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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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海神

 タカクラの足元まで辿り着いた途端、腕につけたベルトがアラート音を発した。


 アマテラス機関にとってパイロットは何物にも代えがたい財産だ。

 神装には機体から離れた状態でもアクガミの接近を知らせる機能が付いていると聞いてはいたが、これのことだったのかと手を見下ろす。


 次に別のアラート音が鳴り、当夜は目を見開く。

 それはアクガミがこちらに近づいてきていることを表していた。


 機体を起動しかしていない状態で、使い慣れた愛機でもないタカクラしか動かせないというのにと歯噛みする。

 目の上に手を当てて辺りを見渡すが、残念ながら視認することはできなかった。

 これが徹なら捉えられたのかもしれないがと、視力が異常に良い幼馴染が傍にいないことを悔しく思う。


「くそ……っ」


 だが、近辺に潜んでいたのか、アクガミらしき黒い巨大物体がこちらに向かってくるのが見えた。距離はほど近く、数分もしない内にここに辿り着くだろう。

 奥歯を噛みしめた当夜は、どうにか奴が来るまでに現状を打開できる術はないかと頭を巡らせる。


 しかしアクガミは予測していた以上に早く迫ってくる。

 獣のように四足歩行してくるアクガミが地面を大きく揺らし、カグラヴィーダから頭を出した剣司が息を呑む。


「豪と一緒にカグラヴィーダの中入ってて!」とアクガミから目を離さずに叫んだ。


 打つ手なしかと拳を握る当夜の上に、青い影が落ちる。

 え――と空を仰ぐ当夜を護るように風が吹き、水の粒が頬を濡らす。


 現れ出でた鉄神の色は、群青。

 徹の空を模したような水色とは違う、深海を閉じ込めて作ったような瑞々しさに目を奪われる。


 その鉄神は三又に分かれた槍でアクガミを貫くと、払い落とした。一撃で命を絶たれたアクガミは、塵となって消えていく。

 こちらを振り向いた鉄神に、郷愁にも似た気持ちが当夜に襲いかかってきて眦から涙が溢れ出ていく。


「あれっ……な、なんで?」


 涙は次々と出てきて、まるで溺れてしまったようだと顔を顰める。


「――気付くのが遅れてしまって、すまなかった。全員無事か?」


 上から包み込むように降ってきた、柔らかく澄んだ声。

 言葉が喉につっかえ、当夜は首を手で押さえた。


「うん……っ!」


 必死の思いで何度も頷くと、声の主が微かに笑うあえかな気配が伝わってくる。


「俺が君を護るよ」


 どこかの夢で聞いたような、小さな希望が当夜を淡く照らす。


「だから、君はその間に立て直すといい」


「分かった、ありがとう」


 そっと肩に手を置いて守ってくれる人がいる気がする。そんな心地になる声だ。

 夏の温かい水に浸かっているようで、とても安らぐ。


 これならと当夜はタカクラに乗り込む。常人ならば、どこをどう操作したものかと手を出しあぐねるだろう。

 だが、上半身を起こした時と同じく、当夜は機器類に目を通すと迷いなくエンジンスタートボタンを押してタカクラを立ち上げた。


 正面のメインと左右のサブモニターの淡い発光に照らされながら、搭載されている機能を確かめていく。


「ええっと……ううん、おれは使えないのか。うわっ、こっちも!?」


 なにせ、どんな武器が付いているのか説明すら受けていないのだ。

 当夜がタカクラについて知っているのは習と同じで変形するという情報だけ。そんな曖昧な情報だけでは飛び立つことすらできない。


「やっぱり鉄神ってワンオフ機なんだな……本来の搭乗者じゃなきゃ使えない機能多すぎ。これじゃ基本武装しか使えないじゃん! あ~、鏡子ちゃんのアマツメイラがればなあ」


 当夜は大きくため息を吐きながら項垂れる。しかし、今は文句を言っている場合じゃないと起き上ってガシガシと頭を掻き、舌で唇を湿らせた。


「なんとかやるしかないかぁ……」


 習が手こずっている変形型だ。余程操作に難があるのだろうが、試しにやってみようじゃないかと当夜は拳を掌に打ち付けた。

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