6日目:灯の祭り そのさん
お久しぶりです!
学校が始まると色々忙しいですね〜
一応、お祭りはこの回でおしまいかな?
賑やかな人混みの中、私は雪斗くんとはぐれないように手を握りながら歩いている。
舞台の近くは太鼓や鈴の音がうるさくて、人の声もまともに聞こえない。
「あ!見えたよ!」
と、言った雪斗くんの声も聞き逃したが、私の顔を見てどこかのことを言っているようだ。
指さす方向にあったのは、ほつほつとこちらに向かってくる光の列。
これが、提灯行列……
列の一人一人が提灯を持っている。そして、そこに紛れている木彫り人形。
提灯と人形を二つ持つ人が半分といったところだろうか。
そこには私の作った木もある。
「いたいた!あれ、かあさんだよ!」
興奮気味に教えてくれる雪斗くんの顔は本当に花火みたいで、さざめさんに似ていることなんて忘れてしまいそうだった。
雪斗くんのお母さん、芽衣さんは、お祭り用に仕立て上げられたような、綺麗な巫女装束を着て、メイクもバッチリしている。
雪斗くんが手を振っていると、芽衣さんがこちらに気付いて、にこりと微笑んだ。
雪斗くんの花火は絶好調だ。
提灯行列が向かう先には神社に造られた舞台がある。
周りを囲むように小さな蝋燭があり、おそらくそこに提灯の光を灯すのだろう。
思っていたとうりに次々と蝋燭が灯っていく。
舞台の開演を示すかのように、どんどん華やいでいく。
木彫り人形は蝋燭の間に置かれ、まるで舞台の番人のように、一つ一つが客に表を向けている。
全ての蝋燭が灯を灯すと、提灯行列はまた、来た道を戻って行った。
間もないうちに舞台の幕の内からもみじが現れた。
朝見た時よりももっとずっと綺麗になっている。
提灯行列の人達の服装よりも豪華で、派手で、それでいてずっと見ていられるようなお淑やかさもあって。
もみじの振る舞いがそうしているのだろうか。
彼女の周りにまるで光の粉が舞っているかのようにオーラのようなものが滲み出ていて、誰もが目を釘付けにされている。
「皆様、今日はお集まりいただき、とてもありがたく思います。このような素晴らしい日に、素敵な舞台で神様に捧げものをする。必然が重なり合った、奇跡のようなこの場所で舞を舞えることを心から感謝申し上げます。
……それでは、ぜひ、最後までこの村を楽しみ尽くしましょう!」
神社の中とは思えないほどに、わああっと歓声が上がり、次第に静かになると、周りの空気に合わせるかのようにもみじが袖で顔を隠した。それを合図にするかのように、神楽笛のしなやかな息遣いの音色がポッと出た。
和太鼓の地を伝わり、村中に響かせるような音が舞台を揺らす。
もみじは、その音に押されるように背を低くして、次第に顔を現した。
無表情ではないが、真面目に気高く、袖の内側から出した神楽鈴を見上げた。
唇の紅が真っ白な顔に彩りを添えている。
シャン……
この村に来てから何度聞いただろうか。
もみじが現れるたびにこの音が聞こえた。
舞を舞う彼女の今の姿は、きっと形式にとらわれているのだろう。
だけど、そこから溢れ出す彼女らしさが、見る人を惹きつけていく。
シャンシャン……
鈴と、髪と、前天冠と、空気と……彼女を取り巻く全てのものがゆらゆらと揺れているようだ。
時間が、ゆっくりと進む。
シャン、シャン……
神社の外は舞に惹きつけられる人によって賑わいをなくし、村の静寂をもみじが作り出しているみたいだ。
こんなに神楽舞は影響を与えるものなのか……
この村では、きっと大切なことなのだろう。
人でいっぱいなのに、静寂が辺りを包んでいるその光景はなんだか不気味だ。
オーケストラでも、演劇でもないのに、しかも今日はお祭りだというのに。
どうして?
