自由に空が飛べれば
「徹たちの正確な居場所は……?」
右側にあるキーボードを引きだした当夜は、徹と四葉のいる地点を探そうとする。指令室のモニターで見た限りでは決定的な場所が当夜には分からなかったのだ。
「あー、ダメだ。わかんねえ」
当夜は頭を振るって言った。
「機体の情報かなにかいるのかな~」
あがいてはみるが、どう調べても微妙な位置でしか分からない。当夜は唸りながら髪を掻き乱す。
『もーし』
「……へ?」
小さな声が聞こえ、当夜は身体を震わせて頭を上げた。
「なに? なんか言った?」
「我ではない」
「じゃ、誰が」
まさか幽霊かと体をぶるりと震わせた当夜の耳にもう一度もしもーし? という声が聞こえてくる。
「ま、」
『聞こえてるー? とーおーやーくーんっ?』
「雅臣さん!?」
当夜が叫ぶと、上部についている三つのモニターの内、左側に雅臣の顔が映り出た。
『そーだよ、雅臣さんだよお。よかったー、ちゃんと聞こえてるんだね』
両手を振って笑う雅臣に当夜は力が抜けそうになった。
「なんで雅臣さんが?」
『必要だと思って昨日の内に通信できるようにしといたんだよ』
「そうだったんだ」
用意周到な雅臣に感心しながらも当夜は機体を動かす。雅臣は自分と会話をしつつも徹の元に辿り着こうとしている当夜にくすりと笑った。
『当夜くん、徹くんたちがどこか探してるんでしょ?』
「うん!」
『じゃあヤタドゥーエのデータを送るね』
当夜が勢いよく返事をすると、雅臣は微笑んだままそう言う。雅臣は手元の端末を弄り、当夜にデータを送った。
「ありがとう!」
当夜は届いたデータを元に徹の居場所を探し、そこへとカグラヴィーダを急行させる。夕闇に暮れていく空の中、晴天のような冴え冴えとした色の機体が当夜の目に入ってきた。
「徹!!」
『待って、今ヤタドゥーエと回線繋ぐから』
「お願い!」
叫びながらも当夜は徹の近くへと行こうとする。ヤタドゥーエの隣にはミカヅチもいて、二人は無事なようだった。
当夜が機体を駆っている最中にもアクガミは増え続けていたようで、地上は黒と茶の物体で塞がれている。二人が気付かれなかったのは不幸中の幸いだろう。
『繋げたよ、当夜くん!! 頭上の青いボタンを押して!』
「分かった!」
雅臣に指示された当夜は、すかさず青いボタンを探して押そうとした。
「……あ」
だが、あることに気が付いて動きを止める。
「ごめん、雅臣さん」
『ん? どうしたの?』
「二人で話したいから、一度そっちの回線を切ってもいい?」
理由を伝えると、雅臣はぷっと吹き出して笑った。
『いいに決まってるじゃないか』
ダメなんて言わないよと言った雅臣に、当夜はぱっと顔を輝かせた。
『ゆっくりとはいかないけど、よく話しなよ』
じゃあねと言って片手を振る雅臣の顔が消えてから、当夜は息を吸い込む。息を吐いて、青いボタンを押した。
「……徹」
モニターに映る徹の驚いた顔を見た当夜は微笑む。
『なんで、当夜が』
「自分勝手な王様を守りに来たんだ」
ごく自然に穏やかな調子で話す当夜を見て、徹は俯いた。帰れ、という言葉が小さく徹の口から出る。
「いやだ」
『帰れ』
「いやだ、っつってんだろ!」
首を振る当夜に、徹はなんでだと叫んだ。
『なんでお前はっ、僕に守られてくれないんだ!!』
当夜は目を丸くして息を短く吐き、徹の顔を見上げる。
「それは、」
目の端を吊り上げ、睨む。自分の心が、徹に届くようにと。
「徹が、好きだからだ」
端的な理由を聞いた徹は言葉を失い、呆然と当夜を見返した。
「お前は俺のことが好きじゃないのかよ、付き合いたいって言ったくせにさあ」
『と、当夜。それは、そう……なんだがっ』
顔を赤くさせて口ごもる徹に、当夜は首をほんの少し傾げ、口を小さくすぼませる。
「じゃー付き合いたくないんだな」
『そ、それは……その』
「ハッキリしろよ」
恥じらう徹に追い打ちをかけるように当夜が言葉を重ねると、徹はモニターをちらりと上目で見た。
