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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
二章/少年よ、明日に向かって走れ!!

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待ちわびた船は行き

「黒馬、あなたなにをしたの……!」


 休憩室に飛び込んできた鏡子を見た黒馬は、ふっと眉をしかめた。なにもしていないと言う前に、鏡子が両手でテーブルを強く叩く。テーブルの上にのっている白いカップが音を立て、中に入っている紅茶が揺れる。


「由川、そんなに醜い顔をするものではないですよ」


「あなたが私にこうさせているのよ。それは理解できてるの?」


 黒馬は唇に笑みをのせると、いいえと首を横に振った。組んだ足の上に手をのせ、肩を怒らせている鏡子を真っ直ぐに見つめ返す。


「私はなにもさせていませんよ。あなたが勝手にしているのでしょう」


 自分が悪いとは欠片も思っていない黒馬の様子に、鏡子は小さく息を吐いた。椅子の背を引いて座り直すと、額に手を当ててもう一度大きく気持ちを捨てるように吐きだす。


「相変わらず、どっちも私の手の内には収まってくれないのね」


 預けた背もたれからずるずると落ちていく自分の身を下半身で支えながらも、鏡子は黒馬を睨んだ。黒馬は左肩を小さく上下させると、そうですねと呟く。


「あなたは私と雅臣にお手玉のようにポンポン跳ね上げられていればいいんです」


 鏡子は口をわずかに尖らせ、肘掛に頬杖をついてそういうわけにもいかないわよ、と言った。


「だって、私はあなたたちの上司ですもの」


 床に沈み込んでしまってもおかしくないくらいの責任の重さが、鏡子の肩にはのっているのだ。

 それを揉みほぐして軽くさせてくれるのは雅臣であり、黒馬であり、パイロットたちであり、部下である。


 黒馬は目を瞬かせて鏡子を見ると、相好を崩して微笑む。

 自分たちの好き勝手な行動が鏡子に詰まれていく始末書を増やしていることは知っているが、止める気はさらさらなかった。


「……ところで、アレはどこにいるんです。いつも喧しくて仕方がないお馬鹿の声が聞こえてこないなど、珍しいですね」


 カップを手に辺りを見渡してみるが、休憩室の周りは静かだ。夕方近くなので来る者がいない。


「あ……その」


 鏡子が椅子に手をかけて姿勢を正そうとした時、足がテーブルの脚を蹴り飛ばした。

 大きく揺れて倒れたカップが床に落ちていく。パリンと軽い音をさせて割れたカップは中身が残っておらず、床は濡れなかった。


 黒馬は割れたカップを見下ろして、そうですかと切なげに眉を寄せる。


「あの馬鹿は私の帰りも待てなかったのですね」


「……え、ええ」


 鏡子もカップの方に顔を向け、瞼を下ろした。


 頬を掻く癖、嘘を言うと目が宙をさ迷い、拗ねれば片頬を膨らませ、春のように麗かな笑顔――彼の記憶が思い出されていき、鏡子の目に涙の膜が張っていく。


「先日の大規模襲撃の際に、四葉と徹を庇って……一人で、尽きるまで戦ってくれたわ」


「なんですか、それは」


 鏡子の歪んでいる視界に、黒馬の綺麗すぎる程に整った微笑が映し出される。あの子は本当に馬鹿です、という声に頭を振ると涙が黒いスーツの上にパタパタと落ちていった。


「あなた、ちゃんと言ったの?」


「なにをですか」


 ハンカチで目を押さえて、好き、という言葉を喉の奥から捻りだす。


「好きと言ってあげたことはある?」


 腕を組んでいる黒馬がため息を零したために鏡子はまたも睨んで噛みつきそうになったが、黒馬が自嘲するような声を漏らしたので、自分の体内に押し止める。


「あの子に私は釣り合いませんよ。いくら私でも好きになった人を不幸せにする気はありませんから。それに、あまりにも年に差がありすぎます」


 ぽかんと鏡子の口が開いてふさがらなくなる。この自分勝手な男にそんな殊勝な心掛けがあったなどと、誰が思うのだろうか。鏡子は思わない。


「なあに、それは。失礼な人ね」


「どこが失礼だというのです?」


「人の気持ちも知らないで、勝手に決めつけるところ……かしらね」


 鏡子が顎をのけ反らせて言うと、黒馬はなにを言っているんですかと肩の位置まで片手を上げた。


「知る術などないでしょう。もうあの子――鈴城始は行ってしまったんですから」


 鏡子は顔をしかめ、膝の上で両手を強く強く握りしめる。


「そう、ね」


その頬を伝い、顎から落ちそうになった涙を黒馬の長い指がすくい取った時、休憩所に人が入ってきた。その人物は二人に気が付くと、口に微笑を浮かべて寄ってくる。


「鬼の目にも涙かい? 黒馬先生」


 茶化すような目をして話しかけてきた四葉に、鏡子は吹き出し、黒馬はなんですかそれはと目を擦った。


「あなたにも泣くという機能がついていたのか」


 そう言いながら四葉は近くの席の椅子を引きずり、二人が囲んでいる白く丸いテーブルの前まで持ってくる。四葉は椅子に腰かけてテーブルに膝枕をつくと、ふふっと笑い声を漏らす。


「当たり前でしょう、なにを馬鹿なことを言っているんですか」


「そうかい」


 眼鏡を押し上げる黒馬を観察した女性二人は、目を動かしてお互いの顔を見た。


「本当に、男って馬鹿で可愛いわよねえ」


「その通りだね、由川司令」

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