本当に楽しいのか
場所は学園長室
(あのメリッサ・エリヴェーラがこの学園に来るとは……)
学園長のメリアル・シュヴァルツは窓の外を眺める。
七大魔女最強のセリアの妹のリディア・グレイスと若き天才のアレン・エイムズの入学、これだけでも『大事件』なのだが、極め付けは史上最強の魔女と恐れられたメリッサ・エリヴェーラが学園の講師に赴任……
(二人の件は大丈夫だろう……だが、問題はメリッサだ)
かつて全ての魔女の頂点に君臨した彼女が、この学園に来ることになるとは誰が予想できたのだろうか
(はぁ……今年はとても忙しくなりそうだ)
その時、扉をノックする音が聞こえる
「よろしい、入りたまえ」
そう返事した後、扉が開けられると、細々とした声が部屋に響く
「失礼しま〜す、メリッサ・エリヴェーラで〜す……」
(うわぁ、学園長と話すとなると、緊張しちゃうな……よし、なるべく態度で『私はか弱い女性です……』っていう感じで実力を隠すことにしようかな……ちょっとかっこいいかも)
彼女が欲しいのは、やはり平穏な日常。
メリッサは小さくため息を吐きながら、部屋に足を踏み入れた
その演技にメリアルは眉をひそめた
(これがメリッサ・エリヴェーラか? まるで覇気が無い……)
目に映る彼女の姿はまるで、どこにでもいるようなか弱い女性。史上最強の影など微塵も感じられない
「ご足労感謝する。メリッサ・エリヴェーラ、どうぞ掛けたまえ」
「は、はい……失礼します」
おずおずとメリッサは椅子に座る
(よ〜し、完璧だ! まさに『実力を隠すか弱いお姉さん』!!)←26歳
なのだが……
「メリッサ・エリヴェーラ君」
「はいぃ!?」
焦った様子で返事をする
「君の弟子のリディア・グレイス君から聞いているが……」
「え……そ、そうですかぁ!!? いや〜、あの子はか、可愛いですもんね〜!!」
「……彼女曰く、『先生はとても明るくてナルシストな感じです!!』と意気揚々と話していたがね?」
(ぎくぅっ!?)
メリッサの汗が滝のように流れる
「あはは……ヤダなぁ、私は平凡な魔女ですよぅ……」←ぶりっ子ポーズをするイタい26歳
(まずいいぃぃぃ!!! リディア何正直に話してくれちゃってんのぉぉ!??)
メリアルは腕を組み、じっと彼女を見つめた。明らかに動揺している。
「……やはり君は"か弱いフリ"をしているようだ」
(うん……わかってた)
「君は『史上最強の魔女』と恐れられている。それに講師が態々実力を隠して生徒達に教鞭を振るうのは、どうかと思うがね?」
「い、いやいやいや! そんなことないですよ〜? ホントに私は平凡な魔女で──」
メリッサは必死に笑顔を作りながら、ぶりっ子ポーズをキメる。しかし、メリアルの冷静な視線はその茶番を一蹴した。
「巫山戯るのもここまでにしていただきたい」
彼の鋭い視線が心臓を貫く
「……!?」
(ひいっ!! 凄い怖い……)
「単刀直入に聞こう。君は何故そのような態度をとる?」
その質問に詰まってしまう
(これは正直に言うしかない……)
「……実は、"普通の先生"として過ごしたいんです」
「何故そうしたい?」
「まず、先程の失礼な態度をとったことをお詫びします」
メリッサは深く頭を下げて続ける
「確かに、『史上最強の魔女』なんて言われていた時期がありました。ですが、私は別に『最強』になりたくてなった訳じゃないし……」
昔の記憶を思い出した。
血と魔力が蔓延る戦場。荒れ果てた大地で、"元"親友の『シーナ・エンヴィエット』がいた
『お前に追いつけたならそれでいい……もう悔いはない』
『来世があるなら……またお前と一緒に"魔女ごっこ"したいな……』
その言葉が最期だった
笑みを浮かべ、光粒となって消えた
だが、その顔はどこか嬉しそうにも見え──寂しげだった
それは、今でも鮮明に焼きついている。たとえ何十年、何百年経っても忘れないだろう
自分の『最強になる才能』が、大切な人を殺してしまったようで──
だから、二度と最強を名乗りたくない──
「メリッサ君、何かあったのかね?」
メリアルの声に、メリッサは現実へと引き戻される
「あ、ああ……ちょっと昔を思い出してまして……」
「無理に話さなくても結構だ。その思い出が君を縛り付けているようにも見えた」
(やっぱり鋭いな……)
彼は学園長を長年務めてきただけあって、観察眼は鋭い。まるで心を読んでいるかのようだ
「まあ、ただの勘だがね」
「いえ、ご名答です。やはり貴方は鋭いですね……」
「私は色々な生徒を見てきた。なんとなくだがわかるさ」
「……」
メリッサは何も言えなかったが──
「だが、私から言えることはある」
「なんでしょう?」
「君自身は楽しいのかね? そうやって偽るのは」
「……っ!」
メリッサの表情が一瞬強張った
「楽しい、ですか?」
「そうだ。君は"か弱いフリ"をして楽しいと思っているのか?」
"普通の先生"として過ごしたかったが、本当にそれは楽しいと言えるのだろうか?
「正直、疲れちゃう時がありますね……」
「やはりな」
腕を組み、じっと見つめる
「私は別に、"史上最強の魔女"として接しろとは言っていない……が、たとえ先程のように振る舞っても、負担にしかならないだろう」
「……」
「君は、生徒に何を教えたい?」
自分は何のために来たのか……
「…私は…」
しばらく黙った後、ようやく絞り出した答え。それは──
「正直、まだよくわかりません……ですが、自分を偽らずに……正直になって接していこうと思います」
これだった。これしか言えなかったが──
「うむ、それでいい。君はまだ若い。これからこの学園で見つけていけばいいさ」
「ありがとうございます……」
「ただし、一つ忠告しておこう」
「な、なんでしょう?」
「先程のぶりっ子ポーズは辞めた方がいい……どこか、いい年をしておいてイタいと思ったよ……」
「うぐっ……」
顔が唐辛子のように真っ赤にしながら、小さく呻いた
「で、でも! そういうのもアリかな〜と思って──」
「無いな」
グサッッ!!と心に突き刺さる
(ぐふぅっ!!??)
もうメリッサの心のライフはゼロだった
「だが、君は今日から教師としてこの学園の生徒達を導いて欲しい。これからよろしく頼む、メリッサ先生」
「はいっ…!」
メリッサは元気良く返事をした
(学園長先生、ありがとうございます。少し見えてきた気がします……!)
彼女の心の曇りが少しずつ晴れていく感覚がした
「生徒にあのポーズを見せたらイタいおばさんだと思われるだろう……」
そんな声も聞こえたような気がした……
テスト難しい……それとラーメン食いたい……




