エピローグ「記録者のいない世界」
エピローグ「記録者のいない世界」
数年後。
都市の雑踏の中、人々は今日もスマホを見ながら歩いている。SNSは変わらず存在し、動画は拡散され、誰かの怒りがまた誰かの人生を砕いている。
しかし、そこに“蒼木蒼”の名は、もう存在しなかった。
――彼女は、突然、姿を消した。
動画投稿は、ある日を境にピタリと止まり、支援者のアカウントも沈黙した。
残されたのは、数百本の“記録”だけ。
人々は語った。「あれは現代の義憤だった」「ただの殺人者だ」「あるいは、未来のジャーナリストだった」と。
そして、誰もが心のどこかで理解していた。
“あれがなければ、変わらなかった”
■橘 美咲 視点
「駿介は、あれから一度もSNSを使っていないの」
私は記者にそう語った。今は小さな市民団体で働きながら、社会と再び向き合っている。
「彼は、“やり遂げた”と言っていた。蒼木蒼から“受け継いだ義務”を、自分なりに形にしたと」
記者が尋ねた。
「蒼木蒼のこと、今はどう思いますか?」
私は静かに微笑んだ。
「彼女は、ただ一人で怒りの記録を引き受けた人。
でも、それを“社会”が理解できるかどうかは……時間がかかると思います」
■橘 駿介 視点(回想)
「姉さん。俺な、蒼木さんを超えるとか、続けるとか、もうどうでもよくなった」
「ただな、誰かが“壊されていく記録”を見て、何も思わない社会が一番怖かった」
「だから俺は、見る側になる。誰も壊さないで、誰も壊されないで、ただ……見続ける人間でいる」
■街の壁に、ひとつの落書きがあった。
《怒りは、記録されないと正義にならない。蒼木蒼》
その横には、白いペンキで大きく書かれていた。
《でも、それで人が死ぬなら、それは正義じゃない》
誰が書いたのかは、誰も知らない。
けれど、そこに残った対話だけが、この物語の続きだった。
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