『付き合いたいさ』
ようやく返事を貰った当夜は、破顔して笑う。
「んっ、じゃあよろしく!」
なっ? と誘いかけると、徹は無言で首を縦に振った。
「あのさ、徹」
『な、なんだ』
まだ照れている徹を当夜は可愛いなと思いつつ、心を伝えるために口を開く。
「俺さ。まだ徹が苦しんだり、嫌がってる理由はよく分かってない」
『そうだろうな』
「けど、どんなトコだって徹についていくし、徹を嫌いになったりしないよ。徹が一緒なら、絶対に後悔なんてしない」
すがるようにモニターを見る当夜に、徹は腕を差し出したくなる。細くて小さい身体を、抱きしめたくなる。けれど、当夜は今傍にはいない。
「だから、置いていくなよ」
当夜の赤い目から涙が零れ落ちていく。大粒のそれは頬を伝い、黒い制服に丸いしみを作った。
「一人は怖いんだ、徹!」
『当夜……!』
徹もまた切なそうに眉を寄せ、愛おしい者の姿に見入る。
『だが、僕は』
「もしお前がダメだって言っても、ついてってやる」
まだ涙を流す当夜の目は先程とは違い、炎のような苛烈さを持っていた。
「徹がまだ納得できないなら、全部俺が殺してやる!!」
モニターに向かって怒鳴った当夜は、素早く手を動かし、叫ぶ。
「行くぞ、カグラヴィーダ!!」
『当夜!? お前、一体なにをっ?』
慌てふためく徹の横を通った当夜はカグラヴィーダの腹の砲口を開いていく。
『徹くん! あの子なにをする気なの!?』
「分かりません!」
モニターの回線を押し込んできた四葉に、徹も大声を返す。だが、カグラヴィーダの純白の姿を見て、肩の力を落として声を絞り出した。
「説得には失敗しました」
『……そうみたいね』
徹のため息が聞こえるが、機体の操作に夢中になっている当夜は片眉を顰める。呼びかけられるが、当夜は手を伸ばして回線のスイッチを切った。
「なにっ!? あ、あの馬鹿……!」
『え? なに、どしたの』
「回線を切られました。すぐに繋ぎ直します」
全体通信を使っているのか、遠くから回線をつなぎ直そうとしている徹の声が聞こえていた。
回線を繋げないように細工をした当夜は、眼下を埋め尽くす化け物を見下ろす。
「アンタらがいなくなれば」
言葉を零しかけたが、口をつぐんだ。緩く頭を振り、「いなくなっても、ダメかもな」そう呟いた。
「お前の心を乱すのは、あの男か」
カグラヴィーダが話しかけたため、当夜は機体の向きを変えてヤタドゥーエを視線に入れる。夕暮れの空に浮かぶ晴天に、当夜は目を細めた。
「……うん」
「心とは厄介なものだな」
「時々なかったらいいなって思う、けど」
なかったら困るんだと当夜が優しい声音で囁くと、カグラヴィーダはそうか、と言った。
「行こう、カグラヴィーダ」
「いいのか」
「うん。俺はいいんだ」
『よくない』
当夜が小さく首を振って機体に指令を出そうとした時、カグラヴィーダの中に徹の声が響いた。
「徹? なんで」
『なんでじゃない。乗ったばかりだというのに、変な細工をして』
モニターに入り込んできた眉を強く引き寄せて苦々しい表情をする徹の顔を見た当夜は、唇を尖らせる。
「だって」
『だってじゃない!』
「だって! 徹、なに言ってもダメって言うじゃん」
『お前を守るためだ』
「危険でも、なんだっていい! 全部、全部俺が引き受ける!」
そう言っただろと当夜は喉の奥から声を絞り出した。思いつめたような当夜の声が、徹の耳にひどく残っている。
『ああ、言ったな』
幼い頃、二人で約束をした。誰もいない家の中で赤い目を精一杯開いて泣いていた温い身体を、徹は抱きしめたことがある。名前になり辛いもの――当てはまるとしたら運命というものになるだろう――を恨んでいた同じ年の少年が吐いた呪いのような言葉を、聞いた。
青い空は、赤い涙を流す白い鳥を見上げる。
『だから僕は、当夜を守ると誓ったんだ』
「……花澄に、だろ」
