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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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大阪支部のパイロット

「では、まずは僕から」


 小学生とは思えない落ち着きぶりを見せる敬哉が立ち上がり、胸に手を当てる。


「僕はこの戦艦『イワナガ』の艦長に選ばれた、赤木敬哉です。父は大阪支部で司令官をしています。皆さんの鉄神もこの艦の中にありますし、今回の安全な旅を送ることができるよう精いっぱい努めさせて頂きますので、よろしくお願いいたします」


 言い終わった敬哉が頭を下げると、涯以外は拍手を送る。本当に大人びた子だなと当夜は感心して見た。


「では、次は涯さん。お願いしますね」


 先までキッチリ揃えた手を向けられた涯は、「俺か」と頭を掻く。敬哉とは違って立ち上がらず、「あ――……」と間延びした声を出してから話し始めた。


「まあ、雅臣さんから聞いとるやろうけど。俺が大阪支部のエーススナイパー仲上 涯様や。野郎はそんな好きとちゃうから、ほどほどによろしゅう頼んます」


 顎を上向けた高慢な笑みを口元に浮かべる涯に、当夜たちはそれぞれ頭を下げる。


「おい、ちっさいの。お前が当夜やろ」


 しかし、彼から名前を出された当夜は「えっ!?」と体を跳ねさせた。


「どおも、噂はかねがね。凄腕新人パイロットの腕前、見せてもらえると嬉しいわ」


「こっちこそ。俺、アンタの話を聞いてから遠距離武装の扱い方を教えてほしいって思ってたんだよね」


 よろしく、と当夜は体を伸ばして手を差し出したが、涯は見下ろすだけだ。ジーンズのポケットに突っ込んだままの手を出そうとしない。

 先程の黒馬への態度はてっきり彼が苦労の性的思考やその趣味を知っていて、自分がその範疇外だとしても嫌悪感を抱いているからだと思っていた。


「男と握手する趣味なんか俺にはあらへんぞ。はよ引っ込めえて」


 しかし、どうやら違うということに当夜はようやく気が付いた。宣言通り、男とはほどほどの付き合いにすると決めているようだ。

 当夜が手を引っ込めると、「ほな次は豪な」と涯は親指で豪を指差す。


「俺は、呉服豪だ! くれはの漢字は、呉服屋の呉服な。覚えやすくてええやろっ」


 靴を脱いでソファーの上で立ち上がった豪は、握った拳を腰の両側に当てて胸を張る。


「俺が大阪支部の最強で、最高の、無敵なエースパイロットやから、お前ら全員覚えて帰れよ!」


「これは豪が勝手に言っているだけなので、本気にしないでくださいね」


 自慢していいからな! と目を閉じて荒い鼻息を出している豪を横目に、膝の上に手を置いている敬哉が冷静に否定をする。


「なんっやねん、それぇ!」と豪ががくんと体を傾けたので、涯がそれに破顔して嗤い、膝を叩く。


「うちのホンマのエースはな、茨田まったちこっちゅーな、こーんなちっこい女やねん」


 涯が指を二センチ程の大きさに広げて言うと、徹が背筋を伸ばして前のめりになった。


「マッタ? ……もしや、鉄腕のアーノヂーカのパイロットか? ずっとイバラダと読んでいたんだが……あれでマッタと読むのか」


「ああ、茨田も呉服も大阪の地名と同じなんです。どちらも難読漢字ですし、別のところに住んでいる方だと、初見では読むのが難しいでしょうね。次回なにかに名前を載せる時があれば、読み仮名も付けた方がいいと父に進言しておきます」


「そ、そうか……それで、本当に茨田ちこはアーノヂーカのパイロットなのか?」


 顎に指を当てて思案していた徹が顔を上げ、涯の目を真っ直ぐに見つめて発言をした。


「なんや? お前、あんなんに興味あるんか」


「興味という程ではないが……雅臣さんから聞いたことがあるんだ。衝撃吸収性能を持つ、重量級の鉄神を操る人がいると」


 女性とは知らなかったがと困惑する徹の後に、「へーっ、女の子がエースなんスか!」と続けた習がいいな~と体をくねくねと捩じる。

 その煩悩だらけの顔を見て、組んだ手で頭を支えている涯がフンッと鼻から息を出した。


「アホォ、女やからって舐めんな。アイツはなあ、デカい鉄神にクソ重たい武器持たせて、アクガミに特攻かけるイカれ女なんじゃ!」


「えーっ! ちこねーちゃん、めっちゃカッケーじゃん。アクガミを直で殴っても体当たりしても壊れねーしさあ」


 つえーよという豪の素直な感想を聞いた習はテーブルに手をつけ、「それすっげーッスね!?」と両拳を握る。だが、涯は冷ややかな目で見て「誰にでもできることやないぞ」と言い放つ。


「そこの青いのが言うとったやろ、アイツの機体は衝撃を吸収するて。せやのに周りにシールド張っとるから体当たりされた方が割れるんじゃ。あのかったい体のアクガミがやぞ!?」


