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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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ぎこちない日常

「へー、スパイスから自分で配合して作るんだな」

 面白いなーと言いながら当夜が五種類あるスパイスを缶から取り出していく。隣に立っていた赤木が覗き込み、スゲー! と興奮した声を上げた。最後の夕食作りに間に合って良かったと当夜は息を吐く。

 結局、全員の血液パックを全て使い切っても戦いは終わらなかった。京都支部のパイロットと、豪が怪我をしたと聞いて心配して来てくれた大阪支部のパイロットに後を引き継いで三十分後にようやく避難が解除された。

 東京と比べると数が圧倒的に多い上、()()()()()()()と当夜ですら思わず愚痴が口を突いて出るくらいだった。

 イワナガでひと眠りしていた当夜たちが帰ってくると、訳知り顔の教員が来てーー「最後のご飯は友だちと食べなさい」と。

(言われてもなあ……)

 先生なりに、考えてくれているんだと思う。もしくは、余程犠牲者が多いのか。

 けれど赤木たちとは口喧嘩をしてしまったし、何事もないという顔はどちらも出来なかった。さっきも、赤木が妙に明るい声を出すから徹が怪しみながら洗い場に行った。

「……あのさ、カレーの辛さなんだけど」

「はいっはーい! 俺、激辛がいい!」

 やっぱカレーは辛くないとな~と腕を組んで言う赤木に、当夜はそうだなーと言い返しながら配合の目安が書かれた紙に目を通す。

「俺も辛いの好きだけど、徹がそんな得意じゃないから中辛でいい?」

 小さなボウルに入れて混ぜ合わせたスパイスをフライパンに入れた当夜に、赤木はええ~っと残念がるが、でも当夜のならなんでも美味いし! と意見を変えた。

 それから加護の肘を突いて、目線を合わせる。それを見た当夜はーーあ、嫌だなと思った。口の中がねばつくような、気持ち悪さを感じる。

「悪かった」

 そう言って頭を下げた加護に、当夜はおたまから手を離す。

「俺こそ、ごめん」

 手を体の横にくっつけて頭を下げる。

 守秘義務がなくても一般市民にアクガミみたいな混乱の元みたいな物のことを言えるはずがない。けれど、なにも言えなくてもけじめをつけなければいけないのだ。

 頭を上げて、加護の目を真っ直ぐ見て口を開く。

「バイトのことはなにも言えない。加護も……大人になったら分かると思う」

「守秘義務な」

 赤木が言葉を覚えたばかりの子どものように言うので、加護が「意味分かってるか」と訊ねた。当夜は心の中で合ってるけど違う意味もあるよと囁きかける。

 二人が大人になる頃にはアクガミの被害はもっと広がっていて、アマテラス機関は隠しきれなくなるのではないかーーそういう意味合いもあった。

「当夜、なにか手伝うことはあるか」

 器具を洗いに行っていた徹が戻ってきて、卓上に整理をしながらそう訊くと、当夜はんーと周りを見渡す。タンドリーチキンやナンを焼くための窯の火は加護が管理してくれているし、他の調理はほぼ自分だけで事足りている。

「じゃあ、これと遊んできてよ。包丁使ってんのに周りうろちょろするから危ないし」

 顎で赤木を差すと、徹はなるほどといった顔になった。赤木は当夜を手伝いたくて周りを犬のように回っているようだが、徹の目から見ても危険行動にしか見えない。

「分かった、行くぞ赤木」

 芝生でできた広場が併設されているし、渓谷にある施設だから体を動かして遊ぶタイプの赤木には打ってつけの場所だろう。

「できたら呼ぶからー」

 二人を見送った当夜は、手を大きく振る。全てのやり取りを見ていた加護は、呆れた顔でため息を吐いた。

「子ども出来立ての新婚夫婦かよ」

「……そんなんじゃないよ」

 俺ら同い年だろと言う当夜に加護が首を振る。

「お前、ちょっと大人だよ」

「加護より?」

 斜に構えているわけではないが、加護は普段クラスメイトを後ろから見ているポジションにいるようにしているように思えた。クールで大人っぽいは徹もよく言われているが、当夜からすると加護はもっと大人びている。

「それはちょっと嬉しいかも」

 へへ、と笑うと加護が手を伸ばしてきて頭を撫でられた。それだけのことに当夜は体を硬くさせる。強張った笑顔を隠す為に、「あっ」と声を上げて鍋へと近づく。

「やば、焦げちゃったかな」

 火を強くしてたままだったんだよなと言って、体を横に倒して調整の難しいコンロの火を見る。汗が滲みそうになる手のひらをズボンに擦りつけてから体を起こして振り返った。

「大丈夫だった」

 そうかと返事をする加護の顔は、穏やかだった。


「忘れ物はないかー」

 生徒に声を駆けまわっている教員の声を遠くに聞きながら、当夜はボストンバッグを乗務員に手渡してバスへ乗り込む。隣に座ってきた赤木がんーっと背伸びをした。

「あ~楽しかった! なあなあっ、また皆で行こうぜ!」

「気が乗ればな」

「まる、ひっでえ! めっちゃくちゃ適当じゃんか」

 手を握って叫ぶ赤木に、加護と徹が小さく笑った。

 窓の向こうに見える澄んだ青い空に、灰色の雲が揺蕩う。雲から現れ出でた紫紺がくるくると白い線を描いて戯れる。それはまるで、こちらに「またな」と言っているよう。

(うん、またなーー……)

 当夜は口元に笑みを浮かべ、空に向かって小さく手を振った。

これにて三章完結です!


次は激動の四章ーーなんですが、その前に幕間が入ります。

夏休みを過ごす四葉ちゃんやアマテラス機関の面々のSSが2話です。

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