私の思い出
今回は、あの人に集点を当てた、思い出のお話。
是非、最後までよろしくお願いします!
遡ること、一時間半前。
私は舞台の裏にいた。
「もみじ。時が、来ましたね」
いつもと違う彼女を前に、お手伝い係として、声をかけた。
「ええ、あの子達には申し訳ないけれど……」
そう言って俯く顔は、彼女らしくない。
だけど、私も今はどちらかというと気分が沈んでいる。
外から来た私たちにとって、この村は安心する余地を与えない。
「10年ごとに選ばれし中高生を迎える合宿……あなたの代はこれで幕を閉じる……今まで5回、生徒を帰らせ、神巫を務め続けていたのに、なぜ……なぜ、あなたに話しかけるよう仕向けたのです?」
彼女は俯く顔をゆっくりと上げて、私の目を見てこう言った。
「あの子達ならきっと、私達に出来なかったことを成し遂げてくれる気がするの。」
「…………」
それは、私にとって、私達に出来なかったからもう諦めると言っているような気がして、だけどそれは違うと、否定したくても否定出来ない沈黙だった。
「そんな顔をしないで。さざめ」
私の頬を彼女の手が包み込む。
「あなたは半分お人形なんだから。そんな悲しい顔をしないの」
そう。私はこの村に閉じ込められて、人形作りを命じられた時に、神様に半分人形にさせられた。そうすることで、村人やあの子達を作り出すことができる。もみじの下につくことが出来る。20代くらいの体になったのもそれが原因だ。本当ならもみじと同い年で、同じ目線で会話が出来るはずだった。
一番問題なのが、半分人形という自体。それは、もみじとの記憶が消えることにもつながる。
私、柊花は結菜のこと、逃すと思うの……
そのことを数日前にもみじの口から聞いた。
私の後を継ぐ者として彼女が選ばれた。だから、彼女がいなければ私はそのまま継続になる。
記憶が消えるのは免れられない。
それだけは、いやなのだ。
「あの子に教えることを教えたら私は一足先に行くけれど、あなたはあの子のこと、よろしくね」
「……本当に、行かれるのですか?あそこは酷い場所ですよ」
最後の抵抗。行かないで。私の気持ちは尊重されない。それは、分かっている。分かっているけど。
私の気持ちを汲み取ってなのか、もみじは言った。
「……永遠というものは、辛いものね。運命が私達をそうさせたように、あの子も、運命に導かれた。……運命の先にあるものって何かしら?」
それは……
「運命の先は、己で切り開いていかないとね。そうでしょう?さざめ。」
「……はい。」
ー運命の先は、己で切り開いていかないとー
かつての自分の言葉が蘇る。
私の言葉を、時を経た今、あなたの口から耳にすることになるなんて。
本当に、あなたという人は。
もみじが最後に微笑んで、幕の外へ向かった。
手が、袖を掴もうとする。だけど、やめた。
明るい外側へ行く彼女の背中を、ただただ見つめながら、思い出を振り返る。
ゆーびきーりげーんまーん……
笑い声が、聞こえる。
ずっとずっと消えない、あの頃の記憶。
私はいつまでも、あなたに。
あれは、小学2年生の頃だった。
神社にある太鼓橋で少女が泣いていたから、声をかけた。
「あの……大丈夫?」
私は神社の家系の子で、よくお手伝いをしに来ていた。
敷地内で彼女を見たのはその時が初めてだった。
「ひぐっ……ぐすん……あなたは……六花ちゃん?どうして、ここに?」
「それは私のセリフだよ、もみじちゃん。なんでこんなとこで泣いてるの?」
よく見てみると、髪はボサボサで、服はよれて、スカートからはみ出している膝が擦りむけていた。
あー、転んだんだな。と思って、手を差し伸べた。
「手当てしてあげるから、立って」
もみじは泣き止んで、私の手を握った。
「ここに座って待ってて。水とアルコールと絆創膏、持ってくるから」
そう言ってその場を離れた。
用意して戻ると、そこには彼女の姿がなかった。
辺りを探してみると、お守りを選ぶ彼女の姿を見つけた。
「何してるの」
「えっと、実は、今度お母さんが入院するから、お守りを渡そうかなって」
「それでここに来たんだ。……優しいんだね」
私は優しくなかったから、彼女のことが羨ましい。
