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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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急流直下

 黄昏満ちる空に、紅蓮の炎が今走る。


 少年は赤き瞳に闘志を抱き、眼前の敵を見据える。

 機体を急上昇させ、手に持った長刀で貫いた――と同時に、人の上半身と飛行機の尾翼を持った機体が落ちていくのが横目に見えた。


「習、またやってんの!?」


 機体を傾けて正視すると操縦不能に陥った味方機が確かにあり、見間違えではなかったことを当夜は悟る。


「うわあああああっ、だ、誰か助けてくれえ~~~~っ」


 コックピット内に悲鳴が響き渡り、当夜は目を閉じて手を額に打ち付けた。


「あー……もうっ、すぐ行くから待ってろよ!」


 仕方ないなあッと叫んで、機体を急降下させながらも敵を切りつけていく。

 その感覚はどうしようもなく当夜の胸を熱くさせ、知らず知らずの内に口には笑みが浮かんでいた。


「笑ってないで、早く~~~~っ」


 間抜けな習の悲鳴に、他のパイロットが苦笑いする微かな息遣いや、徹の叱責が耳に届いてくる。


「もう追いつくって!」


 日常を忘れてしまえる程の刺激が腹に心地良い。振動に揺られて頭が馬鹿になりそうだ。生きている充足感に当夜は声を立てて笑った。


 ***** ***** *****


「マジいつもヤベーって思うんッスけど、今日過去最一ヤバかったッスよ――……やっぱ俺ってダメダメッス」


「いや、お前はよくやっていたぞ!!」


「先輩……っ」


 エレベーターを降りたところで大声を上げて泣きだした習に対し、岩草が「お前は誇っていい!」と力強く抱きしめる。大柄な男二人の行動に、徹は眉を顰めながらも「大丈夫か」と訊ねた。


「大丈夫ッス。うおおおおッ、皆優しくて俺、っもうヤベエェ」


 ヤバイしか言ってないなコイツはと独りごちていると、習が突如部屋の隅を目指して駆け出した。滑りながら座った習の頭が壁にぶつかる。


「うわっ、なにやってんの? ビビったぁ」


「いつものことだ。放っておいてやれ」


 遅れてエレベーターから出てきた当夜が、習の行動を見咎めて体を震わせる。徹は些か顔を引き攣らせながらも「大丈夫か」と声を掛けて背に手を当てた。


 当夜は横目で見て苦笑いをし「習っていつも大変そう」と言って、首に掛けたタオルで汗を拭う。

 我関せずといった様子でそのままロッカーの方に足を向ける当夜に、岩草が「おい!!」と叫んだ。


「お前はどうしてそう冷たいんだ! 後輩は大事にしろ――!! 皆の、先輩の宝だぞ!?」


「俺が優しくして、それでソイツの操縦技術が上がんの? 死にたくないならちゃんと練習すればいいだけじゃんか」


「そうじゃないだろう、渋木!」


「心だ、心。心が熱く燃えるんだ! 分からないのか!?」と胸を叩いて仁王立ちをする岩草の顔は、火を噴きそうな程に真っ赤だ。下から眺めた当夜は、「アンタも。なにやってたんだよ」と言い放つ。


「なにって……」


「アクガミを何体殺した? 俺が習を回収してた時、ぼーっと下で待ってたよな。なんで俺と習の分までアクガミを殺すって考えなかったの?」


 なんの為に鉄神に乗ってんの、と冷ややかに言い放った当夜が腹に拳を当てると、岩草は唇を震わせた。


「アクガミを殺したら、大事なものが削られて。最後は命も取られるんだよな」


 当夜が手を伸ばして岩草の首元を掴んで引っ張る。


「お前、怖いだけなんだろ」


 下から睨んでも返事がないと分かると、当夜は息を小さく吐き出して岩草の胸を押す。


「ズッ…………しっ、じぬしか、ないんスか。俺ら」


 鼻を啜る音がして、当夜はさらに大きくため息を吐いた。岩草の服を掴んだ手を離し、ロッカーに向かって歩いていく。


「まだ試合にも出てないッス、それどころかレギュラーにもなってないッス。俺なんか、なんもいいとこないのに、なんで選ばれたんスか」


 頭を抱える習の背中を擦った徹は「大丈夫だ」と慰めの言葉を掛ける。


「僕も付き合う。そんなに悲観しなくていい」


 声を和らげると、習は再度涙ぐんだ。徹が伸ばした手を握って頭を振ると、床に水滴が飛び散る。


「パイロットになったら、皆が皆、いきなり鉄神に乗れるわけじゃない! 苦手な奴だっているんだ!」


 二つ隣のロッカーのドアを開けた岩草がそう言う。だが、当夜にとっては「なら努力したらいいだけじゃん」だとしか思えない。


「機械の操作や寿命の問題だけじゃない、鉄と土の塊を壊すことに意味を感じない奴だっているんだ。……なんて、お前みたいなおかしい奴に言っても分からんか」


 いつも一人で楽しそうだしなと鼻で笑う岩草に、徹が怒鳴り声を出す。


(殺すのが楽しくて笑ってんじゃないんだけど)


 と言おうとして口を開いた当夜は、けれど小さく開けた口を閉じる。


「ごめんねー、事後処理が残ってて。……どうしたの? また喧嘩?」


 のん気な声が開いた入口から聞こえてきて、次いで丸眼鏡を掛けた男が足を踏み入れてくる。驚き、当夜たちも声の方に体を向けた。


「岩草くん疲れたでしょー。四葉さんもう帰るらしいし、海前さんが車出すって言ってるよ」


 戦闘中には司令室にいなかった雅臣の姿に岩草はいたのかと驚き、「でも習が」と断ろうとした。


「習くんたちには話があるから、ごめんね~」


 しかし、年長者の不安を切り上げるため、ハイハイ皆早く着替えちゃってねと手を叩く雅臣に、岩草は「はい……」と俯く。


 それを横目に見ていた当夜は、後ろのチャックを下ろそうとして、だが下を見て「変な服……」と呟いた。


 神装――それがこの服の通称だ。

 鉄神に乗るパイロットに与えられるスーツ。

 首から腰までは体に沿うデザインの布地に覆われているが、下はほとんど海パンだ。海パンの上に袴を纏う。貰った時は変態が作った服だと思った。


 鉄神に乗ってから、大きく開いた背中と袴の隙間は鉄神に噛みつかれる為にわざと開けてあること、手首に針とチューブを通す穴がついていて輸血ができるようになっていることに気が付いた。


 しかし、機能性はいいが、単純に見た目が悪い。


「じゃあ……俺、先に帰ります。習、いつでも相談に乗るからな」


 早々に着替え終わった岩草が沈んだ様子で帰っていく。その後ろ姿に、習が頭を下げて「お疲れ様です!」と見送る。

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