「気づいた?錯覚に」
雪斗くんが突然私に声をかけた。
今までの静寂を、彼が破ったのだ。
だけど、周りの人はそれを気にかけず、ただ舞台を見つめるばかり。
「えっと、錯覚って?」
「お姉さんは、どうしてこんなにも静寂に包まれているのか、なんのための舞なのか、分かる?」
たった今疑問に思っていることを言われて固まってしまう。
「考えてみてよ。時間がないよ、お姉さん、この村に捕まりたくないでしょ?」
どういうこと?時間がないって、捕まるって……確かにこの村はおかしいけど、村の人たちはいたって普通で、そんなことは忘れるくらい楽しかった。そんなこと急に言われても分からない……
あれ、
忘れるくらいって……
ポスターに導かれて、外の見えないバスに乗って、おかしな村で合宿の日々を過ごした……疑問に思うことはあったけど、どうして私、淡々とここまで来たんだろう。
不思議と、この村に対する反抗心はあまり目覚めなかった。
だけどそれは順応するためで……
もし、この村に来ること、そしてここまで過ごすことが必然だったら?仕組まれたものだったら?
私を村が捕まえるって、それがもし、引き摺り込まれていたのだとしたら?
私は今、餌食になっている。
いや、この村を作った、神への捧げ物……?
いつのまにか私も静寂の中にいて、舞に釘付けになって……
合宿は6日目。後半戦だ。私達を取り込む、最終段階に入っているのかもしれない。
だとしたら……
「私達、逃げないと」
「やっと分かったみたいだね。でも、どうやって?神楽舞はもうすぐ終わるよ?」
舞は終盤に差し掛かっていて、クライマックスらしく音も色も派手になっている。
「……神楽舞が終わった後に何かあるのね?どうすれば……こんな大人数……」
そういうと、雪斗くんは不思議そうに見つめて、だけど確かに驚いた表情に変わった。
「え……村の人も助けようとしてるの?お姉さん優しいね。でも、それは無理だよ」
そう言って後ろに手を組んで私から目を逸らした。
逃げているようで嫌気がさして、強く肩をゆすってこちらを向かせるように促した。
「だけど、この村にいるってことは、村人全員、この村の餌食になっているかもしれないんでしょ!?だったらみんな助けないと!」
ゆっくりと顔をあげた彼の顔には、一瞬だけ、なんだか悲しそうな目が浮かんでいた。
「……僕たちは、正真正銘、村人なんだよ。この村が作られた時からここにいる」
「それってどういう……」
質問を投げかけると、それを遮るように大太鼓の音がドドン!と響いた。
そして、もみじが舞台の上から、声を出した。
「皆さん、このお祭りに感謝をしましょう。心からの歓迎をしましょう。神の恩恵を受け止め、生まれ変わるのです!」
「生まれ変わるって……?」
「僕たちは作り物の人形。形は変わらないけど、中身は変わる。だから、この舞はある意味村のメンテナンスなんだ。記憶をリセットして作り替えてもらう。だから今日、僕たちはここに集まっているんだよ!」
え、え?理解が追いつかない。
何を言っているの?記憶を消す?メンテナンス?何それ、おかしいよ!
って思ったけど、改めて考えてみれば、この村はもともとこれが普通なんだ。
これが、当たり前の常識。
「お姉さんは、おかしいのは僕たちだって思うだろうけど、僕たちにとっては君たちの方が異形で、おかしいんだよ。だからこそ神聖で、村人にとっての待ち人なんだ」
「なら、どうして喜崎さんはもみじのことを覚えているの?」
この話が本当なら、作り替えてもらっているのに記憶はそのままなのは矛盾している。
「最初の設定は変わらないからね。僕が母さんの息子だっていうこともずっと変わらない」
設定が変わらないまま作り替える?そんなことってできるの?
「だけど、神巫が変わる時は例外。新しい神巫の記憶が上書きされるからね」
その一言に、耳を疑った。
じゃあ、いつかはもみじのことをみんな忘れちゃうの?
こんなに釘付けになっているのに。
それって無責任だ。今は崇めて、時が来たら何にもなかったです。今の神巫様サイコーって?
