優しい夕暮れ
「分館と本館、どちらに行くんだ?」
「うーん……本館の方が蔵書数が多いから、本館かな」
「分かった」
駅のターミナルと繋がっている分館と違い、本館は駅から十分ほど歩いた所にある。二人は坂道にある駅前の商店街を上りながら、花澄へはなにを持っていったらいいのかを話す。
「本は決まってるんだ。この前こんなのが読みたいって言ってたから。けど、土産がなあ……」
「食べ物は受け付けるのか?」
「……全然。もう、あんまり食べないよ。だから食い物以外がいいかと思っててさ」
あー、やっぱわっかんねえ! とわざと明るく笑う当夜に、徹は苦笑を浮かべる。
「花はこの前持っていったんだ」
「ぬいぐるみはどうだ?」
「これ以上置いたら母さんに怒られる」
「パズルとか、暇つぶしができる物は?」
「ちょっと前なら良かったんだけど、今はなあ」
自分がうつむきがちに歩いていることに気づいた当夜は、顔を上げた。そうすることで見えるようになった店舗の一つに、あっと声を上げる。
「CD! CDとかいいかも。耳はまだ大丈夫だからさ!」
笑顔になる当夜に、徹は無言で頷いた。ちょっと見ていいか? と言う当夜に、徹が勿論だと言って二人は中へ入っていく。
店内では、当夜が朝口ずさんでいた曲がかかっていた。明るい照明のきいた店内を、頭を動かして見る。
「当夜、この曲はどうだ? 人気なんだろう?」
「え? あ、そうだな。いいかも!」
上を指差しながら言うと当夜はにっこりと笑って、この歌手のCDはどこだろ? と呟きながら探した。
「あったあった!」
思い思いのポーズをとる五人の女の子のパッケージのCDが、J-POPの棚の一番上に顔を見せていくつも並べてあった。当夜はそれを目を輝かせながら、手に取る。
「じゃ、レジ行ってくるなっ」
「ああ」
当夜たちがいる所から真っ直ぐ行った所にあるレジに行き、プレゼント用の包装を頼んでいる当夜を見てから、徹はCDに目を戻した。一番上の棚で眩しい程の笑顔をこちらに向けている、栗色の髪を二つに結っている少女と目が合う。真ん中にいる彼女とじっと見つめ合い、曲の歌詞を思い出しそうになった徹は目を閉じて首を振った。
暗く沈んでいきそうな自分の思考と振り払うために当夜の元へと向かう。
「あ、ごめん。包装してもらってる」
「見れば分かる。それに、僕は構わないから気を遣わなくていい」
「うん、ありがとう」
ピンク色の袋に赤いリボンのシールを貼りつけてから、店員が明るくお待たせしました! と言いながら当夜に差し出した。
「ありがとうございます」
当夜がそれを笑顔で受け取り、鞄の中に入れながら店の外へと出ていく。
「喜んでくれるといいな」
「うん。……そうだなっ!」
袋をしまい終えた当夜は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、図書館に行こうか」
「うんっ! 徹もなにか借りるのか?」
「ああ」
まだ赤く染まる気配も見えない空の下、二人は図書館へ向けて歩いていく。
図書館に着いた二人は、まずは返却カウンターに行く。並んでいる人たちの後ろにつき、鞄から借りていた本を取り出した。
「返却お願いします」
「はい」
司書に本を渡して、返却の手続きをしてもらう。
「返却用の棚にお願いします」
「ありがとうございます」
手続きが済んだ本を受け取って、フロアの真ん中に用意されている返却用の移動式本棚の下段に入れた。
少ししてから徹もやって来て、「しばらく別行動にするか?」と訊ねてきた。
「うん。花澄に頼まれてたのとか見てくる。十五分後でいいか?」
「ああ」
「んじゃ、後で」
手を振って徹と別れた当夜は、二階にある児童室まで行き、階段横にある大きな壁付け型の本棚の前に立つ。その中から一冊少女向けのハードカバーの小説を取り出した。
それを手にしたまま絵本コーナーへ行き、子ども用に背丈が低く作られている棚の前にしゃがむ。
(どれがいいだろ)
絵本の表紙を見比べていた当夜は、雪景色の中女の子が描かれている絵の本を取った。
二冊の本を見た当夜はにっこりと笑ってから、一階に下りていって今度は自分が読む本を探しに行く。
日本の古典作品が置かれている本棚まで行き、どれにしようかと背表紙に書かれているタイトルを見る。徹が読んでいたのを見て、自分も読みたくなってきたのだ。
数冊抜き取ってから、自動貸し出し機まで進み、案内に従って図書カードを置き、本のバーコードを通していく。二冊まで通したところで隣に徹がやってきて、貸し出し処理をする。
二人共が本を入れ終ったところで鞄を持ち上げ、ゲートをくぐり抜けてホールへ出た。
「病院まではバスを使うか?」
「うん。えっと、次はいつだっけな」
当夜はスクールバッグにつけている定期入れから時刻表を取り出して開く。
「五時丁度!」
「後三分じゃないか」
ヤバッ! と顔を見合わせた当夜と徹は走り出した。バス停は五十メートル先にある交差点を渡った所にある。先を走っていた当夜があっと叫んだ。
「徹っ! もう来てる!」
「ああ!」
徹も走る速度を上げ、二人はバスの中へと乗り込む。夕方だが、市内とは逆の方向に向かうからか車内には人の姿がまばらだった。
二人は後ろから二番目の席に腰をかけ、ふうと息をつく。
「間に合ったな」
「ああ」
笑い合った二人は、窓に顔を向ける。
「日が長くなってきたなー」
「そうだな」
淡い水色が白く吐息のように薄れている下に、橙と朱色が混じりあっている空。ふわりと優しく開けている夕暮れ前の空に、当夜は微笑みかける。
「綺麗だ」
徹は頷き、当夜の顔から空に目を移した。