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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
二章/少年よ、明日に向かって走れ!!
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言葉はいらない

 当夜は徹と別れると、自分の家へと向かった。門と玄関の扉を開けて中へ入っていく。赤くなっている気がする顔を冷ましに、洗面所に足を伸ばして冷水で顔を洗った。タオルで顔についた水滴を拭い、鏡を見る。白い頬に水が伝って落ちていった。


 当夜は洗面所を出ると、二階にある自室まで上がっていく。ボディバッグに財布とハンカチと携帯を詰め込むと部屋を出て階段を下りる。家を出て門を開けると、そこには徹が立っていた。


「ごめん、待った?」


「いや、僕も今来たところだ」


「そっか、よかった」


 ほっと緊張を解いて当夜は徹の傍へと駆け寄っていく。並んだ二人は歩き出した。


「アマテラス機関の支部って近いのか?」


「電車で三駅だ。そんなに遠くない」


「あ、そうだったのか。雅臣さんの車乗った時のこと、よく覚えてないんだよなあ……」


 暗かったし、疲れていたから場所まではつかめなかった。徹と一緒に地下を通った時も喧嘩をしていて計ることができないままだったので、支部の位置は正確には分かっていない。


「あの時は暗かったからな、仕方ない」


「昨日も寝ちゃったけど、徹が連れて帰ってきてくれたのか?」


「いいや、僕じゃない」


 駅についた二人は百九十円の切符を買い、改札を通り抜ける。階段を下りてホームまで行き、到着していた電車に乗り込んだ。入った後すぐにドアが空気の抜けるような音をさせて閉まる。


 そう混んではいなかったが、満席だったために二人は入口の前に並んで立った。

 徹は上に吊り下げてある吊り手を握ったが、当夜は車体の壁についている金属製の棒を握る。


「で、昨日はどうしたんだ?」


「雅臣さんに車で送ってもらったよ」


「えっ昨日も!?」


 ああ、と言うと当夜はうわーと呟いた。


「なんか悪いな、毎回送ってもらってて」


「昨日までは装備が万全じゃなかっただけだろう」


「あーそっか、なんかあるんだっけ?」


 徹が頷いて見せると、当夜はあれ? と言った。


「どうした」


「いや、そういやさ……俺の制服って破けたはずなのに元通りになってたなって」


 一駅目に着き、下りる人はいなかったが入ってくる人のために徹が当夜の肩を抱いて座席側に寄せる。休日出勤らしきサラリーマンがふうと重いため息を吐きながら乗り込み、ドアは閉まった。


「あれは機関からの支給だ」


「えっ、いいのか!?」


「いいだろう。僕も最初は貰ったし、何人かもそうしてる」


「そうなのか?」


 ああ、と徹は微かに口の端を上げて見せる。


「そっか。けど、お礼言わないと……鏡子ちゃんも雅臣さんも時間あるかなあ?」


「さてな、僕には分からない」


 そう言うと当夜がそうだよなと眉を下げてしょげるので、徹は慌てて、「行ったら訊いてみよう」と付けたした。


 それを聞いた当夜はパッと晴れやかな笑顔になり、うんっと大きく頷く。それを見た徹は安心を得た。どんなことであろうとも、当夜を苦しめたくはない。

 二駅目に着いた。今度は一人が下りて、誰も乗らない。煙草の煙のように燻る空を車窓から見た徹から言葉が突いて出る。


「雪でも振りそうだな」


 当夜も空を見上げ、ぷっと吹きだした。


「今は春だから、降りゃしないだろ」


 ケラケラと明るく笑った当夜は、ドアに背を向けて徹と正面で向き合う。座席側の、人に見え辛い方の左手で、徹の右手を握った。


「心配?」


 指を絡めて手を繋ぎ合う。分け合う体温が心地良い。


「ああ、心配だ」


「けど、心配しなくていい。大丈夫だ」


 窓に目を剥けることなく、二人は三分間黙って駅に着くのを待った。明日になったらぼやけ、一年後には記憶していないかもしれないような、小さな会話でこの時間を埋めたくない。そう感じたからだ。


