第25話「社会の反発」
第25話「社会の反発」
■蒼木 蒼 視点
私のタイムラインは、明らかに“変化”していた。
投稿への「いいね」は減り、リプライと引用リツイートの数が圧倒的に増えている。しかもその多くは──否定だ。
《蒼木蒼は正義の名を騙る暴力だ》《もう彼女は“復讐者”じゃない。これはただのテロリスト》《死者を盾に生者を踏みつけるな》
私は無言でスクロールし続けた。
批判の多くが、最近投稿した桐原修司への動画と、それに続いた再編集シリーズに向けられている。
《謝罪の機会すら与えない》《誰が許すのかを決めるのはお前じゃない》《誰かが蒼木蒼を止めろ》
「……予定より早いわね」
私は感情のない声でそう呟いた。
「冷たく見えるのは、あなたたちが“熱”に甘えてきたからよ」
■SNS コメントログ抜粋(演出)
《蒼木蒼の動画、昔は正義だった。今はただの処刑人だ》
《田中信也が死んだあと、何かが壊れたよな》
《彼女を放置してる社会が一番怖い。これは“義務”じゃなくて“依存”だろ》
《賛否両論じゃない。明確に“否”が上回ってる》
《なぜまだチャンネルはBANされないのか》
■橘 美咲 視点
「私はもう、彼女を支持しない」
テレビ局の取材クルーの前で、私はそう断言した。
報道被害者の会の代表として、かつては彼女の活動を「社会的啓発」だとさえ言った私が、今や全否定に回ったのだ。
「田中さんの死が、彼女を変えてしまった。今、彼女がやっているのは“記録”ではなく、“処刑”です」
「橘さん、でも……蒼木さんに救われた被害者も多いと聞きます」
「それでも、正義の名で誰かを壊して良いという理由にはならない」
インタビューが終わったあと、記者が声をひそめて私に尋ねた。
「本当に……怖くないんですか? 蒼木さんの“報復”が」
私は、躊躇わずに答えた。
「もし私を晒して動画にするなら、それでいい。
それが、あの人の“やり方”なら──
私はもう、目を逸らさない」
■井上 美和 視点
「ようやく世論がこっちを向いたわね」
私はキッチンの椅子に腰かけ、スマホを操作していた。
「これで、“あの女”を公に追い詰める理由ができた」
父の名を守るために、ずっと耐えてきた。
記者の家族として、すべての怒りを一身に浴びて──
ようやく、逆風が蒼に吹き始めた。
「まずは、スポンサーの不買呼びかけ。次は、彼女の投稿に対する刑事告発。
あとは……“彼女の支持者”が暴れてくれれば、都合がいい」
私はある極端な“崇拝者”のアカウントに、匿名で動画コメントをつけた。
《彼女は裏切ったよ。もう本気で動くべき時だ》
“止める”必要はない。“転ばせる”だけでいい。
■蒼木 蒼 視点(夜)
データ分析画面に警告が出た。
《フォロワー:前日比 -32,040》
《コメント非表示推奨:荒らし判定強度レベル5》
《サーバー側から一部広告停止処分通知》
「……ついに手を出してきたわね、プラットフォーム側も」
私は静かにファイルを閉じると、机の引き出しから“あるもの”を取り出した。
それは、予め準備していた“オフライン再配信計画”のプラン。
「止められても、止まらない。
正義が死んだこの国で、動き続けるのは、もう“機械”だけ」
ふと、玄関のインターフォンが鳴った。
私は画面越しに覗いた。
そこには誰もいなかった。
■山本 佳奈 視点
私は病室の隅で、何度もメッセージを読み返していた。
《次にあなたの名前が出れば、こちらにも動く理由が生まれます。時間は無いと思ってください》
脅迫だった。だけど、私は恐れていない。
「動くなら、動いて。私は何も隠さない。
もう、私たちは十分に壊された。だから、壊す側に立ちたいの」
静かにベッドの脇に置いた紙袋を開いた。
中には蒼木蒼の行動記録、そして──
一本の、未使用の刃物があった。
■蒼木 蒼 視点(締め)
「私が間違ってるのか、それともあなたたちが今まで正しかったのか」
夜の動画収録で、私はただ問いかけた。
「私のやり方に文句があるなら、まず自分の家族を二人殺されてから言ってください。
……公平でしょ?」
「泣くな、とも言わない。謝れ、とも言わない。
でも、“無かったことにするな”とは言いたい。
それだけです」
再生ボタンを押した。
そして私は、窓の外に光るカメラのレンズに、初めて気づいた。
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