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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
二章/少年よ、明日に向かって走れ!!
23/67

揺れるシャツの奥

「んっ、んん~」


 起き上った当夜の胸からシーツが落ちる。へ、と声を上げた当夜が見ると、白いシーツと見慣れた紺色の掛け布団が下半身にかかっていた。


「さむ……」


 ぶるりと体を震わせた当夜は裸の腕を擦る。


「服……どこ?」


 ベッドの上から見回した当夜は、自分の隣にこの部屋の中でなによりも親しみを感じるものを見つけた。すーすーと穏やかな寝息を立てる徹の頬を撫で、髪に手を通して梳く。


「あれぇ、なんで一緒に寝てんだろ」


 我に返った当夜は自分で自分にツッコみ、それから掛け布団とシーツを持ち上げて覗いた。


「わー……すーすーすると思った」


 徹の方は確認していないが、上半身裸ということは自分と同じく着ていないのだろう。


「とおる~、とーるってば」


 当夜はそんな徹の肩を揺さぶった。


「と、とおるー。起きろよ」


 だが、寝汚い徹がその程度で起きるはずもなく、当夜は眉を八の字にさせる。


「徹ってば。起きないなら勝手に服借りちゃうぞ。なあってば」


 しつこく揺すっていると、徹はうっすらと目を開いた。当夜はそれに息を吐いたが、にゅっと布団の中から徹の腕が伸びてきて、絡め取られてしまう。


「うわっ、ちょ、なんだよ!」


 引っ張られた当夜は徹にのしかかってしまわないように、徹の顔の横に手をついた。


「ビックリするじゃん」


 ぼんやりとまだ目の覚めない調子の徹に当夜がそう言うが、徹は首筋に唇を押し当てるだけだ。首筋を舐められる生々しい感触に当夜はうわあと思った。


「とおる~犬じゃないんだからさあ」


 上半身を起き上がらせてみても徹がへばりついてきた。当夜は低く唸って徹の肩に手を当てたが、自分が思い切り力を入れると怪我をさせてしまう可能性があることを思い出して、手をベッドの上に戻す。


「なんで上に乗ってんのに今日はぼんやりしてんだよー」


 毎朝慌てて跳び起きる徹の姿を当夜は思い浮かべたが、そういえば昨日は頑張って自分で起きていたことにも気づいて、当夜はため息をついた。


「徹、手ぇ離してな」


 自分の首から徹の手を離した当夜は、徹の腹部に手を当てて起き上る。


「もう起きろよ、徹」


 耳をくすぐるような甘い声で呼びかけられた徹は目を開け、固まった。名を呼ぶことに失敗し、徹は目線を下げる。当夜も徹の目線を追い、自分の下半身へと目を移すが首を傾げる。


「どしたの」


「違うから!!」


 口に手の甲を当てて凝視していた徹だったが、すぐに我に返って叫んだ。キーーンと耳が塞がるような感覚がした当夜は、首を横に振りたくる。


「これは、違くて。その」


 あの、えっと、を繰り返した徹はとにかく! と叫んでからベッドに手をついた。


「早く退け!」


 そう言って下ろそうとして当夜の足首を徹が掴んだ。すると当夜はなんだよと思いながらも徹の狼狽ぶりに納得がいかず、離せと手足を動かした。


「当夜、暴れるな。危ない」


 自分よりも余程力の強い当夜に振り回される形になった徹はバランスを崩し、当夜の上に圧し掛かる。うわっと言ってひっくり帰った当夜の開いた足の間に入り込んだ徹の顔は、当夜の腹とぶつかった。