そんなの、あんまりだ。
拳に力が入る。私、何をすれば最善につながるのか分からない。
最初はこの村から出ればそれで全部解決すると思っていた。
だけど、この村に住む人たちの普通がこれだなんて……
介入しない方がいいのはわかってる。けど……
すると、力の入った私の拳を雪斗くんが広げて、ほぐしてくれた。
「ほら、帰りたいなら来た道を戻ればいいんだよ。祠の中にね」
「でも!」
「ここから先は村人の問題なんだから。えっと、結菜ちゃん、だっけ?あの子と一緒に帰りなよ」
どうして結菜ちゃんのことを知っているのか疑問に思ったけど、今までの話を聞く限り、雪斗くんは多分、普通の村人じゃないんだ。
祠……私達はこの村に出口はないって思い込んでたけど、あそこがそうだったんだ。
「祠の扉を開いたら、目を瞑って中に入る。1、2、3、って数えたら元の場所に戻ってるよ」
「……村の人たちが元々ここにいたなら、合宿の子たちは一緒に行かないとだよね。間に合うかな……?」
瞬間、彼の顔がまた花火が咲いたみたいに明るくなった。
「それなら大丈夫だよ!あの子達、みぃんな、さざめが作ったんだから!」
さざめ……
え、さざめさんが?でもどうして?だって、案内人のはずじゃ……?
最後の鈴の音が、鳴り響いた。
「あの人は特別でね、神巫様以外に唯一神様とお話ができるんだ。一緒に相談して、人形を作るんだよ!」
「人形を作るって、……さざめさんが?」
疑問に思うことはたくさんある。けど……
「ほら、早くしないと。もう時間切れになっちゃうよ?」
その言葉通り、人々は虚な目をして、まるでゾンビみたいに私に向かってくる。
私を餌食にするつもりだ。
逃げるように、足が地を蹴った。
「っ!結菜ちゃん!どこ?返事して!」
確かまだ屋台にいるはず。
どこだっけ、えっと、確か綿飴!
急いで綿飴の看板を探す。
「どこ、どこ、どこ!いた!結菜ちゃん!」
彼女はどこかぼーっとしていて、舞台の灯りを見つめていた。
「しっかりして!」
肩を強く揺らす。
「え、あ、先輩!?」
「帰るよ!元いた場所に!」
「それって!」
「早く!時間がないの!」
私は結菜ちゃんの手を握りしめて、これでもかというほど全力疾走した。
私の早さに追いつけず、後ろで何回かバランスを崩している結菜ちゃんには目もくれずに。
運動会でも、体育祭でも、リレーはいつもビリで、諦めていた私の足。
今は。今だけはどうか、速く、速く、速く、はやく!
神社を抜けて、静かな村へ。
宿、温泉、木彫り体験施設。行ったところ全部が見える。
「この先キャンプ場」と書かれている看板が見えた。
門をくぐり、芝生を駆け抜け、小川を渡る。
苔むした階段を駆け上がり、道なき道を進んだ先に見えた。
「あったよ!」
私達は祠の前に立ち止まった。
「祠……先輩、もしかしてこれが」
「そうだよ。元いた場所に繋がってる」
やっと帰れる。やっと。
勾玉をぎゅっと握りしめた。
脳裏に湊の顔が浮かぶ。
「扉を開いたら、目を瞑って中に入る。いい?」
「はい」
すると、木陰から気配を感じた。
だんだんと近づいてくる。
村人だ。
「なんで……」
神社の裏道から来たんだ。
神巫のもみじしか通れないと思っていた。
もし通れると分かっていても、神社は村人でいっぱいで裏道は通れなかった。
これは、もうしょうがない。
「結菜ちゃん、先に行って」
「え……」
「早く!」
結菜ちゃんの背中を押して、村人に向き合った。
結菜ちゃんが祠の中に入ると同時に私は村人に襲い掛かられた。
祠に手をかけるが、大人の方が力が強い。
祠にかけていた手が、するりと落ちていく。
「先輩!!!」
先輩が村人に埋もれていく。
助けようと、戻りたくても、勝手に道が引き延ばされて戻れない。
真っ白になっていく視界の中、私は最後に、私の名前を呼んで微笑む彼女の姿を見た。
先輩の残像が、視界を滲ませた。
キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
甲高い耳鳴りがおさまると、私は、大きなトンネルの前にいた。
トンネルは真っ暗で、だけど、土砂で埋められていることは分かって、その先には行けそうになかった。
「っあ……ああ……ひっう……うう、あああああ!!!」
その場に泣き崩れた。
何もできなかった。助けられなかった。
私はどうしたら……
8月終わり。
真っ黒な雲が、うずくまる私を濡らし始めた。
絶望のその先に、今は進めそうもない。
「せ、せん、輩……」
声にならないその響きが、トンネルに跳ね返された。
いかがでしたか?
お祭りは楽しんで頂けましたか?
何やら最後はバットエンド……?
物語はまだ終わりませんよ!
次回もお楽しみに!