『花澄にもだ。花澄に、花澄のために無茶をする奴を守ると』
当夜はもう一度泣きそうになる。大好きな妹を守るためと、自分のことを心配してくれる徹の気持ちに応えるため、どうすればいいのか少し分からなくなってしまった。
「俺は……」
困り果てた当夜は弱音を吐いてしまいそうになり、唇をぐっと噛んだ。
「迷うのか、渋木当夜」
その様子を感じ取ったカグラヴィーダが、当夜に囁きかけた。
「倒せねば人は息絶え、土地は汚れに充ちる。お前ならば、全て殺せよう。なぜ、今更躊躇うのだ」
「なんでだろ」
ぽつりと零した言葉に、誰も声を出さなくなった。
「迷うよ、迷う」
操縦桿から指を一本ずつ離していき、「けどっ、それでも俺は戦うんだ!」顔を屹然と上げて強く握り直す。
徹に背を向け、こちらに気付き始めているアクガミに向けて下降していく。砲口を完全に開き、土と鉄をも溶かす熱度の炎を吐き出した。
『当夜!』
慌てて徹が呼びかけてくるが、当夜はそれに頭を強く振るう。
「もう止めたって、止まんないからな!」
叫び返した当夜が迷わないようにと心を強く持とうとしていることに気づいた徹は、手を強く握りしめた。
『当夜、待て!』
上から火で溶かした当夜は機体を急降下させていき、長大な剣でアクガミを切り刻んでいく。
「嫌だ!」
アクガミをズタズタに切っていくカグラヴィーダを見下ろしていた四葉は、徹の名前を呼んだ。
「なんですか」
四葉の弾んだ声に、徹は自分のテンションが急速に落ちていくのを感じる。
『また交渉決裂しちゃったみたいだね』
「ええ、聞いての通りです」
『想い人くん、つっこんでっちゃったねー』
「すぐに追いかけます」
明るく笑う四葉にそう返すと、四葉はえっ? と手の動きを止めた。
『追いかけるの?』
「勿論。当夜を守らなくてはなりませんから」
『愛だねー』
「愛ですよ」
徹は笑い返して、ヤタドゥーエを下降させていく。四葉は盛大に笑った後、自分も地上に向かっていった。
『当夜』
本気で一人でもアクガミを全て殺すつもりだったのかと思う程、鬼のような戦いぶりをするカグラヴィーダの近くには寄れず、徹は少し距離を取って高層ビルの傍に機体を下す。
「なんだよ!」
当夜は片眉をしかめつつアクガミの腹を刀で突き刺し、足で蹴って引き抜いた。
『一人で行くんじゃない』
「行くな、って……」
『この目が見えなくなるまで、必ずお前の傍にいる。一人にはさせない』
カグラヴィーダの背後から寄ってきたアクガミをビームで大穴を開けた徹は、モニターに手を差し伸べる。
『僕がお前を守るよ』
モニターを一瞬だけ確認した当夜は、まるで徹の手の温もりを頬に感じたような気持ちになり、ぐっと胸をつまらせた。
「うん……っ!」
それから、ようやく安心して笑う。その笑顔に徹は胸を撫で下ろした。
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「お、帰ってきた帰ってきた」
格納庫に戻ってきた三体のロボットを見て、雅臣は満面の笑みを浮かべる。伸ばした手の親指を押し当てて下を見た。一人ゆっくりリフトに乗って下りてくる四葉が手を振ってきたため、手を振り返す。
「おーおー、これまた……若いねえ」
ヤタドゥーエから下りてきた徹が息せき切った様子でスタッフを押し切ってカグラヴィーダのリフトに飛び乗った。
上がっていき、開けてあるコックピットに上半身を乗り出した徹は、誰よりも大切に想っている人物の名前を呼ぶ。
当夜は徹に向かって両手を上げた。
徹は仕方ないなと笑って、腕を伸ばして貧血気味の当夜をバスタオルでくるでから抱き上げる。
「ごめんな、ワガママばっかしで」
「もういい、お前は気にするな」
徹にそう言われた当夜は頷き、徹に体を預けた。徹は誰からも見えないように後ろを向いてから、当夜の額に唇を押し当てる。
「デコかよ」
「今はだ」
顔を赤くさせて照れる徹に、当夜は吹き出して笑った。