2日目:坂の下の神巫様には話しかけられてはならない
どうもどうも!無事に合宿から帰ってきました!
柊花の合宿はまだ2日目です〜早く帰りたいだろうに…
でも、柊花にはもう少し楽しんでもらいます。
なんてったって神様が作り上げた村ですから。そんな簡単には……ねえ?
宿から抜け出して、今はお散歩をしている。
昨日はよく眠れなかったのだ。時間的にも、気持ち的にも。
早朝の空気はとても涼しい。
山の麓だからだろうか。少し霧がかかっていて、そこに黄光が差し込んでいるからほんの少し幻想的だ。
貴方も神社のポスターに導かれてここへ来たのですか?
昨日の結菜ちゃんの言葉……あれって、彼女も私と同じようにここへ来たっていう事?
だとしたら、同じ燈凛町から来たのかな。
あの言葉が本当なら、貴重な味方だけど……
まずは人を疑うことが大事。おばあちゃんの言葉がよぎる。
うーん、あー、難しい……
それに、昨日はその言葉を言った後すぐに、やっぱり何でもありませんと言って、話しをはぐらかされた。
最後に部屋に入ったから、一番手前に私達の布団が並んだのだが、何回か声をかけてみようとするも、どうしても言葉に詰まってしまう。
何が無難な言葉なのか、本当に信用してもいいのか、分からなかったからだ。
シャン……
鈴の音が聞こえた。
「何かお困り?」
目の前には大きな朱色の鳥居があって、その先でこちらを見据える少女が箒を持って立っている。
巫女装束を着ているから、ここの人だろうか。
……霧がかかっていて気付かなかった。
「あ、えっと、」
大丈夫ですと言おうとして、やめた。
「知ってる……」
濡羽色の艶やかな髪に、長い睫毛の奥の漆黒の瞳……
「……もみじ……?」
風がさああとふき、私達の髪を揺らす。
「……何のことかしら?もみじの季節はこれからですよ?」
お淑やかで、優美な声だ。
「え……嘘、あなた、もみじよね?あの時ちゃんと見たもの。間違えるはずがない。あの時、夢で……」
「……私があなたの夢に?面白いこともあるのですね。」
そう言って、彼女は口元に手を添えて、鈴のような笑い方をした。
「そんな…覚えてないの?」
「覚えているも何も……私達、初対面ですよね?きっとお疲れになっているのですね。入って。お抹茶をお出しするわ。」
彼女は鳥居の奥から手招きをした。
霧に背中を押されるように足が動く。
「……あなた、ここの村の子じゃなさそうね。もしかして、合宿の学生さん?」
歩きながらそう言われる。
なんで分かるんだろう。
もしかして、ここの村独特の、神社の入り方があるとか?
もしそうなら、神様に失礼なことをしたのでは……
考えていたため、彼女の問いを無視したようになってしまった。
「ふふっそんなに思いつめた顔をして……よほど困っているのね?」
「ああっごめんなさい!考え事をしていて」
「いいのよ。そんなことで怒ったりはしないわ。ねえ、学生さん。先程は驚いたけれど、確かに私の名前はもみじ。あなたのお名前は?」
「えっと、穂鞠柊花、です」
私の名前を聞いた瞬間、彼女の動きが一瞬だけ遅くなった気がした。
でも、本当に一瞬で、何事もなかったかのようにまた普通に歩き始める。
「トウカ?柊に花って書くのかしら?」
「はい」
「いい名前ね。柊は、魔除けの意味を持つ植物よね?きっと、あなたの事を守りたいとても優しい親御さんが名付けてくれたのね」
「そう、ですかね」
私の名前はおばあちゃんがつけたものだ。
今まではそんなに気にしていなかったけれど、そう言われると何だか胸が暖かくなる。
「でも、柊には棘があるし、種類によっては毒もあるとか。あなたにもそういう一面があるのかしら?」
「冗談はやめて下さい……」
確かに、たまにきつい事を考えることはあるけど、口には出していないつもりだ。
「ふふっ、ごめんなさいね。ほら。着いたわ。ここで靴を脱いで、上がっていらっしゃい」
私は言われたとうりに靴を脱いで石の台の上に揃えた。
中の造りは木造で、所々に灯篭が掛かっている。
歩く度に木の床がミシミシと鳴る。
「ここよ、中で座って待っていて。用意してくるから。」
中に入ると、和室になっていて、奥の角の方に風炉が置いてある。
こういう時にどこに座ればいいのか分からず、とりあえず畳の縁を踏まないように座った。
そういえば、ここでゆっくりしていて良いのだろうか。
腕時計を見ると、時刻は6時を過ぎたところだった。
朝食は7時からだ。うーん、帰りに走ればいいか。
しばらくすると、もみじがお菓子を持って入ってきた。でも、さっきとは違う。
紫色の模様が入った朱の着物に身を包み、髪も三つ編みにしている。
「こちらは、夏の花、朝顔の練り切りでございます。どうぞごゆるりとお楽しみ下さい」
そう言って頭を下げられたので、同じように返す。
もみじは和室から出たかと思えば、またすぐに帰ってきた。
手にはお道具を持っている。おそらく茶道のものだろう。
もみじは風炉の手前で座ると、抹茶をたてるために、お道具のお清め的な事をし始めた。
ずっと見ているのもなんだか悪い気がして、お菓子を食べる。
練り切りって言っていたっけ、程よい甘さが口に残る。しかも、形も良いから、なるべく崩さないように丁寧に切る。
甘さが残るようにするのは、苦い抹茶の為だろうか。
シャッシャッシャッシャッ
わあ、お茶をたてるところ、人生で初めて見た……
やっぱりかっこいいなぁ
私の学校にも茶道部はある。
最初は入ろうかどうか迷ったけれど、結局華道部に入ったのだ。
でもこうして見ていると、茶道部も入ってもよかったかもしれないと思い始める。
「どうぞ」
ちょうど練り切りを食べ終わったところで抹茶が出てきた。
確か3回で飲まないといけないんだっけ?
