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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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暗雲燻る空

「う……」

 右こめかみに手を当てながら頭を振るう。

 落下の衝撃で気絶していたらしいと気が付いた当夜は、まず自身の状態を把握する為に手足を動かす。

 電灯が全て切れているせいで目視することはできないが、全身触りたくって怪我がないことを確認し終えると息を漏らしてシートに全身を預ける。

 鉄神には自己修復機能がついているが、超加速ではないので基本的には戦闘が終了してから一定期間の時間を設ける必要がある。

 その為に海前などのメンテナンスチームが存在しているのだから。

 今回は致命傷を受けたようで、戦線に戻るには誰かメカニックを呼んできて直接修理をするしかない。

 一応必要な工具は積んであるが、海前に遊び程度に教えてもらっただけの当夜では直しきることなど到底不可能だ。

「くそっ!!」

 当夜は苛立ちを露わに自分の膝を硬く握った拳で殴りつける。

「くそぉ……」

 そうこうしている内に仲間が討たれてしまうかもしれない、民間人が犠牲になるやも。アクガミが一たび出現すれば被害は増えるばかりなのだから。

 なんとかしてイワクラか涯に連絡だけでも取れないかと通信機器の復旧だけでも試してみようと手を伸ばす。だが、それさえ壊れてしまっているのか、応答どころか繋がる気配すらなかった。

 打つ手なしと悟った当夜が緊急脱出用のボタンを押すと、空気が抜けるような音がしてハッチが開く。

「~~~~か、おい、おいってば!!」

 すると、防壁に阻まれて聞こえなかった外部の音がコックピットの中まで入り込んでくる。そして、それは当夜にとって身近な声だった。

 シートベルトを外して椅子の上に乗り上がる。カグラヴィーダは横倒しになってしまっていたので、そうしないとコックピットのハッチに手が届かないのだ。

 手を思いっきり伸ばして出入り口の淵を掴み、懸垂の要領で体を持ち上げる。

「ん、っしょっとお……はあ、」

 疲れたと言いながら外に出ると、そこにはやはり見知った顔がいた。

「……剣司」

「……え。と、当夜!? は、え、なんでお前? こんな……ええっ!?」

 緑色のジャージを着た剣司が、当夜を指差して叫ぶ。至極仰天している彼を見て、当夜は緊張感が抜けて笑ってしまった。

「なんでは俺の台詞だって。なんでお前ここにいるんだよー、避難は?」

 あははっと腹に手を当てて笑うと、剣司は「笑いごとじゃねーよ!」と目を吊り上げる。

「おまえ、本当に当夜なんだよな」

 髪どうしたんだと言われ、当夜はこれ? と自分の伸びた白髪を後ろ手に握った。

「これは俺にも分かんない。すぐ元に戻るよ」

「戻るって言われてもな」

 そう言った剣司はこめかみに手を当てて、当夜だけでなく周囲にも目を走らせ――しゃがみこむ。

「これも! あれも!」と勢いよく腕を動かして差す。

「どっちも俺の近くにもつれ合って落ちてきたから死ぬかと思ったんだぞ!」

 このロボットなんなんだよと言う剣司になんて返そうかと考えようとする前に、引っかかった言葉があり首を傾げる。”あれ”って? と疑問を感じて体を動かして辺りを見渡す。

 すると、すぐ近くに、カグラヴィーダと同じように土や木々にまみれた紫紺が目に入ってきた。

「あれって……豪の」

 紺に金のラインが入った機体は昨日見たばかりだ。だが、よく見ると豪の鉄神――タカクラ――はカグラヴィーダと似た形状をしている。

「豪!!」

 じっくり見ている場合ではないと当夜は駆け出した。よじ登っていき、コックピットのハッチを開けて中に上半身を突っ込む。

「豪、大丈夫!?」

 叫ぶが返事はなく、中も暗くてよく見えない。下まで戻って剣司にスマホを貸してほしいと訴えると、「俺、携帯ライト持ってるぞ」と鍵のついたライトをポケットから出して渡してくれた。

 それをズボンの尻ポケットに突っ込んで再び口を開けたハッチまで戻る。ライトで照らし見ると、豪は気を失っているのか操縦席の奥側にひっくり返ったままだった。

 鉄神の操縦席はいずれも操縦席の後ろに人が一人立てる程の広さがある。

 中に飛び込んだ当夜はぐったりと弛緩している豪の体をおぶって機体の外に出た。足を滑らさないように慎重にタカクラの上から下りていく。

「おい、ソイツどうしたんだよッ?」

 下で手を伸ばしてくる剣司に受け渡すと、三度戻ろうとする。

「どこ行くんだよ!」

「脳震盪起こしてるかも。寝かせといて!」

 剣司の困惑に満ち溢れた声に叫び返した当夜は、タカクラのコックピットに入る。カグラヴィーダよりも空間が広く、操縦席はバイクのような形状をしていた。

 跨り、ハンドルを握った当夜は機械類を触って状態を確認する。どうやらタカクラの方はまだ操縦が可能らしい。

 外部モニターで外の二人を巻き込まないかどうか視認してから上体を起こさせる。

 ロープを下ろして地上に降りた当夜は首を左右に動かす。まずはカグラヴィーダの近くに剣司のジャージを枕に寝かされている豪を発見した。

 様子を見に近寄ると、顔は青白いものの呼吸に問題はなく、怪我も見当たらない。だが、妹と同世代の少年を庇いきれなかった事実に胸が痛んだ。

 けれど、それ以上に当夜の胸を締め付け、張り裂けそうな苦痛を感じさせるのは声を失い、倒れ伏した愛機だ。

 時間をかければ修復するのは頭では理解をしている。だが、最愛のパートナーともいえる愛機を一瞬でも失うのは当夜にとって身を引き裂かれる想いだった。

「……あれっ、剣司どこだ」

 豪と一緒にいるはずの友人の姿が見えないことに気が付いた当夜がおーいと呼びかけの声を出すと、くぐもった声が近くから返ってくる。

「剣司、どこだ!?」

「ここだよ、ここ!」

 まさかアクガミに見つかって食べられてしまったのではと青ざめていると、剣司は意外な所から意外な物を持って現れた。

「なんでカグラヴィーダの下に入ってんの?」

 横倒しになっているカグラヴィーダと地面の隙間から、工具を手に出てきた剣司はなんでって……と瞬きをする。

「これ直せそうなら直そうかなって。お前、これが動かないと困るんじゃないの」

 なんでもないように出てきた言葉に当夜は目を輝かせ、剣司の元に走っていく。頬を油で黒く汚した剣司の肩を掴み、「直せんの!?」と問うと、彼はこちらを安心させるように笑いかけてきた。

「こんくらいならな。俺の親父がこういうの得意で、色々教わってんだよ」

「マジで? うわ、すっげえ嬉しい……っ」

 そう言う当夜の目から大粒の涙が零れ落ち、剣司は体を震わせて辺りを見渡した。

 小さな頃から剣道の試合で挑み続けてきた相手の涙。負け仕合でも拝めなかったそれは剣司の肝を冷やし――心を燃やした。

「絶対直してやる。だから安心しろ!」

 細い肩を掴み返してきて力強く宣言される。当夜は目尻に残った涙を指で払い落とし、うんっと笑った。

 剣司はそれを見ると、カグラヴィーダと地面の間に体を滑りこませていく。

「剣司、直ったら一番最後に連絡取ってるとこに連絡して!」

「へ……お前はどうすんの?」

「俺は俺のできることをするよ!」

 快活な笑みを浮かべ、当夜はタカクラに向かって駆け出した。

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