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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
一章/炎の巨神、現る
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暗い路でもあなたとなら

「あー、つっかれたあー!」


 ぐっと背伸びをした当夜の高等部を後ろの席の赤木が指でつつく。なあなあ、という声掛けもあって振り向くと、


「今日なんか用事ある?」


 と期待に胸を膨らませたような顔で訊ねてきた。


「うん、今日はちょっと」


 顔の横に手を上げて言うと、赤木はマジかーと言いながら後頭部に手を当てて椅子の背にもたれる。


「明日なら空いてると思うけど、どうしたんだ?」


「えー、練習に付き合ってもらおうと思ってさー」


「バスケ部、今週試合だっけ?」


「そーそー。試合来てくれね?」


 鞄に教科書やノートを詰め込み、机の横にかけた。


「いいよ」


「やった!」


「……赤木ぃ、なんか企んでね?」


「弁当弁当! その日母さんが旅行でさあー」


「あー、そういうことな」


 騒がしく伝えてくる赤城に当夜は苦笑しつつ、頭の中でオーダーのメモを取る。


「後、ハチミツレモン!」


「え? それってマネージャーとか作ってきてくれるんじゃねーの?」


「ウチはマネいねーんだよ!」


 わっと机に顔を伏せて泣くマネをする赤木に、当夜は慌てた。


「つかマネいても、どーせ男だし!」


「おい。俺も男なんだけど」


 当夜の通う美里ヶ原高校は県内屈指の名門校と言われている男子校だ。


「お前はいいよ。飯美味いし」


「そればっかだな」


 呆れた様子で言う当夜に、赤木はごめんごめんっ! と謝る。


「でもよろしく頼むよー。俺さあ、可愛い彼女に弁当とハチミツレモンを持って試合観に来てもらうのが夢なんだよー」


「俺で予行練習しようってか?」


「そーそー。あー、早く可愛い彼女が欲しー!」


「なんだよ。フラれたばっかのくせに」


「そ……っ、それを言うなよー!!」


 頭に手を当てて天を仰いで叫んだ赤木の尻を、加護が蹴った。


「うるさいよ、さっさと机下げろ」


「まる痛ェよー」


「はーやーく」


「わーかったよ!」


 立ち上がった赤木は椅子を机の上にのせ、机の両端をつかんで持ち上げて下がっていく。当夜もごめん! と言ってから、机を下げた。


「赤木、もういいか?」


「え、あーうん」


「当夜、そろそろ帰るぞ」


 すでに鞄を持っている徹に呼ばれた当夜は大きく返事をして、スクールバッグを手に取る。


「うん! じゃあな、赤木!」


「おー、また明日な!」


「うん!」


 赤木に手を振ってから箸って出入口にいる徹の所まで走っていく。


「ごめん、待たせた」


「いや、いい。早く帰ろう」



 頷き、すでに開け放たれているドアから出ていく。つるつるとした表面をしている廊下を歩いて行き、階段を下りた。


「今日はどこか寄るのか?」


「うん。図書館と病院行こうと思って」


「そうか。……花澄かすみは元気なのか?」


「最近は元気だよー。たまに話せる」


 とんとんと軽い足音を立てて先を歩く当夜のつむじを見て、徹はそっと目を閉じて微笑んだ。


「そうか、それは良かった」


 徹の雰囲気が和らいだことに気付いた当夜もまた微笑みを浮かべる。


「なら、今日は俺も一緒に行ってもいいか?」


「うんっ! 花澄喜ぶよ!」


 当夜は踊り場に下り立ち、振り返った。徹と目が合うと、にっこり目を閉じて笑う。


「だといいな」


「うん」


「さ、早く図書館に行こう。花澄に頼まれた本もあるんだろう?」


 徹はそう言いながら階段を下りて行き、当夜の背を叩いた。当夜は頷いて歩き始める。


「そういえば、当夜」


「んー?」


 地下にある下足室まで着いた二人は、階段を下りてすぐ、扉を開けた横に設置されている自分たちの下足箱まで寄る。


「お前、先週の土曜日に陸上部の試合に出ただろう?」


「へ? うん」


 出席番号順で並んでいるため、二列離れた所で二人は話す。ドアもなにもないシンプルな下足箱から当夜は赤と黒のスニーカーを取り出して下の板へと落とした。


「陸上部の奴がお礼を言いに来た」


「えっ、いつ?」


「さっき、赤木と話している時にだ。お前、呼んでもこなかったから代わりに言っておいてくれと言われたぞ」


「マジかー。ごめん、徹!」


 徹も下駄箱から学校指定の茶色のローファーを取り出して板の上へと置く。それから、しゃがんで靴を履いている当夜の頭を撫でた。


「僕はいい。謝るのなら陸上部の奴に言え」


「うん、わかった」


 首を縦に振った当夜は立ち上がり、トントンと爪先を蹴って調整する。


「この時間帯は電車も少ないな」


「うん! 朝は大変だったろ? ありがとな」


「いや、あれくらいなんともない」


「っていつも言うけどさ、疲れるには疲れるだろ? 今日マッサージするよ!」


 と言って指をわきわきと開いたり閉じたりする当夜を見て、徹はふっと笑った。


「なら任せよう」


「うん!」


 肘の裏に手を当て、ぐっと手を握って笑う。


 ***** ***** *****


 二人が門を出たところで、徹が指差した。


「当夜、今日はこの道から帰ろう」


 狭い路地を差された当夜はえっ? と徹の顔を見る。学校と隣の変電所の間にあるその路地は駅への近道と言われていたが、あまりにも暗いために不審者が出ると噂されているために誰も通る生徒はいなかった。


