第28話「義務の継承」
第28話「義務の継承」
■蒼木 蒼 視点
ドアが叩かれた瞬間、私は椅子から立ち上がった。
「この時間に訪ねてくる人間なんて──ろくな理由じゃない」
インターフォンを確認せず、ゆっくりと扉を開ける。
そこにいたのは、痩せこけた青年だった。フードを被り、目だけが異様にギラついている。
「……あなたは?」
「僕、橘駿介っていいます」
名前に微かに引っかかりを覚えた私は彼の目を見据える。
「橘……橘美咲さんと関係ある?」
「彼女の……弟です。姉のことで、話がしたい。けど、それだけじゃない」
青年はスッとポケットからスマホを取り出し、自身のSNSアカウントを開いた。
「僕、あんたの投稿全部見てます。最初は正直怖かった。でも、途中からわかってきた。
あんたは“やってること”に、一貫性がある」
私は眉ひとつ動かさなかった。
「それが目的?」
「違う。僕も、やるべきことがあると気づいたから。
蒼木蒼、あんたの“義務”、俺にもやらせてほしい」
■橘 美咲 視点
「駿介が……蒼木蒼に?」
スマホのニュース速報に目を通しながら、私は立ち上がった。
「冗談でしょ……。なんで、あの子が──」
テレビでは、蒼木蒼の支援者が投稿した新動画が拡散されていた。
「義務は継がれるべきだ」というタイトルで、映っていたのは駿介の横顔だった。
私は即座に弟に連絡を試みた。
──しかし、既読はつかない。
「駿介、何をしてるの……っ」
机に置かれた家族写真が揺れた。母の葬儀のあと、唯一頼ってきてくれたあの夜の顔が、今の動画と重なった。
「私は、蒼木さんを止めたはずだったのに……」
■蒼木 蒼 視点(回想)
「あなたは……“義務”を理解してる?」
私は駿介に問うた。
「理解したつもり。……だって、姉さんはずっと言ってた。“社会は誰も守ってくれない”って」
「理解と共感は違う。“復讐”と“業務”も違う」
「分かってます。僕は、あなたのコピーじゃない。
でも、やるべきことを選び取る“目”は持ってる」
彼の目は嘘をついていなかった。
「……好きにすればいいわ」
私は答えた。
「ただし、誰かを殺すなら、その責任まで計算しなさい。
“怒り”で動いた者は、“後悔”に殺される」
■山本 佳奈 視点
「橘駿介……って、誰?」
息子のノートパソコンを操作しながら、私はその名を検索した。
「橘美咲の弟? どういうこと? なんでそんな名前が出てくるのよ」
検索結果には、蒼木蒼と共に撮影された動画のキャプチャが出ていた。
《新たな義務者、現る》《蒼木蒼、後継を認定か?》
「ふざけないで……! あの女の“連鎖”がまた人を取り込むなんて」
私は再び手紙を取り出した。
“蒼木蒼、次にあなたが誰かを巻き込んだら、私は行動に移す。これは宣告です”
■橘 駿介 視点
「姉さん、ごめん。
でも、俺にはこうするしかなかった」
私は静かにPCに向かって動画編集を進めていた。
対象は、SNSで誹謗中傷を繰り返していたインフルエンサー。
その人物は、報道被害者に“自己責任”という言葉を繰り返し浴びせていた。
「お前みたいなやつが、社会を鈍らせてる。
お前が誰かの人生を“クリック数”で測ったなら、俺もお前の顔で“数字”を取り返す」
投稿後、すぐに通知が鳴り止まなかった。
動画は数時間で50万再生を突破した。
でも、胸の奥は冷えたままだった。
■蒼木 蒼 視点(終盤)
「これは、連鎖ではない。義務の継承──」
私はそう呟いた。
だが、分かっている。
これは“火種”だ。
そしてその火は、私だけでなく、周囲の人々をも焼き尽くし始めている。
「あなたたちが怒るなら、それも記録しましょう。
憎しみの歴史は、誰かが残さないと“無かったこと”になるから」
私はカメラを回した。
その背後で、再び、あの足音が近づいてくる音がした──。
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