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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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感受する青い夏

 プシュ―と音を立ててシャトルバスのドアが開いていく。引率の教師に続いて飛び出た男子高校生たちは「うおーっ!!」と雄叫びを上げた。


「すっげ――――!! めっちゃくちゃ綺麗じゃん!?」


「キャンプじゃなくてグランピングだし、こんなもんじゃない?」


「球技大会で優勝したクラスだけこっちなんだもんな。最高~」


「向こうの施設めっちゃ古そうだったからな~、ラッキー」


 元気いっぱいの生徒に教師は「お前ら騒ぐなよ」と注意を促し、施設のスタッフは苦笑いになる。


「その代わり、飯は自炊だけどな」


 比較的落ち着いている生徒が後から下りてきて、チッチッチと舌を鳴らしながら指を振った。だが、興奮冷めやらない者たちは眼光を鋭くしたまま、バスの方に体ごと振り返る。


「そんなことは先刻承知」


「だが、俺達には強力な味方がいるんだな~そう、渋木様が!」


「渋木と同じクラスでマジ良かった~!」


 ありがとー!! と両手を挙げて天に向かって叫ぶ。

 車内でずっと寝ていた当夜は徹に手を引かれる形で出てきて、目を擦る。荷物室に預けていたボストンバックを徹から受け取ってから、当夜は「無理なんだけど……」と欠伸をした。


「え~、そんなの俺だけ大変じゃん。自分の班のしか作んないから、皆も自分で頑張れよ……な~徹、あれ聞いてると思う?」


 教師から注意を受けても騒ぐのを止めないクラスメイトを見た徹は、俳優のように肩を竦める。


「浮かれすぎだ」


「まーまー、いいじゃんか! ぶれいこーってやつだよ」


 普段と違う所って浮かれちゃうじゃんと言いながら、赤木がへらりと締まりのない顔で笑う。

 頭の後ろで手を組む友人は、快活で人当たりがいい。諭された徹は仕方がないなと息を吐き出す。


 当夜は隣に並んできた徹を見上げる。

 薄水色の髪が風に揺れる様が涼し気で、それを見ただけで波打つ心が静けさをあっという間に取り戻していくのを感じた。


「先生から鍵を貰ってきたぞ。俺たちも早く自分のサイトに行こう」


 鍵の輪っかに指を入れ、チャリチャリと音を立てて回しながら来る加護の方へと歩いていく。


「鍵ありがとう。いないなと思ったら、取ってきてくれたんだな」


「まる、ありがとう! 助かるぜー」


 眩しいくらいの笑顔を向けてくる当夜と赤木に囲まれた加護はキュッと口を押し上げ、些か照れたのか目線を外した。


「お前たち、行くぞ。僕たちだけしか残っていないぞ」


 どこか面白くない徹だけが仏頂面で、加護には近寄らずに、その場に立っている。それに加護は生暖かい笑みを浮かべた。


「はいはい、王様の仰せの通りにいたしましょうね」


 行こうと加護に肩を手で包んで引き寄せられた当夜は「わっ」と小さく声を上げる。


「ビックリしたー」と胸に手を当て眉を下げて笑う当夜と、それを至近距離から微笑ましく見つめる加護。それを徹は眉間に力を入れて睨んでいたが、我慢ができなくなったのか二人の方に歩いていく。


「俺たちはどこで寝泊まりするんだ」


 教えろと言って、当夜と加護の間に割り込んできた徹に加護は笑みを深め、当夜は目を丸くした。


「あっ、俺も知りたい! なんか、いっぱい種類あるんだろ?」


 このグランピング施設には、ベッド付きのオーソドックスなテント、ベッドは付いていないが天井が開けられるようになっている二室繋がりのテント、バンガロー、キャンピングカーの四種類が用意されている。


