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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
一章/炎の巨神、現る
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八咫烏の鳴く夕闇/1

 スンと音をさせて当夜が鼻を啜る。すっかり空は夕暮れに包まれ、町は赤に染まっていた。


「はあ、ごめん。落ち着いた」


「謝らなくていい」


 目と鼻を赤くさせて当夜に見つめられた徹は微笑んで、当夜の頬を撫でる。


「ありがとう。徹はホントに優しいな」


 にこにこと笑う当夜に見惚れた徹の鞄から音が出た。二人はなにかと思って一瞬動きが止まるが、すぐに鞄の中に入っている携帯が鳴っているのだと気づき、徹は鞄を開けて取り出す。


「メール?」


「ああ、父からだ」


 すいすいとスマートフォンの画面を指で操作してメールを確認した徹は、苦い顔になった。


「親父さん、なんか用あるのか?」


「ああ、そうみたいだ」


「んじゃ、行ってあげろよ。俺、一人で帰るからさ」


 後押しをする当夜に、徹は気が進まない顔をしつつもベンチから立ち上がる。鞄に携帯をしまってから持ち上げた。


「どこにも寄らず、すぐに真っ直ぐ帰るんだ。いいな?」


「子どもじゃねえんだから平気だって」


「だといいが……とにかく、行ってくる」


「ん、いってらっしゃい。飯作って待ってるよ!」


 名残惜しそうに自分を振り返って見る徹に早く行けって、と苦笑いする。徹の姿が見えなくなってから当夜は立ち上がり、スクールバッグを肩にかけて歩き出した。

 公園から出て病院前にあるバス停まで行こうとした当夜の耳に、子どもの泣き声が入ってくる。辺りを見渡すと、当夜から十歩程離れた所で、子どもが二人泣きじゃくっていた。

 怪我をしている様子も、喧嘩をしているようにも見えず、おもちゃも持っていない。保護者らしき人物の姿が見えないことを考えると、おそらく迷子であろう。

 当夜は近くの交番まで一緒に行くだけだからそんなに時間はかからないだろうと判断をしてから、その子たちに近寄っていった。


「どーしたんだ?」


 怯えさせてしまわないように優しい声音で言い、目線を合わせるためにしゃがむ。

 にこっと目を和ませて笑いかけた。


「お兄ちゃんに喋ってみ?」


 ***** ***** *****


 ビーッ、ビーッとけたたましく鳴る携帯の音に、徹は舌打ちをしそうになりながら走っていた。周囲を注意深く観察しながら、病院の傍らにようやく見つけた公衆電話のボックスの戸を開けて入り込む。

 受話器を取ってスラックスのポケットから出したカードを通した。


『こちらアマテラス機関。カードを認証しています。……認証完了しました』


 すると、すぐ機械で作った女性の声が耳に届いてくる。電話ボックスにスモークが貼られ、地面が動いた。


『支部まで移動します。電話ボックスに掴まってください』


 徹は左手を電話ボックスに置いたまま、床が下に滑っていくのを待つ。ガクンと大きな揺れがあった後、まるでエレベーターのように下へ落ちていく。エレベーターと違うのは、ガラス張りのために周りの地肌がよく見えることだけだ。


 地下何十階かと思われるくらいに深く、時間をかけて下った後は前へと進んでいく。花澄のいる都咲とさき病院と似たようなリノリウムの床が貼られた廊下にたどり着くと止まった。


 徹は若干高くなっている公衆電話の床から、白いツルツルとした表面の床に下りて、ライトで照らされている方へと走り出した。公衆電話の床は受話器をのせたまま下がっていく。


「おや、暁美。君もか」


 何本も細い廊下が繋がっている円形のホールにたどり着いた時、右の方から黄緑色の髪の女性が飛び出してきた。


「ええ。六条ろくじょうさんもですか?」


「今しがた連絡が入った」


 徹が走ってきた廊下の二倍はあるのではないかと思われる幅のある道に、二人は真っ直ぐ突き進んでいく。薄緑の髪の左側だけを切りそろえ、右側はバラバラの長さに切るというユニークなヘアスタイルをした六条ろくじょう四葉よつばは琥珀色の目を面白そうに細めた。


「なんですか?」


「いや、実に面白くなさそうな顔だと思ってね。例の想い人くんとでもデートしていた最中だったのかい?」


「それに近いですね」


 ネイビーのニットに包んだ豊満な胸を揺らして走る四葉は、くすくすと笑う。


「素直な君はとても面白くて素敵だ。さて、」


 大きな両開きの鉄製の扉に二人は手をつき、笑みを消した。


「愛する者のために今日も頑張ろうか」


「……ええ!」


 ぐっと力を入れて押し開くと、わっとざわめきが届いてくる。


「六条四葉、暁美徹、現着しました!」


 右のこめかみに人差し指を触れ、敬礼の姿勢を取った二人に、何十台ものコンピューター機器を弄っていたスタッフが顔を輝かせて振り返った。


「良かったわ、二人共!」


 その中でも全体が見渡せる中ほどに設置されたシートの前に立っていた焦げ茶色の髪の女性が二人に向かって微笑む。ウエーブがかった髪を胸の辺りまで伸ばし、抹茶色の目をしているその人は、この施設の責任者である由川ゆかわ鏡子きょうこだ。


「鏡子さん、すぐに出撃した方がいいですか?」


「ええ! いつもいつも悪いけれど、神装しんそうに着替えたらすぐに格納庫に向かってちょうだい!」


「了解しました!」


 再度敬礼してから、二人は右側の細い階段を上がって、作業を続ける白衣のスタッフを眼下に見ながら通路を走っていく。


「それじゃあ、後でね」


「ええ」


 先に四葉がすでに開けられている部屋に入った。徹はそれには目もくれず、一つ奥にある部屋に駆け込んだ。待ち構えていた男性スタッフ三名が徹の荷物や脱いだ制服を受け取る。


 水色のツルツルとした手触りの薄い素材の布を渡され、徹は下着を全て脱いでロッカーに詰め込み、それを代わりに身に着けた。伸縮性のある素材が使われているそれは徹の全身にピタリと吸いつくように張り付く。

 スタッフが徹の両手をとって、素早く血管に針を刺し、それから手に白い手袋をつける。へその上辺りから首元までチャックをしめ、首に輸血用の管を通してから締め付ける。


 この、背から尾てい骨にかけて大胆に空いているデザインのパイロットスーツのことを、スタッフは神装と呼んでいた。


 首の後ろから通した管に取り付ける用の輸血パックを手にしたスタッフと共に、奥に用意されている格納庫へ通じるエレベーターまで進む。シュンっと音がして、エレベーターの扉が閉じて下へと下りていく。


「アクガミはどこに出たんですか?」


「隣の弓咲ゆめさき市だよ」


「え!?」


「ああ、大丈夫。徹くんの家の近くじゃないし、住民の避難は終わってるよ!」


 徹の精神が揺らがないよう、すぐに別のスタッフがフォローの言葉をかけた。


「都咲病院の辺りではないですよね?」


 徹は格納庫にエレベーターが着く直前に訊ねると、スタッフの顔がわずかに強張る。それを見逃さなかった徹はざっと血の気が引くような感じを覚え、着いた途端扉をこじ開けるようにして出、格納庫の中を走っていった。

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