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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
二章/少年よ、明日に向かって走れ!!
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心はどこだ

 走って抱き付きに行きたかったが、徹の手にある茶碗のことを考えるとできなかった。仕方なく当夜は棚から小皿を出してテーブルに置き、しょうゆと箸入れを手に取る。


 徹が二人分の茶碗をセットすると、揃って椅子に腰かけた。

 手を合わせ、「いただきます」と言ってから食べ始める。


「当夜、食べたらどうする?」


 徹がちらりと見てきて、当夜は口に入っている物をのんびり噛んでから飲み込んだ。


「……えーっと、赤木の大会は」


「明日だ」


「だよな。んじゃあ……あ、買い物しないと。もう洗剤ってないよな」


 箸を持ったまま悩んでいると、徹が首を傾げる。


「三日前に買いに行っただろう。忘れたのか?」


「そうだっけ……?」


 当夜は小皿にとった鮭に端を差し入れて切り分けた。皮までパリパリに焼けているそれを口に入れようとして、皿に戻す。


「珍しいな」


「あ……うん、なんだろ。最近ちょっと多いんだよな」


 今日行われた授業の内容を全て正確に覚えることまでできる当夜がなにかを忘れること自体が少ない。忘れ物と忘れたいことくらいだと思っていた徹は変だな、と危機を感じた。


「当夜、食べたらアマテラス機関の支部に行こう」


「え? うん、分かった」


 そう決まればと当夜は箸を速める。徹はそんな当夜を切実に見つめていた。当夜はそれに、どうかした? と首を捻る。


「いいや、なんでもない」


 影のある徹の微笑に、当夜はなにかおかしいと感じたが、訊いていいか分からなかったため、口をつぐんでいた。歯の奥で噛んだ漬物がやけに苦く感じられてしまう。


(なんか……嫌な予感がする)


 食べ終わった二人は立ち上がり、徹は洗濯をしに行き、当夜は洗い物をする。当夜はスポンジを泡立てて食器を洗いながら、詳細の分からない不安と格闘した。


「干すのは明日でいいか?」


「えっ、あ、うん!」


 いいと思うとどこか覇気のない声で言った当夜を見下ろした徹はぐっと唇を噛み、眉を寄せる。


「大丈夫だ、当夜」


 そして当夜の肩に手をやって引き寄せると、強く抱きしめた。


「なにがあっても僕がいる」


 右手を当夜の肩に、左手を当夜の腰に回して、首に顔をうずめるようにする徹に、当夜は目を潤ませてうん、と言う。


「お前は僕が守る」


 当夜は徹の背に回し、自分も抱き付いた。深く息を吸いこむと、徹の匂いが入ってくる。いい香りだと思う。


(シャツよりも本物がいい)


 ずっとこうしていたいと当夜が思っていると、顎が持ち上げられた。なにか考え込む前に口がふさがれる。徹の口はすぐに離れていき、当夜は閉じる暇もなかった目で徹を見た。


「もう終わり?」


「いや……」


「ずっと、したかった」


 当夜が徹の胸辺りに手を這わせ、生地をつかむ。徹はずっとがどれくらいなのか分からず、首を傾げていた。


「さっき、着替えて戻ってきた時から、ずっと」


「あの時から?」


 当夜は徹の首に腕を回して、押し当てるように唇を合わせる。徹の柔らかい唇は触れ合っていると気持ちが良い。

 たっぷり時間をかけてキスをしても、気持ちは収まらなかった。もっと、もっともっと徹が欲しい、と貪欲な気持ちが奥から奥から出てくる。


 熱にのぼせた目で徹を見ていると、ふっと唇が緩んで笑う。

 ちゅ、と軽く口が重なり合い、上唇を舌で舐められる。


「いつでもすればいい」


「いつでも?」


「ああ。僕はお前のものだから」


 当夜の胸にじわじわと温かみがやってきた。それは幸福という名で、当夜の内を全て支配してしまう。


「うんっ」


 当夜はかぶりつくようにキスをする。自分の唇で徹の唇をこじ開け、舌で舌を探った。


「ん、んふ……っ」


 鼻にかかった声を出しながらも、探り当てた舌を絡めて、吸い付く。徹も当夜の腰に手を当て、撫でさする。要求に従うように、より強く、激しいものへとキスが変わってきた。


「あっ!?」


 Tシャツの裾から徹の手が入り込んできて、当夜の乳首を掠める。冷たい手が当夜の熱を奪っていった。柔らかい乳首を親指で押された当夜は顔を赤らめる。


「な、なな……んっ」


 もう片方の手で後頭部を包まれ、口をふさがれてしまう。抗議したくてもできない。上顎を舌先でくすぐられ、乳首をカリカリと丸く短い爪で引っ掻かれて当夜は快感に困惑する。


(気持ちいい……)


 執拗にキスを求め求められ、尖ってきた乳首を引っ掻かれて引っ張られ、次第に頭がぼやけていく。口を離すと追うように糸が引いた。


「とおる」


 潤んだ目で徹を見上げると、柔らかい笑みに包み込まれる。その笑顔を見た瞬間、当夜は胸の熱が冷えていくのを感じた。

 徹は綺麗で、触ってはいけないものみたいに見える。そう思って、当夜はぐっと徹の胸を押す。


「そろそろ、行かないと。帰んの遅くなる」


「あっ、ああ……そうだな」


 名残惜しさを感じながらも、外出をするために二人はその場から移動する。


「じゃあ、十分後に玄関で」


「ああ」


 頷いて階段を上がろうとする徹の腕をつかんで、当夜は引き止めた。


「どうした」


 引き止められた側の徹が当夜を見ると、当夜はえっとと言う。


「さっきの、嫌で止めたんじゃないから」


「え」


「気持ち良かったし、なんか……その、いっぱい幸せな気分になった。ちゃんと俺、嬉しかったから」


 当夜が徹の両手を握って誠実に言葉を伝えると、徹は顔を綻ばせた。疑っていなかったが、堂々と否定をしてもらえて、安心できた。


「だからさ、またしよう」


 徹は当夜に口づけて、抱きしめる。ここ数日すれ違ってばかりだった心がようやく満ち足り、通い合えた気がした。


「ああ、しよう」

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