 どこに泊まるのかは先生が適当に決まると事前に言われていた。


 当夜たちは木で作られた門を通り抜けるとすぐ左側にある事務所に近寄っていき、その前に立てかけてある施設内マップに目を凝らす。


「俺たちはBの八番だ」


「ってことは、えーっと……あそこだな」


 加護が鍵に書かれている番号を読み上げると、徹が地図の中から探し出して指を差す。


「やった! スッゲエ近いじゃん!」


 門の右側にある炊事場の隣だ。かなり行き来のしやすい場所であることを考えると、教員が特別な計らいをしてくれたのだろう。

 徹に促された三人は揃って歩いていくが、今日の宿が実際目に見えてくると目をキラキラと輝かせ、おおっと歓喜の声を上げた。


「キャンピングカーだ!」


「うわカッケエ!!」


 当夜が大きな声を出して指を差すと、赤木がわーっと掛け寄っていく。それに当夜が「えっ」と小さく呟き、加護と徹は「おい!」と制止の声を上げる。

 目と鼻の先程の距離だった為に程なくして追いつく。


「お前ね、鍵も持ってないのに先に行くんじゃないよ」


 馬鹿かと加護はキャンピングカーの周囲を見渡していた赤木の頭を小突いた。怒られた赤木は舌を出して「悪い!」と言うが、嬉しさが顔いっぱいに溢れていた。


「俺キャンピングカー初めてでさ。なーんかこう、やっぱお嫁さんと子どもを連れて来たくなるよな」


 白く、ころりと角の丸いキャンピングカーはどことなく可愛くも見える。でれでれと締まりっけのない顔をしている赤木は女性ウケもいいということばかり考えているのだろう。


「アメリカじゃあるまいし、二本で持ってる人ってそんなにいないんじゃない?」


「せめて彼女ができてから言うんだな」


「そっ、それより中がどうなってるから見よう!」


 当夜がなっと言いながら腕を抓むと、徹は「いっ」と小さく悲鳴を上げてから当夜を見下ろした。こらっという意思を混めて睨んだが、何故か徹は唇の端をきゅっと押し上げる。


 それに対しての疑問が形になる前に徹は口を手で隠し、加護の方に逃げていってしまったので、当夜は首を傾げさせた。


「当夜、開いたぞ」


「中入ろうぜ~」


 すでに靴を脱いでキャンピングカーの中に上がっている赤木に誘われると、「はーい!」と叫んで寄っていく。狭い間口に男が四人も連なっているのは息苦しかったので、先に入った者からどんどん奥に進んでいく。


「ヤッベエ、秘密基地みたいじゃん!」


「へえ、冷蔵庫もテレビもついてるんだな」


「奥のはダブルベッドか?」


 思い思いのことを呟きながら見ていく。

 体の大きい男子に囲まれて働きづらさを感じた当夜だけが、早々に根を上げて備え付けのソファーに鞄を下ろして座った。


 二段ベッドの下段内に置かれていた梯子を手に取った赤木は、留め金を引っ掻ける。よっと言いながら軽々上がっていき、狭いベッドスペースの中に体を縮こませて入り込む。


「なあなあっ、ここ使っていい!?」


 頭だけ出して叫ぶと、ソファーで鞄の中を漁っていた当夜が「うわっ」と仰天する。


「うるさいよお前、静かにしろ」


「好きにすればいい。暴れるな」


 加護と徹に注意されると、赤木は「はーい」とすごすご頭を引っ込めた。加護はまったくと腰に手を当てると、奥に視線をやって口に悪い笑みを浮かべる。


「じゃあ、当夜は俺とダブルベッドで寝るか?」


 あらかじめ教員から渡されていたペットボトルのお茶を冷蔵庫に入れていた当夜は、名前を呼ばれて振り返った。きょとんと目を丸くして、ベッドに腰かける加護を見つめる。


 悪戯っ子のような笑みを浮かべている加護の真意が測り切れない。そもそも男同士なので当夜は別にどうでもいいけどと口を開こうとする。


 だが、皆の荷物を窓際に併設されている共有収納棚に収めようとしていた徹が動揺のあまり、手を離した。徹も加護の方に顔を向けていたので、横っ面に赤木のボストンバッグが命中した。


「徹っ、大丈夫か!?」


「お前ねー、顔と頭だけが取り柄なのに、なぁにやってんの」


 顔を手で押さえてしゃがみこんだ徹に慌てて駆け寄った当夜を腕で制止させる。反対側から寄ってきた加護の胸倉を引っ掴んで、低く囁く。


「加護。お前、なにを」


 金の目を怒らせて睨み見てくる徹に、加護はふっと体の力を緩める。


「冗談だから本気にするんじゃないよ。お前から当夜を奪ったりしないって」


 両手を挙げて降参を示したが、徹はまだ納得ができないようで手に力を入れたまま解かない。


 その様子を後ろから見ていた当夜はふうと息を吐き、腕を組んだ。


 徹を羽交い締めにして引き離すことも、殴って諍いを止めることも当夜の腕力を持ってすれば可能だ。だが、それでは徹の気持ちは収まってくれない。

 後々恨み言を連ねられても困るので、当夜は彼の肩をちょんちょんと指で突いた。


「取り込み中だ、後にしろ!」


 鋭い口調でそう叫ばれ、ピキリと自分の肩眉と口の端が動くのを感じたが、んんっと咳ばらいをして誤魔化す。


「俺、徹と寝たいな~駄目?」


 頭の中でうわキッモ無理! ていうか、なんでいっつも俺から? という気持ちでいっぱいだったが、それをおくびに出さず精一杯可愛く微笑んでみせる。


「…………あ、ああ! 無論、一緒に寝てやる」


 徹は一瞬だけ目を輝かせて満面の笑みを浮かべたが、我に返って腕を組んでそっぽを向いた。本当は抱き付きそうなくらい嬉しいくせに虚勢を張り続ける恋人に、当夜は仕方がないなと笑った。

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