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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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タカクラ

 形状からしてそうバイクと変わらない運転方法だろうと、当夜は目を閉じた。

 赤木の兄さんがバイク好きな人で、一度だけ後ろに乗せてもらった記憶を呼び戻す。


 クラッチレバーを握り、足をのせているチェンジペダルを押し下げてギアを一速に入れる。アクセルを少しだけ捻るとエンジンの回転が上がる音がして、ふぅと息を吐く。

 クラッチレバーをゆっくり離していくと前に動き出した。操作方法を覚えていたことと、タカクラの操作も同じだったことに安堵する。


「おい豪、大丈夫か!」


 元気なら返事せんかいという声が響き、当夜は「俺の方!」と言い返す。

 カグラヴィーダのようにモニターに顔が表示されたりはしないらしく、声だけだ。


「俺て……この声、まさか当夜か!?」


 名乗りながらもクラッチレバーを完全に離し、機体を真っ直ぐに制御するのに慣れてからアクセルを戻す。クラッチをしっかり握りながら、ペダルの下にあるチェンジペダルを足先で押し上げると加速させる。


「豪は今寝てる。怪我とかはしてないと思うけど、頭打ってるかもしんない」


「はあ……ほんで、なんでお前がタカクラに乗っとんねん」


「俺の機体は修理中だから借りたんだよ。説教は後で!」


 通信を切ってどれくらい加速するのか集中して計り、最高速度でアクガミがいると表示されている方向に走らせる。


 その間に、機体を別の形態へと変えるボタンを押した。

 すると、頭部と足が折り畳まれていき、下肢に収納されていたタイヤと当夜の体が外に出ていく。

 操縦席が前に倒れていったので、当夜はしっかりとハンドルを握り締めて内腿に力を込めた。龍の頭部を模したバイク状のロボットに変化したタカクラは、小回りも推進力もある。


「うわあっ、こういう感じかあ……!」


 当夜の光沢のある白い髪が風になびく。胸いっぱいに息を吸うと、夏の青々とした空気が入ってきて、当夜は笑みを浮かべた。


 なるほど、アクガミに直接攻撃をされる危険があるとはいえ、視界が格段に広がり、直接目標を見ることができるのは良い点かもしれない。

 ただ、神装の袴がバタバタと風で広がり、足に絡んで邪魔をするのは難点だ。そういえば豪は着てなかったな……と思い返す。


「もうちょっとだけ付き合ってくれよな、タカクラ!」


 状況を確認すると、先程涯たちと共に戦っていた地点には、もうアクガミはほとんど残っていないようだった。それ以外にも複数発生している地点があるので、そこの一つに走らせる。


 十数機のアクガミの姿はすぐに見えてき、当夜は薄闇に隠れて近寄っていく。背後から銃撃を浴びせかけると、アクガミは獣のような声で吠えた。


 地面に降り立って雑木林を掻い潜りながらアクガミを狙う。

 当夜のカグラヴィーダと違い、タカクラは中距離での銃撃戦を得意とするタイプの機体らしい。とはいえ、今現在取りつけられている基本武装しか使えないため、本当にそうなのかは分からない。


 銃撃戦に不慣れな当夜はとにかく撃てるだけ撃ちっぱなしていく。

 何体かは倒せたが、数が多いのでまるで消耗戦を強いられているようで、当夜は唇を噛み締めた。


 俺のカグラヴィーダならこんなに動きが遅くないし決定打に欠けることもない。早く、早く、早く早く早くカグラヴィーダの元に行きたい。カグラヴィーダでないといけないんだ! という気持ちが奥から奥から溢れ出てくる。


 弾を撃ち放つとアクガミの腹を突き破り、当夜はよっしゃあっと叫んで拳を握った。


「当夜、当夜だよな? 修理終わったぞ!」


 タイミングよく通信機器から飛び出してきた剣司の声に当夜は目を輝かせた。

 一つ返事で機体を旋回させると、元いた場所へと繰っていく。


 やがて、暮れなずむ空の下に舞う、群青の巨神の姿が見えてきた。

 無駄一つない動きでアクガミを処断する姿には、まるで竜宮城を護る騎士のような優雅さがあり、当夜は息を呑む。


 上体をハンドルに被せるように背を伸ばし、腕を突っ張る。のけ反るように上体を倒して前輪を浮かして飛び上がった。

 そこまでやってから、これは確かに小学生じゃ無理だなと息を吐く。当夜は力があるので無理矢理上げられるが、もっと体格が良くならないと使いこなせない機体だろう。


 機体をギリギリまでカグラヴィーダに寄せ、剣司が開けておいたままにしてくれた操縦席に向かって飛び降りる。


「ありがとう、タカクラ!」


 無人になったタカクラは滑るように地面に着地し、その動きを止めた。


「ごめん、カグラヴィーダ。しばらく停まってて」


 当夜はそう言いながら椅子の背もたれに乗り上げる。

 体を伸ばしてシートの後ろに設置されている保管庫から新しい血液パックを取り出す。自分で残り僅かになった物と取り換え、壁に引っ掛ける。


 それからシートに腰を下ろして操縦桿を握ると、無数の触手が入り込んできた。


「あがッ、ぎ……ッ」


 口から苦痛の声が漏れ出て、弛緩した体が正面のコントロールパネルに凭れかかる。

 なにが起こったのか理解できない当夜の緩んだ口元から涎が垂れた。痺れの残る手を持っていって拭うと、涎だけでなく血も付着する。鼻を拭った指にべったりと血がついた。


(これがペナルティってことか……)


 他人の鉄神に乗ってアクガミを倒した反動か、戒めか。

 前のコンソールに手を突いた当夜の視界に入ってくるタカクラは、主は彼のみだとでも言いたげに豪の傍に寄り添っていた。

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