーい。行こ」
そう言って柊花に手を差し伸べると、顔をぐしょぐしょにして、濡れた手が俺の手を握った。
「うわあ……」
「うわあって何よ!私の家があのトンネルに近いこと、湊知ってるでしょ!?もう帰れないぃぃ……」
そう言って泣き出してしまった。
「ここからも近いし……まあでも、お前の家から見えるしなぁ……あそこ」
「……湊は、怖くないの?」
「え?怖いけど……この町に生まれた運命、みたいな?嫌なら大きくなってここを出ればいいんだよ」
「おばあちゃんが許さないもん。それに……湊と離れたくない」
その時の俺の顔の火照りは今でも忘れない。
「ば、ばか!行くぞ」
強引に柊花を立たせて、家に向かった。
今となってはいい思い出だ。
だが、今はそんな過去に耽っている場合ではない。
俺はノートと参考書を閉じて、リュックサックの中に詰め込んだ。
「すみません、今日はもう帰ります。明日、振替のコマありますか?」
「ある……けど……急にどうしたの?」
「ちょっと急用ができてしまって。さようなら」
塾を出て、急いで自転車の鍵を開ける。
カシャン
もしかしたら、柊花のスマホに残っている痕跡から、柊花に何があったのか、手がかりがつかめるかもしれない。
それを思いついた俺は早かった。
15分足らずで柊花の家の前についた。
道の脇に自転車をとめ、インターホンを押す。
ピンポーン
「はい」
「湊です」
すぐに柊花のお父さんが出てきた。
「どうしたの?今他の二人は外出中でね……僕しかいないんだけど」
「ちょっと失礼しますね」
柊花の部屋に上がらせてくださいなんて言っても、あいつがいない今、男の俺が上がらせてくれるわけでもないだろうし、何も言わずに入って階段を駆け上る。
「ち、ちょっと!」
今の俺はただのヤバいやつ。だけど、本当にヤバいんだ。柊花と、あんた達が。
柊花の部屋は何度か来たことがあるから分かる。
部屋のドアを開けて、スマホを探す。
ベッド、引き出し、机、クローゼット……
いろんなところを探しても、見つからない。
「くそっどこだよ!」
すると、後ろに気配を感じた。
「おいおい、ひどいじゃないか。娘の部屋を荒らすなんて、いくら湊くんでも、許せないなぁ……」
瞬間、背中に重さが加わった。
は?
思考が停止する。
俺、今どうなってんの?
「湊くんが探しているのは、これかな?」
後ろから伸びてきた柊花のお父さんの手には、柊花のスマホがあった。
それに手を伸ばそうとすると、こいつのもう一つの手で抑えられた。
「あーあ、よくないよ。湊くん、勝手に人の家に入って、挙句、物まで獲ろうとするなんて。」
「……別に、俺だってやりたくてやってる訳じゃ、ないんですよ。」
こんな事にさえならなければ、俺だってこんな事せずに、今頃塾で勉強してたはずなんだ。
こいつの腕を振り払おうとする。
だが、筋肉質なこいつの腕が、逃げようとする俺をしっかりと捕まえている。
ただいま俺は、バックハグをされているような状態だ。
キモ。
確かに今の俺は完全に不審者だし、拘束されるのは理解できるが、よりにもよって、こんなかたちになるなんて。
そもそもこいつはこういうタイプじゃない。普通の真面目な男だ。
おかしくなって、頭まで麻痺しているんじゃないか?
「困るんだよね〜あまり色々と詮索されると。」
「……離してください」
「離したら、これ、持っていっちゃうでしょ?」
やっぱり、あのスマホの中には何かがある。
「なら、一生こうしているつもりですか?」
「いや?柊花の記憶をなくしてもらうんだ。昔から……儀式がある時代から、選ばれしものの記憶は消す決まりがある。」
そんなこと、こいつにできるわけが……いや、こいつが何かに取り憑かれていたり、こいつが力を与えられた場合は、できる。つまり、今のこいつは柊花のお父さんの仮面を被った、何かだ。
「はは、そんな脅し……」
「脅しじゃないよ。君は誰よりも柊花への想いが強いから……しっかり記憶が消えるまでここに通い続けてもらう必要があるけど……今日はその1日目。僕がその勾玉に触れられないから、その分もしっかり、柊花との縁を断たせてもらうよ。」
「そんなこと、出来るわけがない。」
この勾玉は、ひいひいおじいちゃんが作った、強力な縁結びの勾玉だ。
あいつと俺の縁が断たれることなんて、絶対にない。
この勾玉をもらったのは、柊花と俺が6歳の時。
「これは私が昔つけていた、大切なもの。これを身につけていれば、お前と湊くんは強力な縁で結ばれるんだ。」
「え……それって、俺がこいつと結婚するっていうことですか?そんなの嫌です!」
「湊のばか〜!」
そのころの俺は、これをつけたら本気で柊花と結婚するのではと考えていた。
どこか抜けていて、根性なしで、すぐ泣くこいつが嫌だった。
ポコスカ叩いている今の柊花も、泣いている。
俺はもっと、美人で声が綺麗で、しっかりとしている女性と結婚したい。
「あはは!湊くんは縁をそういうふうに思っているのかい。」
「はい。」
なんで笑っているんだろう。何がおかしいんだろう。
「縁は、この世に生まれた時から存在するもの、いや、その前から存在していたのかもしれんな。」
「え?」
「たとえば、湊くんのお父さんお母さんが結婚して、お前を産んだ。それは縁だ。」
「やっぱり結婚じゃん!」
「なら、柊花と湊くんの出会いは、なんだ?」
そう聞かれると困る。
その時は何が何で、これがどうでと、まだあまり理解していなかったからだ。
「それも、縁なんだよ。」
「えん……」
新しいものを噛み締めるように、言葉にした。
「今通っている学校も、友達も、町も、みんな縁で繋がっている。昔々、太古の昔から続いてきた縁によって、私たちは今、こうして話をしている。それは、この先もずうっと、続いていくものだ。人類が滅亡しても、どこかに存在した跡があるかもしれない。そしたら、またそれが繋がっていく。そしたらもうそれは、運命」
「うんめい……」
「さあ、これを受け取ってくれるかな?」
俺たちは勾玉を手にした。いつの間にか柊花も泣き止んでいる。
「ふふっお揃いだね!」
こいつ、縁とか運命とか、理解してんのか?
間抜けな顔を見て、してないだろうなぁと思った。
だけど……
にこっと笑うあいつの笑顔が今でも忘れられない。
「俺は絶対に、柊花のことを忘れない!」
「言っていられるのも今のうちだ。」
こいつは柊花のスマホをベッドに投げ捨て、俺の目元に手を添えた。
あともう少しなのに。すぐそこに、手がかりがあるのに!
俺は目を瞑って、柊花のことを思い出す。
今までの記憶を。
忘れたくないなぁ。
絶対に、忘れるわけにはいかないんだ。
あいつを助けるためにも、俺がなんとかしないと。
柊花、無事に帰ってこいよ。
俺は胸元の勾玉を握りしめた。
いかがでしたでしょうか!
湊くんは記憶を消されちゃったのかな?
それにしても、柊花には心強い湊くんがいて幸せですね。
それではまた次回〜