「そうかな?でも大したことじゃないし……さっき、六花ちゃんが私に声をかけてくれたのと同じだよ」
風が優しく私たちを撫でた。
「あ、ごめんね、勝手に移動して」
お守りを大切そうに眺める彼女の横顔を見ながら元いた場所に戻る。
手当をし終えた後も、私達はお話を続けた。
「え〜!六花ちゃん、ここに住んでるの?」
「住んでるのはここじゃないよ。この神社の家系っていうだけ。住んでるのは学校の近くだよ」
「でもすごい!かっこいいね〜あ、毎日お手伝いしてるの?だから一緒に遊べないとか?」
そう。私は何度ももみじに遊びのお誘いを受けていたのだ。
もみじとは幼稚園の頃も同じクラスになることが何度かあって、顔見知りではあった。
だけど、それ以上の関係を築こうとしなかったのは、ただ単に、私が近づこうとしていないからだ。
感情をあまり表に出さずにいれば、面倒くさいことにも巻き込まれないと知っているから。
「ううん。お手伝いは、暇な時にたまに。」
「そうなんだ〜、あっ!てことは、今暇なの?これからみんなと公園で遊ぶ約束してるんだけど、よかったら一緒に行こうよ!」
「え……」
「だって今暇なんでしょ?いつも何かと理由つけてどこか行っちゃうんだもん。今日は逃がさないから!」
よくわかってるなぁ。この子、人との距離とか、そういう概念ないのかな?
他のみんなは私と距離を置いているみたいなのに……
断る理由が思いつくことなくついていくと、驚いた顔はされたけど、意外とすんなり、みんな私を受け入れてくれた。
いつも自分の席で本を読んだり、手芸をしたりと、一人でいることの方が多かった私にとって、みんなで遊ぶという行為がとてつもなく新鮮で……楽しかった。
翌日、休み時間に教室で話す輪の中に私も入っていた。
昨日のことを知らない子達は驚いていたけど、
「綾月って、ドロケーちょー強いんだぜ!」
枝元くんのその言葉に、どんどん人が集まっていく。
「しかも色々作戦立てるのが上手なんだ」
森原くんのその言葉に、私に視線が集まっていく。
「いつも一人でいるから分かんなかった!」
「今度一緒に遊ぼう!」
「え?」
「もう友達だもん。当たり前だよ!」
ニコリと微笑むもみじの顔は、私を照らす太陽みたいで、眩しかった。
「と、ともだち?」
「私達と友達、嫌?」
私は首を横に振った。
ー運命の先は己で切り開いていかないとー
窓から入ってきた風が、頬を撫でた。
死んだ母さんが最後に言った言葉。
きっと、今がその時だ。
「じ、じゃあ、今度の日曜日に、みんなで公園で遊ぶ?」
「うん!いいよ!」
もみじのおかげで、それからの学校生活は、色んな色を交えたものとなった。
中3の夏。
「六花!今日森原くんと枝元くんと図書館で勉強会するんだけど、一緒に行こ!」
小学校とほとんど変わらないメンバー。中でも、森原くん、枝元くん、そしてもみじとはいつも一緒で、幼馴染のような、親友のような、大切な存在になっていた。
「あー、ごめん。今日はお手伝い。みんなで行っておいで」
3人を見送り、神社に向かう。
今日は、儀式で使う木彫り人形を作る日だ。
隣では小2の弟も一緒に作っている。
久しぶりに神社の人全員が集まる日。だけど、会話もなく、円形に座り、ただひたすらに木彫り人形を彫っていく。
話してはいけないわけではないため、私は弟に話しかけた。
「雪斗、学校どうだった?」
いつもと同じ質問。
「別に〜」
いつもと同じ答え。
弟もあまり馴染めない性格のようで、学校の話は自分からしたがらない。
彼のクラスにも、もみじみたいな子がいればいいんだけど。
そう思いながら掘り進めていく。
「あーつまんない。夏休みの楽しみないかな〜、この町に花火大会でもあればいいのに〜」
突然、そんなことを言い出した。
そんなこと言ってないの。って言ったけど、この町に花火が上がったら、なんて想像をした。
きっと、絶対、綺麗だ。
別の町で花火を見た事は何度かあったけど、それ以上に、自分達の住む町で打ち上がったら格別なんだろうな……
高台にある神社からはきっと大きく見える。出店だってたくさん並ぶ。
川に花火の光が映り込んで、大きな音を合図に、別の町からも人が来て賑わって……