「彼女の戦い方は一見、力任せのごり押し戦法に見えますからね。ただ、実際は緻密な技術を必要とする芸当なので、僕からもお勧めしませんよ」


 はあと黒馬もため息を吐きながら手の平を返す。小さくても女性では性癖の対象にならないのかと当夜は辟易した。


「あんなん勧められてもだ~れもやらんやろ。品性の欠片もあらへんわ」


「その品性の欠片もない人がお好きなくせに。よく言いますね」


 小学生並ですねと敬哉に言われ、涯は「はああ!?」と叫びながら立ち上がる。


「なんっで俺があんな色気のないちんちくりんを!? お前、どこにそんな証拠があるねん、出してみい!」


「涯さんは女好きなのに、ちこさんにだけ態度が違いますから。ある種、特別扱いをしているということに当たりますよね」


「ちゃちゃちゃちゃうわボケエッ!! あんなん特別扱いなんかしとらん!」


 アホなこと言いさらすなと顔を真っ赤にしている涯に、当夜はあ――……と心中で呟いた。

 敬哉の指摘通り、涯はその女性を好いているのだろう。それも、恋愛という形で。それは誰の目にも明らかだった。


「あーもう、アイツの話は止めや止め! けったくそ悪い」


 拗ねたように腕を組んでそっぽを向いた涯の姿は、年上なのにどこか微笑ましい。気取ったところがあると思えば乱雑で子どもっぽいところもある、非常に人間らしい青年で、当夜は好ましいと感じた。


「じゃあ、さっき名前も出たし俺から自己紹介してもいいかな」


 手を挙げて発言をすると、徹と習は肯定をする。涯もチラリと横目で見て頷いた。


「東京支部から来た、渋木当夜です。俺の鉄神の名前はカグラヴィーダ。近接と中距離攻撃が得意だ。俺は……」


 ごくりと唾を飲みこんだ後、拳を握る。


「俺は、アクガミの撲滅を目指している。よろしく」


 一息に言い切って、座った。否定されるようなことを言われたくなくて「じゃあ次は徹な!」と正面の徹に両手を向ける。


「僕は……その、徹……」


 だが、当の徹は名乗ってすぐに押し黙ってしまう。


「徹、どうしたんだ?」


 当夜に声を掛けられてようやく顔を上げる。真剣な眼差しを、涯も敬哉も受け止めた。


「僕は、暁美徹だ。これだけで、自己紹介には十分足り得るだろうか」


「はっ? あ、あぁ~暁美て。自分、そうなんか。……まあ、せやな。逆に分かりやすいわ」


「……そうでしたか。すみません、言い出し辛かったですよね」


「いいや、構わない。気にしないでほしいんだ」


 暗く沈んだ顔になってしまった敬哉の腕を引っ張り、豪は「なんだよ」と訊ねた。だが、敬哉はそっとその手を外し、静かに首を振る。


「豪、あなたも僕たちと同じ立場です。いずれ、必ず知らされます」


「え、なに。この兄ちゃんたち、そんなスゲー奴なの?」


「うそっ、そうなのか!?」


 習が慌てふためいて当夜と徹を交互に見るが、どちらも苦笑いでしか応えられない。当夜はなんのことか見当もつかない。


「てか、アンタあれやんな。ちこが拾ってきた……?」


 生きとって良かったわと涯に笑いかけられ、習は戸惑いの目を向ける。


「初めて鉄神に乗った時、落っこちたやろ」と言われ、習はしゃんと姿勢を正した。だが、後頭部に手を当てて「覚えてないんスよ、俺……」と言うと、涯は「そらせやろな。死にかけとったもんな自分」と椅子に背を預ける。


「誰かに助けられたってのは、岩草先輩から聞いたッス」


「アイツが空中で受け止めへんかったら即死やったらしいから、いつか会ったら礼だけ言うとけや」


 あ~……と躊躇った上で涯がそう言い、習は満面の笑みで「はい!!」と返す。


「もしかして父が言っていた変型機体のパイロットですか?」


「あっ……多分。そうだよな?」


 習が徹に訊くと、彼は「変型するのは習のトマドイだけだな」と首を頷かせた。


 機体名を聞いた大阪支部の面々が「トマドイ?」「戸惑うなや」と小声で話すのを聞いた習は、恥ずかしそうに俯く。


「そのまんますぎっていうか、難しすぎてまだ一度も動かせたことないッスから……」と呟く。


「あ、でも分かるぜ。変型って難しいやんな!」


 そう豪が片手を挙げて同意したが、涯がちゃうちゃうと手を振る。


「豪、コイツが言うてんのお前とはちゃう理由や」


「えっ、そうなん?」


 涯は「多分な」と応えてから手を伸ばして、豪の頭を指の腹でつつく。


「お前は身長足らんくて形態変えたら足届かんくなるだけやろ」


「え、うん。チャリみたいに調節でけへんもん」


「でもな、コイツが難しい言うてんのは操縦すること自体やねん」


 親指で差され、実力不足だと言われた習は顔を真っ赤にし、唇を噛み締める。だが、頭を激しく横に振り、両手で膝を掴むと、「そうなんス!」と笑った。


「俺、本当に全然ダメダメな奴なんスよ! けどっ、精一杯頑張るから!!」


 怒涛の如く言い切ってから立ち上り、深く頭を下げた。手を体の横につけ、まっすぐに背を伸ばしてお辞儀をする。それを見た涯はほおーっと口をすぼませた。


「超新人、土槻習ッス! 先輩ら、よろしく頼んます!!」


 涯以外は圧倒されたようにぽかんと口を開けて習を見ていたが、我に返って大きな拍手で彼の想いを受け入れる。その様子は傍から見ても温かいと感じた。大阪が人情の町というのは本当だろうか。


「アンタええなあ、おもろいわ」


 涯は手を軽く叩きながら、笑みを向ける。習はどうもどうも、と後頭部に手を当てながら何度も頭を下げた。

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