第30話「義務の終わりなき旅」
第30話「義務の終わりなき旅」
■蒼木 蒼 視点
刃が、目の前に迫っていた。
「止まって!」
一歩も動かず、私は叫んだのではなく、告げた。
刺そうとしていた女、山本佳奈の手が震えた。涙が頬を伝っている。
「あなた……あなたが何をしたか分かってるの!?」
「ええ。あなたの夫を“死に至らせた”という論理で、私を責めるつもりでしょう?」
「違う! 彼はまだ生きてる! でも、あなたの動画のせいで、息子が、学校で何度も襲われて……! 私たちは、生きてるのに、生きてない!」
私は静かに答えた。
「それは“構造”の問題です。私ではなく、あなたが守らなかった社会の……」
「黙れッ!!」
刃が再び振り上げられた。その瞬間、後ろから男の声が飛ぶ。
「やめてください!蒼木さんに手を出したら、あなたも“義務”の連鎖に巻き込まれるだけです!」
橘駿介だった。必死に佳奈を止めに入った。
「僕はあなたの痛みも分かる。でも、この人に暴力を向けたら、あなたが“あちら側”になる!」
佳奈は、凍りついたように刃を落とした。音が静かに鳴り響いた。
■橘 駿介 視点
「僕が来なかったら……」
彼女を止めた自分の手が震えていた。
蒼木蒼はそれを見て、首を横に振る。
「私は、自分の行動が“怒り”を引き出すことを理解している。
その結果、殺されても構わない。それもまた、“記録”になるから」
「違う……!それじゃ、終わらないんだよ!」
私は声を荒げた。もう黙っていられなかった。
「誰かが“壊れ続けるだけ”の世界なんて間違ってる! あなたが続けるなら、俺があなたを止める!」
彼女は一瞬、目を細めた。
「あなたも、“次”に成り果てたのね」
■橘 美咲 視点
「駿介……駿介……」
私は部屋で、彼のライブ映像を見つめていた。
そこには、蒼木蒼と対峙する駿介の姿。
今まで見たこともない、叫ぶような表情。
「私が止めなきゃ、彼は壊れる……蒼木さんを救うつもりが、呑まれてしまう」
私はジャケットを掴み、部屋を飛び出した。
■井上 美和 視点
「やっぱり、潰れ始めたわね……」
蒼木蒼の配信が、急に“停止”される事態を受けて、私は冷たく笑った。
「正義を商品にした女は、最後にはその火に焼かれる」
その時、通知が鳴った。
《あなたの父に関する未公開資料を公開予定です。#義務継続中》
「……まだ、終わらせないの……?」
私は頭を抱えた。
「もう、やめて……誰か、本当に終わらせてよ……!」
■蒼木 蒼 視点(終盤)
佳奈はその場を去った。駿介も、しばらくの沈黙の後、背を向けた。
私は机に戻り、オフラインモードで最後の処理を行った。
「この国には、怒りを記録する仕組みがない。だから、私はその役を担った。
でも、感情が拡張されると、倫理は破壊される」
モニターには、次のリストが表示されていた。
《義務対象:No.241〜260》
私は一つ一つに目を通し、黙ってスクロールした。
「私は、もう人ではない。人でなくなった者にしか果たせない義務もある」
私は帽子を被り、街へ出た。
名前もない駅のホームで、誰とも視線を合わせず、列車に乗った。
その顔には、笑みも涙もなかった。
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