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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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普通だからこわくない

 拍手が鳴りやんでから着席すると、敬哉が「それでは」と言葉を紡ぎ出す。


「それでは、これから少しの間だけ、お互いを知る為の交流の時間としましょうか。そちらからなにか質問はありますか?」


 そう提案された瞬間、習が「はいはいはいっ!!」と元気よく手を挙げた。敬哉が面食らった後で目を和らげて微笑んで「ではどうぞ」と促す。


「ずっと気になってたんスけど、この戦艦ってどうやって動かすんスか!? 他の人は入れないって聞いてマジヤベエ一人じゃんって思って」


「え? ……ああ、全て僕の指示通りに動いてくれますよ。何度も言わせないで頂けますか。イワナガは僕の機体です」


 誇らしげに艦内を見渡すこの子どもは、純粋に鉄神という存在を愛しているのだろうか。

 鉄神を恨み、忌み嫌い、強制される戦いから逃れようとする贄が大半で、当夜のように親しみや愛おしさを抱く者など徹は見たことがなかった。


「一度ご覧になられた方が早いかもしれませんね。ついて来てください」


 皆を伴って最上段に行き、東京支部の面々にとって新鮮な存在として映った少年は、艦長用の座席に腰を下ろす。肘掛けに手を置くと、目を閉じる。


「イワナガ、僕です。敬哉です」


「おっはよ~、イワナガ!」


 息を整えてから敬哉が手を挙げ、豪が両手を広げて呼びかける。すると、灰色にくすんでいた艦内が突然色めき立った。


「今まで寝ていたのか」と当夜が感嘆すると、敬哉は首を縦に振る。


「イワナガは僕の指示に従ってくれます。けど、僕には知識が足りません。複数の処理を同時に行いきるには、まだ……」


 敬哉が手を膝の上に下ろして、握り締める。

 元の灰色に戻ったイワナガは、まるで彼の心と共鳴をしているようだった。


「僕は早く大人になりたい」


「俺も俺も。もっと光司こうじ兄ちゃんみたく、でぇっかくなって、タカクラを100パーセントの力で動かしてやりたいんだ!」


 な~っと歯を見せて笑いかける豪に、「そうですね」と敬哉は眉尻を下げる。その様子は大変微笑ましくはあるのだが、それ以上に恐ろしいと徹は表情を曇らせた。


「君たちは鉄神が恐ろしくはないのか」


 生贄として命を食い潰されてしまうにはあまりにも幼い。それなのに、どうしてかこの二人の言動には怯えも悲しみも見いだせない。

 まるっきりカグラヴィーダに対する当夜の態度と同じで、どうにも気味が悪く感じられてしまう。


「え。兄ちゃん、コイツらがこえーの?」


 なんでだよと豪が徹を責めるような目を向けてきたので、徹は敬哉の正面に回った。


「鉄神は僕たちの命を貪り食って生きているんだぞ。まさか、君たちは自分の大切なものを失うということさえ、教えてもらっていないのか」


「意味が分かりません。彼らは僕たちに力を貸してくれているんですよ。それに対する報酬を用意するのは当然の行いでしょう」


 徹の眉頭がピクリと動く。苛立ちを込めて睨んだ徹に対し、敬哉は無垢な目で見つめ返してくる。当夜が「徹」と咎めるように呼び、首を振る。


「アホォ、お前の普通を一方的に他人に押し付けて分かるわけないやろが」


 そう言った涯が手を上下に振る。徹が尚も言い繋ごうとしたところ、「やかましねん!」と一喝した。


「テメエの意見をガキに押し付けんな。コイツらはコイツらで考えとんのや」


 豪がフンと胸を張り、敬哉も涯を誇らしげに見て「そうですね」と淡々と言って胸の前で手を組む。


「とにかく、こっちは厄介な奴に目ぇつけられとんねん。殺らな殺られんのはこっちなんじゃ。よそ者がその場のノリでガタガタ適当なこと言うてくれんな」


「確かに、こちらは戦況が悪化しているという話は聞いた。けれど、だからといって」


「あーあー、そんなんなあ、何回もコイツらと話し合ったっちゅーねん」


 端正な顔を思い切り歪め、耳の穴に小指を突っ込んだ涯は「自分なあ」と低い声を出した。


「そのダルい話まだする気ぃならさっさと出ていけや。俺らも大阪に帰らせてもらうわ。言うとくけどコイツらのお守頼まれとんのは俺やぞ。俺が帰る言うたらマッジで帰ったるからな」