「……着いたな」


 時を惜しむようにゆっくりと手を離し、ホームへと下りる。電車を見送ることはせず、進んでいく。

 切符を改札に入れて通ると、横から駅員のありがとうございましたーという気だるそうな声がかかる。


「どっちだ?」


 当夜が左右に指を振りながら訊ねると、徹はこっちだと左側に歩き出した。


「なあ、徹がヤタドゥーエと出会ったのはいつなんだ?」


「……約三ヶ月前だ」


「高校に入る前?」


 徹は頷き、そうだと答える。桜の散った木は青々とした緑へと色合いを変えていた。


「四葉ちゃんは徹よりも前?」


「ああ。六条さんは半年程前に選ばれたらしい」


「……それより前の人はどこに行ったんだ」


 風が二人の間を走り抜け、徹は目を閉じて顔の前に腕を出す。再び目を開け、隣を歩いていたはずの当夜の方に顔を向けるが、そこにはいなかった。


「パイロットってさ、本当はもっとたくさんいたんだろ。格納庫に使い古された跡が残ってた。今、東京支部にいるパイロットは――……」


 立ち止まっていたのか、四歩程離れた所に立っている。俯きがちに考えていた当夜が顔を上げた。煌々と光を灯す赤い目に、獰猛な肉食獣が思い出される。


「七人かな」


 徹は無表情のまま目を合わせてきた当夜に言葉を失った。口の中があまりにも乾いてきたため、舌を動かす。


「……一度も来ない人と、別の支部に出向中の人も合わせると、五人だ」


「出向中の人の名前は?」


「岩草さんだが……」


 当夜はふうん、と言うと片眉をわずかに下げて苦い笑みになった。


「じゃあ、死んだんだ。始さんって人」


「なぜ……お前が、そのことを」


 当夜は口の両端を吊り上げ、細めた目で徹を見つめる。


「一番の所、ネームプレートがまだその人の名前のままだったんだ。徹の所はそのまんまだったから、他にも人がいるんだろうなって。それに十番がやけに汚れてたのも気になった。あそこ、もうすぐ死ぬ人用の所なんじゃない」


 徹は当たってると呟くと、額に右手を当てて重いため息を吐きだした。


「お前は本当に頭がいいな……」


「ごめん! 鏡子ちゃんだと多分はぐらかされるだろうなと思ってさ」


 当夜は笑いながら徹に駆け寄る。


「答えてくれてありがとな」


 そして、徹の左手を両手で握り、自分の額に押し当てて目を閉じた。


「なにがあっても、戦うから。花澄の世界のために」


「ああ。僕もお前と一緒に戦う。離れず、この目で見ている」


 徹は当夜の肩を抱き、二度叩くことで先に進むように促す。当夜は頷き、ゆっくりと歩き出した。閑静な住宅街には、人の姿がなくて静かだ。白いマンションから影が落ちている。

 ゲーム機を手にした子どもが数人見かけられる大きな公園を横切ると緑が多くなってきて、次第にマンションの数も減ってきた。代わりに浄水場などの公共施設が多く見られるようになる。


「もう少しだ」


 徹は周りを見渡しながら歩いている当夜の手を握ろうとして――


「おーい、渋木! しぶ……当夜ァ!!」


 勢いよく元の位置へと戻した。ん? と言いながら声がした後方に体ごと向けた当夜の背を名残惜しく見た後で、引いた手を握りしめながら、徹も顔だけを向ける。


「えっ、剣司じゃん! 久しぶり!」


 当夜の知り合いだったのか、嬉しそうに笑って駆け寄っていく。短い薄茶色の髪に小生意気そうな焦げ茶色の目。白いシャツにチェックの緑のネクタイ、灰色のズボン――学校の制服だろう――は、徹には見覚えがない。灰色のブレザーを持った方とは逆の手で、当夜の肩を叩いた。その気安さに徹は眉をしかめ、自然と半眼になっていく。


