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■第23話「義務の拡張」

第23話「義務の拡張」

■蒼木 蒼 視点


「“心よりお詫び申し上げます”ね……。それ、広告主に向けてでしょ?」


私はPCモニターに向かってつぶやいた。画面にはキー局の記者が、頭を深く下げて謝罪している映像が映っている。誤報と偏向報道を認めたものの、謝罪の対象は「視聴者」だった。


母の名前は、一言も出なかった。


私は編集ソフトを開くと、動画を15秒単位で切り取り、テロップを入れた。


《“視聴率が落ちてきたので”の表情》

《“スポンサーに怒られたから仕方なく”の謝罪》

《涙の量=再生数×0.8円》


「形式だけの許しに価値はない。数値化すれば、それが一番よく分かる」


投稿後、動画は一時間で再生数12万回、収益は240万円を超えた。コメント欄は荒れに荒れた。


《こんなことで償った気になるな》《顔晒しがぬるすぎる。本名を連呼すべき》《さすが蒼木蒼、無駄にしない》


私は画面を閉じてつぶやいた。


「謝るって、何かを元に戻す行為だと思ってるの? それなら、母の命を戻してからやりなさい」


■井上 美和 視点


「蒼木蒼。お前は人の顔を笑いものにして、正義面してるだけの怪物よ」


私は自分のスマホを机に叩きつけた。あの女の編集した動画が、また私たち家族を晒し者にしていた。


父がかつて編集長として送り出した記事のせいで、私は会社で昇進を見送られ、取引先からも距離を置かれた。謝っても無駄だ。蒼木には「人間性」が通じない。


私はネット掲示板で集めた情報を整理する。


「旧大学時代のゼミ担当教授……まだ存命。住所もある。あとは、“証言を買う”だけ」


蒼木の“綺麗な部分”がまだどこかに残っているなら、私がそれを壊してやる。


「こっちだってもう黙ってない。正義が効かない相手には、報復しかない」


■蒼木 蒼 視点


動画編集中、通話要求が来た。差出人は報道被害者の会の古い連絡網。通話を取ると、初老の男性が画面に映った。


「あなたがやってること、正義じゃないって分かってるのか」


「分かってます。正義じゃない。義務です」


「義務って何だ。何の義務だ。誰に頼まれた?」


「誰にも頼まれてません。でも、“誰もやらないこと”を、やる価値はあります」


「あなたの行動で、助かる人間が本当にいるとでも思ってるのか?」


「死者の尊厳は、生きている人間が定義するものじゃない。私は、死者のために社会に記録を残してるだけです」


「なら、あなた自身が死んだ時に、誰があなたを記録するんだ?」


私は一瞬、言葉に詰まった。しかしすぐに微笑み返した。


「その時は、あなたがやってください。できるなら」


通話は切れた。


■山本 佳奈 視点


「もう限界」


私はそう言って、タブレットを夫のベッドに叩きつけた。誠司はうつろな目で、天井を見ているだけだった。


「蒼木蒼。あの女は何も失ってない。失ったのは私たちよ」


私は夫の看護計画書を破り捨てると、探偵事務所から受け取ったファイルを机に広げた。


「彼女、週に二回だけ近所の弁当屋に通う。その道順、通過時間、監視カメラの死角。全部揃ってる」


「誠司。あなたの代わりに、私がやる。あの女を、黙らせる」


返事はなかった。それでも私は決めた。


「蒼木蒼が“義務”で殺すなら、こっちは“感情”で止める」


■蒼木 蒼 視点(終盤)


私は“記録”のために、日記型の動画を回していた。言葉にする意味よりも、後に残す意味があると思った。


「謝罪というのは、“時間を巻き戻す許可証”じゃない。なのに、なぜ人はそれを使おうとするの?」


「失われた命の前に、涙は紙くずだ。私がやっていることが“過激”だというなら、あなたたちは“冷酷”だったんです」


投稿ボタンを押す。


その瞬間、窓の外で足音が止まる音がした。

私は振り向かない。


「もう始まってるのね、“彼ら”の反撃が」


お読みいただきありがとうございます。


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