そんな、夢のような妄想を膨らませていると、それを遮るかのように電話が鳴った。
枝元くんからだった。
「もみじが倒れた」
それを聞いて、私はいつのまにか病院にいた。
「大丈夫!?」
「大袈裟だな〜みんな心配してくれてありがとう」
そこには二人ともみじのお母さんがいた。
「どうせこうなることは分かってたんだから。……私ね、」
病名を聞いた途端に、絶望した。20歳で死ぬ原因不明の病。
この町では彼女が初めてだった。
「えへへ、笑っちゃうよね。どうして、私……」
もみじは顔を隠した。
「私、もう何にもできない……」
その言葉を聞いた瞬間、どうしてか、怒りが湧いた。
「弱気な言葉言わないで!諦めきれないよ!ねえ……お願いだから……運命の先は、己で切り開いていかないと……何にもできないなんて、言わないで」
もみじが何も出来ないなんて言葉を使うのが、許せなかった。
私の人生変えておいて、何も出来ないはずがない。
それが、私が現実から目を背けるための、精一杯の思い込みだった。
ああ、神様、どうか私を、彼女から引き離さないで。
その願いが、私の人生で一番強く願ったものだった。
しかし、この日を境に、もみじは突然、学校に姿を見せなくなった。
いつも元気な彼女が学校にいないことは、みんなにとっても驚きで、呑気に、どうしたんだろうねーと言っている。
もみじのことは、限られた人しか詳しいことを聞かされていない。
私達は時間が空いている日にもみじのところへ通い続けた。
森原くんの家の野菜を使った料理を作って持っていき、みんなで食べたりした。
他愛もない話をたくさんした。
かけがえのない時間たち。
だけど、同じように時が過ぎていくに連れて、もみじは少しずつ元気を失っていた。
そんなある日。
「16歳になった町の女子は儀式を受けるんだろ?俺たちは男だから、ちょっと羨ましいなぁ」
「儀式は遊びじゃないんだから。下手したら神様を怒らせて大変なことになるんだよ?」
「さすが神社の娘ですね」
その後にもみじの言葉は続かず、沈黙が私達を包み込んだ。
もみじは、動かない体になってからすっかり落ち着いてしまった。
……神様を怒らせたら、少しは振り向いてくれるかな……?
時間はあっという間に過ぎ去り、その日が来た。
いつもと違う姿の町の女の子達。
もみじが車椅子に乗っているのを見て、驚く子達。
みんなそれぞれ別の木彫り人形を持っている。
トンネルを抜けた先は神の領域。
木漏れ日が辺りを揺らしている。
本当に静かで、空気も新鮮。
小川が祠を囲むように流れている。
木彫り人形は、神様への捧げ物で、捧げることで、町の安全を守ったり、願いを叶えたりする力に変わるそうだ。
私達は舞を舞ったあと、列になって木彫り人形を次々に捧げる。
私が最後の一つ。
ー神様、どうか、お願いします。もみじと私を引き離さないで。どうして彼女が20歳で死なねばならないのですか。彼女は、いつも明るくて、元気で、心優しい子なのに。ー
本当は儀式で私的な願いは良しとされない。だけど、願うならここしかないと思った。神様に一番近い場所で、一度しか来れないここでなら、もしかしたら……
すると、一際強い風が私達を襲った。
その一瞬で、辺りを囲う灯籠に灯が灯った。
「え……何……?」
みんな困惑している。もちろん私も。
だけど、もしかしたら神様が来てくださったのかもしれないと思うと、どうしても笑みを隠さずにはいられなかった。
「六花……あなたもしかして!」
もみじは信じられないものを見るかのように私を見上げた。
「あなた、神社の子なのに、どうして!?」
「神社の子?そんなの関係ない。私だって普通の女の子なんだよ!」
嘲笑うかのようにもみじを見つめる。
それに対抗するかのような鋭いもみじの瞳に、私は気圧された。
「……だって、こうしないと、もみじと一緒にいられない!私が……私が、もみじの代わりに運命の先を切り開いてあげる!!」
強風で、木々はざわめき、灯籠は次々に倒れていく。
辺りは焼け野原。
只事じゃないと悟ったのか、みんな逃げていく。
神様を祀るこの地は、壊滅していく。