「久しぶり! こないだの大会以来だよなっ」


「そーだな。なに、帰り?」


「おお、俺この辺に住んでんだよ」


「へえ、そうだったのか!」


 遊びに来るか? と誘いかねん様子の剣司に、徹はひっそりため息をついた。なにかの大会に助っ人で行った時に知り合ったのだろうが、面白くない。


「当夜」


 呼びかけると二人は徹の方を向いた。腕を組んで男を冷ややかな目で見ると、たじろぐ。


「あー……えっと、あれ俺の幼馴染」


 近づいて行って当夜の横に立ち、男を見下ろす。当夜よりは高いが、徹よりも幾分か低い。


「暁美徹だ。よろしく」


 これではあまりにも態度が悪いので、お情け程度に微笑を口に浮かべると、相手はぶふっとふき出した。しかめっ面に戻り、なんだと言うと、相手は当夜の両肩に手を置いて、肩に額を押し付けている。


「噂には聞いてたけど、お前の幼馴染マジでひっでえのな……!」


 体も声も震わせる男に、当夜は苦笑していた。徹が当夜を見ると、当夜も見上げてきて、眉を吊り上げて目を怒らせる。尖った唇にキスをしたいくらいに可愛い。


「はー、笑った」


 目尻を指で拭った男は、徹の正面に立って手を差し出してきた。


帝花ていか大学付属高校の皆生かいき剣司けんじだ! よろしくなっ」


 その手をしっかり握ると、掌がゴツゴツとしている。指も節々が硬く、徹は剣司の顔を見ながら離れた。


「去年の全中剣道大会の優勝者、か?」


「んっ?」


 問うと、剣司は目を丸めて徹を見る。それから、照れ臭そうに左側頭部に手を当てて、そうだと言った。


「けど、それはコイツがいなかったからだし。いたら負けてるわ」


「なんでだよ。俺がいたって剣司が勝つだろ!」


 当夜はうそだあと口を開いて笑う。それに剣司は本当だろーと言いながら当夜の頭に拳を押し当てた。


「当夜、そろそろ行くぞ」


「あ、うん」


 徹が呼びかけると当夜はじゃあまたなと言い、剣司もまたなーと手を振る。ひっそりため息をついた徹も頭をちょこんと下げ、背を向けて歩き出した。

当夜は剣司が見えなくなると、徹の隣まで駆け足で追ってきて、上体をかがめて徹の顔を覗き込む。


「やきもちやき」


 徹が当夜の方に顔を向けると、ぺろっと舌を出して目を細められる。それに徹の顔に血が集まった。


「わ、悪かったな!」


 口に手を当てる徹を見て、当夜はははっと笑う。


「かーわいっ」


「……は?」


 ぐっと後ろで組んだ手を引っ張りながらも当夜は微笑んで徹を見つめた。


「いーよ、徹だもん」


「はあ……いいのか?」


「徹だからな」


 だからなぜだ? と徹が首を傾げていると、当夜が辺りを見渡してから徹の手を握る。徹の動きをそうして止めてから、背伸びをして頬に口を柔らかく押し当てる。


「な……」


 徹が左頬を押さえて呆然としている内に当夜が歩みを再開させたので、慌ててその小さな背中を追いかけた。


「ど、な、なぜだ」


 隣に並んで、正面に目をやりながら問うと、当夜はなんでってと笑い声を零す。


「俺ら、恋人同士なんじゃないの」


 徹は顔をさらに赤くさせ、ああと呟いた。


「で、機関ってどこだ? あれか?」


 当夜が指を差した、青いフェンスの向こうを見た徹は、違うと首を横に振る。


「あそこは浄水場だ。機関は向こうだ」


 当夜の手を握り、道を右に曲がると、白く大きな建物が見えてきた。

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