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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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森に解ける灰

 冬の空のように重ったるい灰色がそこにあった。

 森の緑に隠されるように、ひっそりと佇んでいる灰と薄緑の武骨な戦艦が。


 口を丸く開けて見上げている当夜たちから離れた黒馬は、地に下ろされている舷梯に取り付けられている受話器を手に取った。


「アマテラス機関、東京支部の黒馬昴です。入艦許可を」


「舷梯下ろしとるやろうが。どおぞ勝手にお入りください~」


 黒馬の言葉を遮るように応えたのは、実に気だるげな声だった。当夜が徹に視線を送ると、彼も視線を寄越してくる。誰? と訊きたくて首を横に傾けると、徹はぐっと唇を横に引き伸ばした。


 徹がなにを考えたのか察せて、しかもすぐに答えが貰えなかった当夜が徹の肩峰を軽く力を入れて叩く。怒られていると理解した徹は、即座に両手を小さく挙げて降参を示した。


「大阪支部の人全員と面識はないんだ。だから、あの人だと特定はできない。スタッフかもしれないだろう」


「……あ、それもそっか」


 その可能性があることをすっかり忘れていた当夜はなるほど、と掌に拳を打ち付けた。


「いいえ、スタッフではありませんよ。イワナガは気性の難しい鉄神でしてね。許しを請わないと贄以外の人間を立ち入らせることはしませんよ」


「えっ、じゃあ黒馬先生だけ入れないんじゃ」


 どうすんのと顔を覗きこんでくる習に呆れたような目を向け、「だから今回は許可を頂いたんです」と言ってため息を吐いた。


「先程の声は恐らく、仲上さんですね」


「えーっと、えっと。そうだ、エーススナイパーの人ッスよね!」


 ヤッベエー興奮してきた!! と両拳を握り、腰を落とす習に、当夜はうんうんと頷く。


「年下もいますからね、年長者として節度ある行動をお願いしますね」


 そう釘を刺された当夜たちは目配せをした後、「はーい」と大口を開け、わざと子どもっぽい口調で返事をした。

 舷梯を上がっていく。ふと上を見ると、艦内に続く扉の前に少年が立っているのが見えた。


「イワナガへようこそ。東京支部の皆さん」


 細いフレームで楕円形の眼鏡を掛けた利発そうなこの子どもが、この鉄神に選ばれた赤木 敬哉少年だろう。


「お出迎えありがとうございます、敬哉くん」


「イワナガは僕の機体ですから。主人が客人をもてなすのは当然でしょう」


 はためく制服の色は、白。それに、徹は片眉を顰める。


 アマテラス機関にとっての”白”とは責任者を表す色だ。本来パイロットに与えられる物ではない。

 だが――彼が艦長という立場であるというのならば、それを与えられるのは当然かもしれない。


「さあ、中へどうぞ。僕や豪はもうすぐ寝る時間なので、そんなに長い時間を掛けられませんがよろしいでしょうか」


「ええ、構いませんよ」


 十二歳と聞いていたが、実年齢以上の落ち着きがある。これまでの立ち振る舞いや話し方から聡明さが伺える。


 敬哉の後ろをついて狭い廊下を歩いていくと、壁に子どもが描いた落書きに気が付いた。


「これって……」


 あまりにもお粗末な画力なので、まさか絵画や紋章ではないだろうし、戦艦に似つかわしくない絵に疑問を呈さずにいられなかった徹が口を開く。

 呟きに気が付いた敬哉が徹の方に体を向け、どうされましたと見上げる。


「この絵は一体なんですか?」


「え? ああ……これは豪――うちの者が落書きしたら他の人も悪乗りしてしまって。お見苦しくてすみません」


「楽しそうでいいっすね!」


 不良校に通っている習にとっては河原や壁の落書き程度に見えるのか、随分と短絡的な感想が出たなと徹は顔を歪めた。

 キャンパスにしているのは鉄神であって、ただの壁や紙ではない。それを理解してないとは、なんということだと懸念が浮かぶ。


「こんなに描いちゃってイワナガは怒らないのか? 俺のカグラヴィーダならめっちゃくちゃ怒りそうなんだけど」


 イワナガは優しいな! とピカピカの笑顔を向けた当夜に、敬哉は不意を突かれたように瞬きをする。


「当夜、鉄神を人扱いするんじゃない」


 そう徹が諫めようとしたが、敬哉は落書きに手を当てて撫でてから「あなたもそうなんですね」と微笑んだ。


 それに徹が「は?」と声を出すと、敬哉は息を吹きだすと「噂の通りで」と口の端に嘲りを滲ませる。徹がコイツはなにを言っているんだと言いたげな、不審な者を見る目を向けると、その視線を外すように背を向けた。


「大丈夫ですよ、あなたが言うようにイワナガは優しいですから。これくらいでは怒りません」


 当夜は返事を聞いて、「そっか!」と大きく頷くと敬哉に駆け寄っていく。体の後ろで手を握り、にこにこと笑いながらついてくる年上の少年に敬哉は口だけの笑みを贈る。


「ここが艦橋です」


 そうこうしている内に目的地に着いたらしく、敬哉が鋼鉄製の扉の前で立ち止まった。敬哉がハンドルを捻り、扉を押し開く。

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