逃げ惑う子達。呆然とするもみじ。みんなが逃げ、私達は残った。
「あなた何をしているか、分かってる!?儀式を失敗させたのよ!あなたのせいで、町が壊れるかもしれないのに、どうして!?」
「こうすることでしか、私を助けたあなたを救えない!私、まだあなたに何も返せていない!」
「私、こうして返してなんか、欲しくないよ。そんなこと願ってない……みんなを巻き込んで、あなた、狂ってる!」
「だってだって!運命の先は」
「切り開かなくていいから!」
今までにもみじの口から聞いたことのないドスの聞いた声だった。
糸がプツンと切られて、今までの価値観が壊れた気がした。
「切り開かなくて、いいから。もうやめて……」
もみじは顔を手で覆った。
そこで、私は彼女の望まないことをしてしまったんだと、悟った。
いつまでも一緒にいられるのが、二人の幸せだと思っていたけど、それは単なる私の思い違い……わがままだったのかもしれない。
ゆっくりと彼女に近づいて、そっと抱きしめた。
「ごめんなさい……」
それが、それしか、言えなかった。
風は止まず、灯は燃え広がっている。
もみじは私の腕に触れて、一緒に償おうと言った。
こくりと頷き、私達は灯に飲み込まれた、はずだった。
気づくと誰もいない知らない場所にいて、私達は祠の前に座り込んでいた。
「車椅子がない……」
「ここ、どこ?」
ーお前たちには、この村を守りあげる任務を与えよう。そうして罪を償え。ー
どこかから聞こえてくる声に耳を傾ける。
ーもみじ、お前には元気な体を与える代わりに神巫役を。六花、お前にはもみじといる時間を与える代わりに、人形作りを命じる。ー
最初の頃は慣れなかった。普通とは違う生活が私達を埋め尽くしていく事実に、吐き気がしていた。
時間が経つに連れて次第にそれっぽくなると、私達の関係も変わり始めた。
もみじは村の位の高い地位につき、私はもみじのもとにつく従者のようになった。
半分人形になったことで、新しい自分になった。
その跡を残すかのように、私は新たな名前をもらった。
私が最初に作った人形は、主役と共に生活をする仲間達。
それで、私は作った。
クラスメイトを参考に。枝元くんを、森原くんを参考に。
木彫りをする過程で命を吹き込む。作り終えたら神様が実体化させる。
眠ったまま、動かない彼らを見て、何故だか涙が出た。
ごめんなさい……ごめん、なさい……
作り物とはいえ、彼らを巻き込んだことに対する罪悪感。
「……待ってるわ……」
あの日、あの子にそう言った日……
私はなんのために待ってるの?って、思ってた。
私のせいでできてしまったこの合宿は、私達と同じ思いしかしない、地獄のようなものなのに。
何も知らずに導かれて、この村に巻き込まれる。
暗い感情に耐えきれなくなった私は、昔のように感情を表に出さないようになっていった。
特別に町に行ける日。選ばれし者を迎えに行く日。
再び動き出す彼らは、私が知るものを参考にしたそっくりさん。
導き出すための、道具。
ごめんなさい……
大丈夫だよ
いつもそばで慰めてくれる彼女に甘えていたのかもしれない。
私達はずっと一緒。そう思っていたのに。
薄明の記憶が、私を包む。
暖かい記憶が、冷たくなっていく。
雫が静かにこぼれ落ちた。
結局、言いきれなかった。
私のわがままでごめんなさい。
私、こんなことになるなら……
「もみじのこと、諦めてたの?」
後ろから声が聞こえた。
もみじと同じ声。だけど、もみじは今、舞を舞っている。
誰?
振り返ると、そこには木彫り人形がちょこんと座っていた。
こんな人形、私作っていないのに……
「違うでしょう?あなたはもみじのこと、諦められなかった」
口は動いていない。まるで脳に直接届いているかのようだ。
「大丈夫。私なら柊花のことをなんとか出来る。気に病まないで。必ず、失敗はさせないから」
決意を秘めたその声は、段々と遠ざかっていき、人形は小さな霧に包まれて姿を消した。
私の意識はふつりと切れた。
いかがでしたでしょうか。
さざめさんにも思うところは色々あったようで……
柊花がポスターを見た日に彼女を見ていたのは、視察しに来ていたさざめさんでした!