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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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口の悪い二枚目

 ぞろぞろ連なって入っていくと、まずは夜空の黒と森の緑のグラデーションが目についた。


 途端に開けた視界には、三面を覆う大きなガラス窓が映り込んできた。その前にはコントロールパネルがはめ込まれているデスクがズラリと並んでいるのが見下ろせる。


 三段構造になっており、当夜たちは最上段に立っていた。ここには艦長用なのか一際ドッシリとした大きな椅子が置かれている。

 全体的に曇りがかった色彩で統一されており、他の段には何人かの乗組員が座ることができる椅子があった。


「ようやく来たんか。遅いでー自分ら。待ちくたびれてもうたやんけ」


 下から声が掛り、当夜たちは体を震わせる。艶めかしくもどこか緊張感のない声は、先程黒馬に応えた人物のものだろう。


「他の人は下にいます。行きましょう」


 敬哉は下に繋がる階段を手で指し示し、当夜たちを伴って歩き出した。


 外側に緩やかな曲線を描く階段を下りていくと、半円形状の広間に辿り着く。最下段はもっと広いようだが、合間にあるこの空間はそこそこの広さしかない。

 休憩室として使っているのか機械の類はなく、三人掛けのハイバックソファーが二つと黒い長テーブルだけしか置かれていない。


「遠いとこからお疲れさんさ~ん」


 ソファーに長い足を組んで座り、こちらに手を振ってきたのは、涼やかな目元に鼻筋の通った青年だった。引き締まった顎に整えられた眉で、洗い上がったような肌に落ちる影がなんとも色っぽい。


 金の髪を肩の辺りまで伸ばしており、一見軟派な風にも捉えられるが、顔の作りがなんとも上品でどの角度から見ても美しい男だ。


「うーわー、すっごいッスよ。腹立つくらいのイケメンッス」


 習が思わず「敵ッス、敵」と囁いてくる言葉に、当夜も意識しない内に頷いてしまう。

 幼馴染である徹も相当な美形であるはずなのだが、彼を見るとまだまだ未熟であり、男としての魅力は格段に上のように感じられてしまった。


「なんやねん自分、素直なやっちゃなあ!」


 端正な顔が一気に笑み崩れ、当夜たちはぎょっと目を見開く。顔と言動がちぐはぐで、印象がころころと変わる男は腰を上げ、テーブルに手をつく。


「ほれ起きんかい、豪。豪て! 自分、起きいて!」


 反対側のソファーを横向けに使って眠っているのは、黒髪の少年だ。大きな声を出して呼びかけ、少年の肩を強く揺らすが、一向に起きる気配がない。


「アカンわー、コイツかんっぺきに寝てもうとる」


 はーっと長い溜息を吐き出した彼は諦めたようにソファーに背を預けてしまう。


 当夜はひじ掛けを枕替わりにして眠りこける少年を観察する。

 まだ八時過ぎだがこの子は十二歳だというし、普段寝ている時間に近いのかもしれない。敬哉もそのように言っていたし、もっと早く来るべきだったなと眉を寄せる。


「ああ、豪くんは相変わらず可愛いですね」


 が、その間に黒馬が割り込んできて、ぎょっと目を大きく見開いて一歩引く。

 豪がベッド代わりにしているソファーの傍らに片膝を立てて座った黒馬は、至近距離から見つめている。


「変態め」


 徹の低い罵りが空気を重く沈めさせた。けれど、誰もが納得できる程に今の黒馬は危ない人にしか見えない。


「おーい豪、起きんと知らんで。ホンマに知らんぞー」


 どないなってもええんかお前、と口の横に手を添えた男が呼びかけると、豪は手足をもぞもぞと動かして覚醒の兆しを見せた。「ふがっ」という、いびきとも鼻息とも取れない音が口から出る。


「なんやねん、涯……うっさいって」


 瞼を擦りながら「眠いのに」と言う豪の目が開く。

 しかし、目いっぱいに黒馬が入り込み、彼は声の限りに叫んだ。寝起きに変質者が自分を見つめていることに泡を食った少年は手足をばたつかせる。


 黒馬から逃げるためか、勢いよく上半身を振って起き上った豪の額と黒馬の顎が思い切りぶつかった。黒馬は顎を抑えて背を丸めるが、豪は衝撃のあまりソファーから落ちて痛みに悶える。


「豪、大丈夫ですか!?」


 額を手で押さえて転がる豪は目を涙でいっぱいにしていた。敬哉が駆け寄って背に手を当てる。


「ななななんやねんっ、また来たんかオッサン!」


「そう寂しいことを言わないでください。お兄さんの胸に飛び込んできてもいいんですよ」


「誰がいくか、このドアホーッ!!」


 黒馬に向かって指を差しながら喚くが、黒馬は粘っこい笑みを浮かべたままだ。


「黒馬先生、業を騒がせないでください。興奮して眠れなくなるでしょう」


 豪の前に片膝を立てて座った敬哉が腕を横に伸ばし、彼を庇う。


「子どもをビビらせんの止めろよ」


 当夜が黒馬の背後から歩み寄り、腰に腕を回す。手を握って固定して持ち上げると、敬哉が目を丸くし、豪は大きく口を開けて「すげえ……」と感心する。


「どこ持ってく?」


「涯さん……金髪の人の隣にお願いします」


 頬杖をついて退屈そうな目で手に持った本を読んでいた涯の隣に置くと、彼は避けるようにソファーから立ち上がってしまう。隅の方にいくつか置かれていたキャスター付きの椅子を二つ引っ張ってくると、そこに腰を落ち着かせた。


「ありがとうございます」


 その間に豪と敬哉はソファーに座り直し、乱れた髪や服を手直ししていた。


「コイツがごめん」


 当夜が笑いかけるも豪は腕を胸の前で交差させており、まだ警戒している。当夜が「俺もそっち座っていい?」と訊ねると、少し安心したように顔の強張りが解け、大きく首を頷かせた。


 徹が黒馬を真ん中まで押してから当夜の正面に座り、習がその反対側に回る。全員が落ち着いたのを見てから、涯と呼ばれた青年は「もうええかー」と言った。


「多少のアクシデントは許しましょう。黒馬先生、次はないですよ。本当に、ないですからね。イワナガも怒っていますよ」


 敬哉は脅すように、言い含めるように黒馬を見据えてから「まずは互いを知るために自己紹介をしましょうか」と手の平を上に向けて横に流す。


「もしかしたら協力し合うことになるかもしれませんしね」


 そう言って微笑む敬哉の案に、一同は頷いた。

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