お茶碗を持つと熱すぎず、冷たすぎず、ちょうど良い温度だった。
あ、こういうのって、飲む前にお辞儀とかした方がいいのかな?
一人であたふたしていると、もみじにクスっと笑われた。
「本当に可愛い。大丈夫よ、お作法なんて気にしなくていいから、飲んでちょうだい。」
コクコクと頷いて、飲む。
口の中で広がっていた甘さが流されるように消えた。だけど、抹茶も苦すぎる訳ではない。
「美味しい……」
「よかったわ」
果たして私は茶道部に入ってこれを出来ただろうか。
綺麗なお菓子、タイミング、熱すぎないお茶碗、苦すぎない抹茶、相手への気配りの塊だ。
それでもやってみたいと思う。
「……私も、出来るようになりたいな」
それを聞いたもみじはこう答えた。
「なら、明日もこの時間に来てくださらない?私が教えてあげるわ」
「え!いいの?」
「ええ、私でよければ」
もみじと約束を交わしたあと、もう戻らないといけないと伝えて、鳥居のところまで送ってもらった。
「少しはお困りごとの軽減に繋がれば良かったのだけれど……」
「おかげさまで少し楽になった気がします!ありがとうございました」
「頑張ってくださいね。じゃあ、また明日」
手を振ってさようならを伝えて、歩き出す。
「待ってるわ」
その言葉に聞き覚えがあった気がした。
振り向くと、もうそこにもみじの姿は無かった。
「……どこに行っていたんですか?」
戻って早々、朝食を食べながら結菜ちゃんにそう言われた。恨みを抱えたような眼で。
「ちょっと朝のお散歩に行ってたんだ、さざめさんやみはやさんには内緒だよ?」
「あまり過度な行動をしていると、目をつけられますよ?」
目をつけられる、ねえ……そういう事を気にしているって事は、やっぱり結菜ちゃんも……いやいや、そっちから白状するまでは私からは言わないんだから!
「私は皆さんに悟られないように、真面目で内気な少女を演じるんですから、私の近くにいる貴方におかしな行動をされると困ります」
ブフっ
危ない危ない。危うくお味噌汁を吐き出すところだった。
そっちから白状するまではって今考えてたところなのに……
これって……この発言って、本当に?本当なの!?
「私は貴方とここから逃げ出したい。その為にも、しっかりして貰わないと困るんですよ、先輩。」
「……はい……」
もう仕方がない。私は結菜ちゃんにかけてみることにするよ。一か八か、彼女が敵なら私の情報は筒抜け、味方なら頼もしい戦力。結菜ちゃんの言葉がでっち上げの可能性もあるけど、一人よりは二人の方が心強い。
おばあちゃん、少しは人のこと疑えたよ。まだ貴方の考えは理解できないけど。
すると、急に後ろに気配を感じた。
「ああ、そうそう。今日と明日はみなさん自由行動だと伺っています。そこで一つ注意してもらいたいことがありまして……」
急に私達の後ろでみはやさんがいうものだから、私達は二人して飛び上がった。
「これは、この村の言い伝えの一つなのですけれど、」
この村の言い伝え、私達にとっては2つ目だ。
「……坂の下の神巫様には選ばれし者しか話しかけられてはならない……」
一際大きく、太い声がその場に響いた。とても、みはやさんのものだとは思えないほどに。
「話しかけられれば最後。彼女に漬け込まれて、あなたはあなたでなくなる。」
……なんだかすごく、こちらを見られているような?気のせいか。みはやさんは真っ直ぐ全体に向けて目を向けている。
でも、その気のせいは、結菜ちゃんにも伝わっているようだった。
「……先輩……?」
朝食を食べ終わると、私たちは着替えやら荷物やらを用意して、宿の外に出た。
どうやら、ここの近くにはいい温泉があるらしいのだ。
「……今からみなさんは、自由行動です。……昨日決めた班で行動すること、村の外には出ないこと、……それから、今朝言われた、坂の下の神巫様には話しかけられないこと。……良いですね?」
まばらな「はーい」が収まると、次々にそれぞれの班が行動を始める。
「行くぞー」
私達も、歩き出した。
いかがでしたでしょうか?
2日目はあともう一回あります。
柊花の悲鳴が聞こえますね笑
それでは皆さん、村一番の温かい温泉に行きましょう。