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第15話「仲間の死」

第15話「仲間の死」

■蒼木 蒼 視点


「田中信也が死んだ」


その報せを受け取ったとき、私は編集室で次の動画のテロップを確認していた。


元中学校教諭、報道被害者の会の中心人物。

冤罪報道で教壇を追われ、家庭も崩壊し、生活の糧を失っていた男。


「死因は、首吊り」


淡々と語る橘美咲の声の後ろで、誰かが泣いていた。


私は答えた。


「なら、動画にするわ」


「え……?」


「彼は、声を出せなかった。でも、私はそれを代弁できる」


「代弁……って、あなた……」


「“命は広告収入になる”。彼の死も、無駄にはしない」


■橘 美咲 視点(報道被害者の会)


「人が死んで、なんでそれを“素材”って言えるの!?」


私は電話越しに叫んだ。

だが蒼は、変わらず冷静だった。


「美咲さん、死は“伝播”するの。静かに、そして確実に。ならば私は、そこに“意味”を与える」


「意味じゃない!人の命よ!」


「だからこそ。“意味を失った命”は、“意味を与え直す”必要があるの」


「あなた……それでも人間なの……?」


「“人間”をやってる暇があるなら、“正義のコスト”を数えていた方が早いわ」


言葉を返せなかった。

蒼は、もはや私たちが知っていた彼女ではなかった。


■佐藤 俊 視点(ユーチューバーB)


「蒼さん、本気でやるんですか?田中さんの自殺、動画に使うって……」


編集室の空気は異様に重たかった。


「死を黙って受け入れたら、“殺された意味”が消える。私はそれを阻止するだけ」


「……でも、彼、生きてるとき“もう動画には出たくない”って言ってたよ?」


「彼の“生”には誰も耳を貸さなかった。だったら“死”には価値がある」


「それって、やってること記者と一緒じゃないんですか……?」


「違うわ。“報道”は加害で稼いだ。私は“代償”で取り返してるだけ」


俺は胸の奥が張り裂けそうだった。

何が正しくて、何が狂ってるのか、もう分からない。


■田中 信也(遺書より)


「もう限界だった。声を上げても誰も聞いてくれなかった。

蒼さん、あなたの行動は間違ってない。でも、私はそれについていけなかった。

これ以上“生きた証明”をする力がないんだ。許してほしい。

でも、お願いだ。俺の死だけは、“消費”してもいい。“生きた証明”になるなら、どう使っても構わない」


蒼木蒼の配信で、その遺書が読み上げられた瞬間、SNSの空気は一変した。


■SNSログ(群衆の声)


《田中信也、またひとりの報道被害者が自殺》

《蒼木、追悼動画で遺書を公開》

《死者の声を使ってまで復讐を続ける女》

《でも……これが現実だ。誰かが“記録”しなきゃ消える》

《広告収入2800万円突破。“死の価値”がまた数値化された》


■井上 祐一 視点(元編集部長)


「……やりすぎだろ、あいつ」


動画を見終えたあと、俺は机を叩いた。


「死者の名を利用して金を稼ぐ。これが正義か?」


記者時代の後輩が小声で言った。


「でも、井上さん……僕たちも、やってきたじゃないですか。自殺した教師、震災被害者、殺人事件の遺族……“涙”を切り取って報道してきた」


「俺たちは“公共性”を持ってた!」


「蒼木も言ってました。“報道機関が見殺しにした命の代弁”だって……」


沈黙。


俺たちは……やはり、逃げられないのか。


■蒼木 蒼 視点


「田中信也、享年41歳。

“加害報道の副作用”である沈黙と孤独を耐えきれず、自ら命を絶った。

だが彼の死は、広告収入で2800万円を突破しました。

つまり、社会は彼の死を“見た”ということです」


動画の締めに、私は視聴者にこう言った。


「あなたの命も、あなたの怒りも、きっと数字に変えられる日が来る」


「“義務”とは、死者に意味を与えること。私はそれを続けるだけです」


■橘 美咲 視点(通夜の場)


「田中さん、ごめんなさい」


彼の祭壇の前で、私は手を合わせた。

誰よりも報道を恨みながら、それでも最期は「疲れた」と言って死んだ人。


彼の隣には、蒼の送った供花があった。


“君の死は、社会を動かす起爆剤になる”


それが名札に書かれていたメッセージだった。


「……蒼さん、あなたはもう……私たちとは別の場所に行ってしまったのね」


■佐藤 俊 視点(夜)


「蒼さん、これからもこういう死が出たら、全部“意味にする”んですか……?」


俺の問いに、彼女は首を傾げた。


「意味を与えなければ、“死んだこと”すら認識されない。そういう社会でしょう?」


「でも、僕たち、これ以上誰かが死ぬのは見たくない……」


「なら、黙ってる? そうしたら次はあなたが殺されるかもしれないわよ?」


「……それでも、僕は“人間”でいたい」


蒼は黙り込んだ。


俺たちはもう、“人間”かどうかを問わなければならない場所まで来ていた。






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