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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
三章/夏歌えど、冬踊らず

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失っても、失うとしても/2

「待たせたわね」


「外まで声が聞こえていたよ。随分と楽しそうだね」


 はは、と軽やかに笑う四葉を――徹は見れなかった。つい顔を右斜め下に動かしてしまったその動きは不自然だったが、四葉も鏡子も咎めない。


「時間が勿体ないね。訓練を始めようか、鏡子ちゃん」


「ええ、始めましょう――と、言いたいところだけど。もう一人紹介する人がいるの」


 入ってきて、と境子が言うと、扉を開けて入室してくる。四葉は柔らかく微笑み、徹は腕を組んで息を零した。


「彼は岩草(いわくさ)真角(ますみ)くん。四葉とほぼ同時期に入ったパイロットよ」


 短く刈った髪は灰色がかった薄緑、冴え冴えとした空を思わせるような明るい青の垂れ目を細めて笑う。

 徹よりも数センチ程高いだろうか、体格に優れた男は低い鼻の頭を擦る。


「その通りだ。親しみを持って、先輩と呼んでくれ!!」


 快活な調子で出された大きな声に、徹は変わっていないなと目を閉じた。すぐ傍から出された、それよりも大きな習の先輩ッ!! という声に眉間の皺を深める。


「うわ~……すごい、暑苦しい」


 でっかいなーと、徹の後ろから顔を覗かせておずおずと見やる当夜を見つけた岩草は、おおっと大声を出した。それに肩を跳ねさせる当夜の元に両手を広げて近寄ってきた岩草の顔の前に、徹が手を突き出す。


「…………なんだ?」


「近寄るな」


 当夜を潰す気かと睨み付けた徹に、岩草は呵々とばかり笑う。だが、にゅっと手を伸ばして当夜の脇の下を掴んで、高々と持ち上げた。


「わっ、うわ……っ!」


 なんだと目を白黒とさせる当夜を幼子のように掲げて回す岩草は、「軽い軽いっ、食べているのか!?」と今度は肩車をした。


「わ、わ――……ちょっと怖いな」


 岩草の頭に手を触れそうになり、しかし徹のとは違うごわついた感触にひっこめる。どうしたらいいのか、手をさ迷わせ、へにゃりと眉を下げた。


「岩草、離せ!」


「なんで徹はいつまでも俺を呼び捨てにするんだ? 始のことは先輩と言っていたじゃないか」


「俺にあなたを尊敬させる気がないからだろう」


 始先輩とは雲泥の差だと深くため息を吐いた徹に、岩草は目を丸くして「そうかあ?」と首を傾げる。その頭にぽすんと軽く手が置かれた。


「へへ、肩車なんて初めてだ」


 短時間で慣れたのか、内腿に力をこめてバランスを取った当夜が辺りを見渡す。


「父さんにしてもらったら、こんな感じだったのかな。あ、でも父さんの頭もじゃもじゃしてるから……違うか」


 岩草の頭に両腕を置いて、顎をのせた当夜の赤い目が徹を捕らえる。


「へえ。徹を見下ろせるの、おもしろいな」


「おおっ、面白いか! なら俺を先輩と呼んでくれ!」


「俺よりアクガミを殺せる人ならな」


 ここってそういう為の場所だろと言う当夜に、岩草が口を引き結ぶ。なんだ、コイツは。そうまざまざと書かれた顔に、徹はふっと息を吹きだした。


「楽しい子たちだろう? 岩草」


 徹の間近から低く、柔らかな声が聞こえる。

 四葉のものであるそれに、徹が当夜から目を離して振り返ると、斜め後ろに来た四葉はふふと軽やかに笑う。手が伸びて、徹の頭を撫でた。


「岩草、僕は君の帰りをずっと待っていた」


 穏やかな若木のように、四葉が半身を捻って岩草と正面から向き合う。


「……この子たちを、君に頼みたい。守って、育ててくれ。僕の同期である君にしか頼むことができないからね、お願いだよ」


 その言葉に、岩草の――無骨な見た目をした男の目から大粒の涙がぼろりと零れ出た。

 岩草はこちらに寄ってきて、四葉を胸に掻き抱く。


「一緒に戦うために、俺は帰ってきた!! ”後輩”は、俺が絶対に守る!! 勿論、お前もだ!」


「ああ、嬉しいね」


 こんなに綺麗で、優しくて。きっと、誰よりも幸せな花嫁になって、素敵なお母さんになって子どもを育てられるはずの人なのに。


(死なないでと、もう止めようって泣いて縋れるのは楽だ。だが、四葉さんも他の人も困る……)


 皆、笑っている。不気味に、滑稽に、薄ら寒い使命のために感情など無駄なものは置いてきたとでもいうように、微笑ましい仲間の再会を演じている。


『皆で、日向の狭間へ行く』


 一人だけ離れた、遠い所であなたはなにを思っている。口だけで笑って、乾いた音を立てて手を叩くあなたは。

 この人は僕たちの味方ではないのだ。それを思うと、ますます涙が溢れてたまらなかった。


(僕たちは、皆死ぬんだ)

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