「すまない、大丈夫か!?」


 打った鼻を押さえながらも徹が問いかけたが、当夜は何食わぬ顔でうん、と返す。幼馴染の頑丈さに安心した徹はほーっと息を吐きだす。


「……どうした?」


 またしてもそこで動きを止めた徹に当夜は首を傾げたが、徹は自分に向かって無防備に足を開いている当夜の姿を上から下までじっくり眺めた。


「起きたら真っ裸だったから」


「ご、ごめん……そうだよな」


 頭を強打された徹はゲホゲホとむせながらも体を起き上がらせた。


「いや、僕がすまなかった」


 素っ裸のまま俯く徹に、当夜はううん、と言って首を振る。


「なあ、徹。俺の服ってどこ? 洗濯してくれた?」


 起きてからずっと気になり続けていたことを、ようやく頭が動き始めたらしい徹に問いかけると、徹はぼっと火が点いたかのように顔を真っ赤にさせた。


「なあ、って!」


 叫ぶと、徹は小さな声でまだだと呟く。当夜の顔を真っ直ぐ見上げて「当夜の許可なしに手を出したりしない。信じてくれ」などと力強く言い切った。

 なにを焦っているのかと分からない当夜は口に手を当てて首を捻り、うんと言ったかと思うと、そっと微笑む。


「それはどうでもいいけど、なあ俺の服どうしたの」


「ああ……すまない。洗濯はしていない。僕一人ではお前を家まで担いできて、服を脱がせるまでが限界だったんだ」


「逆だったら良かったな」


 体力も腕力も当夜の方があるというのは二人共分かりきっていることだったので、徹もそうだなと首を縦に振った。


「じゃあまず風呂入ろうぜ!」


 素早くベッドから下りて立ち上がった当夜に、徹はえっと顔を向ける。


「風呂入れてくるから、徹は先に入れよ! 俺、朝……」


 壁にかかった黒ぶちの時計の針が一時を指していることを確かめた当夜はあーとだらしなく声を伸ばした。


「昼飯作ってから!」


「あっ、す、少し待て当夜!」


 手を伸ばして引き止めようとしたが、当夜は全裸のまま部屋を出ていってしまう。今から追いかけても追いつきはしない。

 徹は仕方なくタンスから二人分の着替えを用意し、下へ行く。真っ直ぐ風呂場へと向かうと、中から頬を上気させた当夜が出てきた。


「とっ、当……夜」


 想い人のあられもない姿に、徹は自分の顔に血が集まってくるのを感じる。


「先にシャワーだけ使わせてもらった~Tシャツ借りてもいいよな?」


「あ、ああ」


 胸を高鳴らせつつも手渡すと、当夜はそれを身にまとった。ぶかぶかの袖を見て、当夜は徹の方に目をやる。


「折り曲げてもいい?」


 訊ねると、徹は頷いたので、当夜は二度三度と大きく折り曲げ、よしと呟いた。


「じゃ、徹はゆっくり入って~」


「ああ。上がったらお前の服を取ってくるから、少し待っていてくれ」


 うんっと笑顔で頷いた当夜はパタパタとスリッパの音を響かせながら走っていく。ひらひらとシャツの裾が広がる光景を徹はじっと見つめた。


「ズボンも持ってきていたんだが……」


 細すぎず太くもない、丁度いい柔らかさと細さの太ももに徹は見惚れてしまった。あの足に顔を挟まれたのだと考えると、直後の強烈な痛みでさえ吹っ飛んでしまう。


 落ち着け、落ち着けと念じながら風呂に入り、上がってくるともう食卓に何品か皿がのっていた。


 淡い色合いをし、大根の添えられた出汁巻き卵に、湯通しされて出汁とネギと鰹節がかけられた豆腐、ジャコとほうれん草のあえ物、それに当夜特製の梅干と、キュウリと生姜のしょうゆ漬けと蕪のたくあんが並んでいる。主菜はまだの様子だったが、このままでも食べれてしまいそうだった。


「メインは魚と肉どっちがいい?」


「そうだな、魚がいい」


「わかったー」


 ん、と頷いて歩いていった徹が玄関から出て当夜の家へと向かった。


 ***** ***** *****


 当夜は冷蔵庫を開け、中を覗いた。買った食材は両家の間で均等に分けているため、食材がないという状態にはならない。勿論、作るメニューによって無くなる速さは違うが、その場合はもう一軒から取ってくることにしていた。


「魚、魚。なにがあったっけ」


 ごそごそと冷蔵庫を探っていた当夜は鮭を取り出して調理台に置く。


「よっし、鮭を焼こう!」


 当夜はまな板に置いた鮭に塩を振り、クッキングペーパーを巻く。そうして置いておき、小鍋を取り出して水を入れ、火にかけた。棚から椀を取り出し、その隣の棚からとろろも手に取る。椀の中にとろろを入れておく。

 フライパンをコンロにかけて油を入れ、薄力粉をまぶした鮭をその上にのせる。中火でじっくり焼いて、しょうゆと水を回しかけて、味を絡めた。


「うしっ、こんな感じかな!」


 仕上げにバターを加えて絡め合わせておき、コンロからフライパンを下げる。


「当夜、取って来たぞ」


 すると、ちょうど徹が玄関から歩いてきた。手には当夜がよく買い物に行くときに使っているエコバッグが抱えられている。


「ありがと!」


 当夜が喜び勇んで近づくと、徹はバッグを手渡してくれた。受け取って中身を確認すると、当夜の私服と下着が入っている。


「すまない、勝手にバッグを使ってしまったが良かったか?」


「いいよ、ありがとな!」


「これくらいなんともない」


 冷えない内に着替えてこいと肩を叩くと、当夜はうん! と頷いてバスルームの方へと走っていく。徹は揺れるシャツの裾に目が釘付けになった。


(綺麗な足だな……)


 願わくばシャツの下まで見てみたいという欲望くらいは徹にもある。だが、当夜は気づかないし、こんなに明るい内から口にいていいものではない。胸の内に留めるしかなかった。


「あ、徹! お茶淹れといてー!」


 そう叫んだ当夜は、バスルームの扉を開き、脱衣所に入る。徹のシャツを脱いでカゴに入れて下着を身に着けると、ふっと緊張の糸が解けた。やはり下着がなかったことは心もとなく、恥ずかしい。

 脱いだシャツから徹の、なんとなく森などの景色を思い出させるような、爽やかな匂いもして、まるで抱き締められているようだったので、余計に照れてしまう。


(だって、徹すっげえ見つめてくんだもん)


 赤くなった顔をカゴから取った徹のシャツで隠し、収まるのを待った。だが、余計に匂いが気になってしまい、当夜はそれをカゴに入れ直して、洗面台で顔を洗う。両手で頬を軽く叩き、よしっと気合いを入れてからタオルで拭った。ロゴ入りの赤いシャツにパーカー、カーゴパンツを履いてから外に出る。


「ごめん、おまたせー」


 戻ると、徹はお茶碗に飯を盛っていた。当夜の方に体ごと向け、「おかえり」と目元を和ませる。


 それを見た当夜は照れもどこかへ吹っ飛んでいき、柔らかい徹の気持ちに包まれた気分になった。好きだなあ、と強く思う当夜の顔もほころんでいき、とろけるような笑みを浮かべる。


「うん……っ」

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