「大丈夫だ、僕がいる」


「うええ……おばけ出そう」


 眉を寄せて歯を噛み合わせる当夜に徹はそっちか、と肩を落とす。


「それ以外になにが出るんだよー。怖いって!」


「なら手を繋ごう」


「えっ」


 すっと手を差し出された当夜は、微笑を浮かべている徹の顔を見てから目を伏せて頷いた。


「別に手じゃなくてもいいんだけどな」


 そう言いながら徹の手の上に、己のそれを重ねる。薄く染まった当夜の頬を見た徹は、ふっと息を吐いて笑った。


「じゃあ行こうか」


「うん」


 学校の壁沿いに植えられた木々の影で埋められた灰色の空間に二人は進んでいく。当夜は普段通らない道をもの珍しそうにきょろきょろと首を回して見た。


「けどさあ、徹。なんで今日はこっち通んの?」


「向こうの道は朝あんな感じだったからな。こっちの方がいいと思ったんだ」


「ああ。まだいんのかなあ?」


 変電所の周りをぐるりと回ることになる向こうのルートだと、今朝人垣ができていた所をまた通ることになる。


「さあ。どちらにしろ通らない方がいい」


「うーん、俺は別に気にしないけどなあ」


「興奮している人がいるから怪我をするかもしれないし、インタビューを受けることになったら面倒だからな」


「それは確かに……そうかもな」


 徹の手をぎゅっと強く握りしめて歩いていた当夜が前を指さした。


「出口っぽいな!」


 つられて見た徹は、ああと言う。当夜が指差す方向から光が入ってきていた。


「ここは一本道だし、通行できるんだから出口はあるんだぞ?」


「そーだけどさー。こんだけ暗い所だとなんか一生出られねえって気ィしてこない?」


「いや、僕は特に思わないな」


「ちぇっ。なんだよ、怖いのは俺だけか?」


「まあ、そうだな」


 明るい所に出た二人は、目を細くさせて急な光に慣れようとする。


「まぶしーっ!」


 もう無理だと感じた徹は名残惜しみながらも手を離した。当夜はぐっと手を上へ伸ばしつつも、通ってきた道を振り返る。


「ほんっと、暗かったな!」


「ああ」


「誰もここ通んないのマジで分かった」


 そう言いながら、駅の繋がる道を歩いていく。駅へは後五十メートルくらい歩けばいいだけなので、先程の道を遣えば一直線に歩くだけでいいことになるのだ。


「でも、一人じゃ通りたくないけど楽だな」


「ああ」


「もしかしてさ、一人で歩いたことあんの?」


「時々な。どうしても早く帰りたい時は通るな」


「ふーん。けど、不審者出るって話だからあんま一人で通んない方がいいんじゃねえの?」


「数回だけだ。僕だってあんなに暗い所はそうそう通りたいとは思わない」


「ならいいんだけどさ」


 話している内に駅に着き、当夜はチェーンに取りつけた定期入れから、徹は鞄の外ポケットから定期を取り出して改札を通る。二つある後口の内、改札から近い方に行くために階段を上っていく。


「お、後二分くらいで来るって!」


「丁度だな」


 赤木と話していたが、近道を遣ったためまだ生徒は少ない。きっと座ることだろう。


「もう少し前へ行くか?」


「だな」


 風に吹かれて遊ばれる髪を手で押さえた徹を横目で見ながら当夜は二号車の停車位置まで歩いていった。


 そのうちにアナウンスが流れ、強い風と共にチョコレート色の電車が入ってくる。大きな口の中に二人は入り込み、緑色の座席に二人並んで腰かけた。徹に膝にのせた鞄から本を取り出して開き、当夜は徹の肩に頭を預けてそれを覗き見た。


「古事記?」


「ああ」


「外文学が好きじゃなかったっけ?」


「ああ。だが、これは……ちょっと。別なんだ」


 ふうん、と呟いて当夜は目を閉じる。なんとなく、徹が触れてほしくないと感じているような気がしたのだ。


 ガタンゴトンと二人が住んでいる市内にある駅まで連れて行く電車の音と、徹が本のページをめくる音、微かに聞こえる話し声を子守唄にしながら当夜は眠る。


「当夜、起きろ。着いたぞ」


 だが、すぐに徹に揺り起こされた。


「なに、もう着いたのか?」


「ああ。下りよう」


 寝ぼけ眼のまま、膝の上に置いていたスクールバッグを肩にかけて、徹に腕を引かれるままに下りる。階段を下っていき、駅の改札も抜けた。

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