プロローグ
――静寂が城に満ちていた。
真っ白な柱に囲まれた大広間。
華やかな衣装に身を包んだ貴族、王族たちはそろって一点を見つめた。
精緻な細工が閉じ込められた小さな箱。
金具はくすんでいて、蓋は朽ちている。
もう音色を奏でなくなって久しい魔法のオルゴールだ。
箱の前で、ひとりの男があぐらをかいていた。
ボロボロのつなぎに汚れた手袋。
とてもこの場に相応しくないけれど、誰も彼のことを咎めない。彼には格好以外に優れた部分があると、この場の誰もが知っている。
「さぁ! 私の目の前でそれを直してくれ!」
王冠を被った少年が真っ赤な玉座から立ち上がり、両手をいっぱいに広げて声を上げた。
つなぎの男が何度も奇跡を起こしたと聞いて、その技術をこの目で見てみたいと思い、彼をこの場に招いたのだ。
つなぎの男はメガネを額からずらすと、軽く胸を叩き、にやりと笑って箱に触れる。
最初は手で、次に工具で。
あの手この手で箱をいじくり回す。
ひげを蓄えた貴族が、銀のプレートに乗せられた砂時計を睨む。
流れる砂はつなぎの男に与えられた持ち時間だった。
工具と金具がぶつかるカチャカチャという音。
サラサラとガラスの隙間を落ちる砂の音。
小気味いい物音のリズムが大広間に広がっていく。彼の手作業から生まれる温かな雰囲気に誰もが飲み込まれていく。
やがて、砂が落ち切る手前で、つなぎの男は手を止めた。
何も言わずとも彼の作業が終わったことがみんなに伝わった。
くすんだ金具は磨き上げられ、朽ちた木の蓋もいつのまにか新品のきれいな木材に交換されている。
コトリと大理石に置かれた小さな箱を、ひげの貴族が慎重に持ち上げて、少年王の手元に運ぶ。少年は子供らしいキラキラした瞳でオルゴールの蓋を開けた。
――耳をつらぬく不協和音が爆発する。
例えるならそれは錆びた音の槍。ノコギリで石を削るような音。到底音楽とは呼べない不快な振動に、貴族たちは顔を歪めて悶絶する。
少年王はオルゴールを放り投げて玉座にうずくまる。
オルゴールは宙を舞い。大理石の床に落下した。
木と金属の部品が砕けちる。精緻な芸術品だったはずの箱が一瞬でゴミに変わる。
……そこでようやく、悪夢の演奏が止まった。
しんと大広間が静まり返る。
誰もが今起きた出来事にショックを受けていた。
沈黙を破ったのはつなぎの男の声だ。悲鳴に近い叫びだった。
「これは何かの間違いだ! 俺はそんな音が鳴るように直してない!」
けれど、もはや誰も彼の言葉に耳を傾けない。不協和音がまだ耳に残っている。
うずくまる少年王は黙ってひげの貴族を指差した。彼はたっぷりとため息を吐いてから、つなぎの男を蔑みの目で見下ろした。
「王を失望させた罪は重い。恐怖の音はエスカリエ王国の心を傷つけた。よって、シゾ・アルジール……いや、魔技師の階級を4層下げるものとする!」
つなぎの男、そして彼と似たような格好をした老若男女の集団が、絶望の表情を浮かべて叫ぶ。
「待ってくれ」
「4層って……最下位ってじゃないか!」
「生きていけなくなる!」
「シゾが失敗するはずがない!」
銃や剣を持った衛兵たちが彼らを王宮の出口へ追い立てる。武器の隙間から、つなぎの男が必死に少年王に訴えた。
「俺たちは嵌められたんだ!!」
怒号の飛び交う人の波に飲まれながら、
金髪の少女は、床に落ちたオルゴールを眺めていた。
──誰が、あんな変なことしたんだろう。
そんなことを考えていた。