 全部俺の判断じゃと言う涯に、徹はそんな! と立ち上がりかける。


「それは話が違うだろう。こちらは本部を通して要請をしたんだぞ!」


「交渉したん、お前か? ちゃうやろ、雅臣さんやろが」


 お前かしこなんかアホなんかどっちやねん、と手の平を上向けて涯が嗤うと、徹は口を引き結んで拳を強く握り締める。


「勘違いをしないで頂きたいんですが。僕も豪も子ども扱いされていますよ。涯さんを見ていれば分かるでしょう」


 ちゃんと守られていますよと敬哉が言うと、豪が「そうだぜ」と強い同意を示す。


「俺らも戦うけど。んでも、涯とか光治兄ちゃんとか、ちこ姉ちゃんみたいにはできないんだよ。皆、俺らを守って戦ってくれるんだ。俺らが大人になんのを待っててくれてんだよ!」


 馬鹿にすんなよと叫んだ豪は、近くに置いてあった炭酸飲料のペットボトルを鷲掴み、徹に向かって投げた。

 徹が悲鳴を上げて腕を前に出したが、豪の隣に座っていた当夜が手を伸ばして掴み取る。そもそも、小学生の腕力では届かず床に落ちていただろう。


 当夜は豪に視線を送ってから、無言でそれを習にぽんと投げた。


「うわっ」と驚きの声を出しつつも受け取った習は、上に放り投げる。それを何度も繰り返しながら、口を開く。


「えーっと……その。ごめん、なにも知らないくせに余計なこと言っちまうんスけど。徹もだけど、俺も覚悟決めらんないッスね」


 鉄神のことこえーって思ってるッスと本音をさらけ出した習に、豪は目を尖らせる。


「俺は、やっぱ大切なものなくすってなんなんだよって思っちまうし、死にたくねえッスよ」


「んなこと言ってる場合かよ!」


 誰かが戦わなきゃ死ぬんだよと言う豪に、習は「でも子どもッスから」とペットボトルを黒馬に渡す。黒馬は豪を見ながら蓋を開け、三口程しか残っていない中身を飲み干した。


「…………イワナガも、タカクラも怖くねえよ」


 頭を抱えた豪が絞り出すように言い、「いい奴らだ」とうわ言のように呟く。その背中を当夜が慰めるように叩いた。


「いつかは慣れるだろ、コイツらも」


 なんでもないように投げかけた当夜の言葉に、固まった空気がさらに冷え込んでいく。視線が集まっても尚、当夜は笑みの一つさえ見せない。


「でなきゃ終わりだろ。アクガミに食べられるか、鉄神にありがとうって言えるか。この違い、俺にはすごく大事だって思えるんだけどな」


 言い放っておいて興味を失くしたのか、当夜は自分の爪を見てから「ま、切羽詰まったら殺せるようになるよ。あんなの人じゃないんだから」とため息をついた。


 徹は目を閉じ、習は俯いた。

 相容れぬ者から視線を外して、彼らは見えない隔たりに押し潰されそうになりながらも、この揺らぐ世界の片隅に生きていくしかない。


 その滑稽さを目の当たりにした当夜は、ソファーの背に頭をのせる。強く瞼を閉じると、目の端から気持ちが零れ落ちそうになってしまう。


「……カグラヴィーダに会いたいな」


「では、おやすみを言いに行きましょうか?」


 小さな呟きを聞き取った敬哉がそう言うと、当夜はのけ反らせていた頭を戻し、「いいの?」と彼を見た。


「はい。パイロットが鉄神に会いに行くのを、阻む理由がありませんからね」


 立ち上がり当夜を促した敬哉が先導する。

 当夜が礼を言いながらついていくのを見た徹が制止を促したので、「いいじゃんか、うっせえなあ」と豪が唇を突き出した。


「嫌なら出てってええぞ」


 ここ鉄神の中やからなと涯に親指で出口を指し示される。呻き声を出した徹は「外で待っている!」と言い放ち、敬哉の横を通って歩いていく。


「あ……えっと、ごめん。俺も!」


 習も「おやすみっ」と低姿勢で手を合わせ、徹の背中を追う。黒馬は当夜と彼らを見比べ――敬哉に対して頭を下げる。


 ふぅん、そっちを取るんだ。一人だけ置いていかれた当夜は、「異端者は俺みたいだな」と自嘲した。


「あ~~……世界は広いんやで。」


「まっ、気にすんな!」


 肩に置かれた涯の手、背中を叩く豪の手。

 気遣いは嬉しいが項垂れた首を元に戻せそうもない。奥歯を噛みしめ、拳を堅く握る当夜の侘しさは埋まりそうにもなかった。


 唯一自分を選んでくれた、当夜だけの神に会うまでは。

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