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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
一章/炎の巨神、現る
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炎の声 届く夜/2

 当夜と徹は、幼馴染だ。二月十五日に徹が産まれ、その一ヵ月後の三月十五日に当夜が産まれた。元々友人同士だった当夜と徹の母たちが結婚する際に隣の家に引っ越していたこともあり、赤ん坊の頃から二人はずっと一緒にいる。


 ある事情で家を空けやすい当夜の両親と、仕事でいない両親がいない徹を育てたのは、当夜の祖母だった。その祖母も二年前に逝去した今では、祖母から全ての料理を教わった当夜が家事をして暮らしている。


 子どもがまとめて楽しく、栄養も取りながら暮らせているのはどちらの両親にとっても喜ばしいことだったらしく、誰もなにも言わず、両家の父母が当夜に生活費を渡していた。


「それに、徹がいてくれると、なんか安心するしな!」


「お前が不用心すぎるんだ」


 後頭部に手をやって笑う当夜にチラリと目線だけをやった徹は苦い顔になりながら漬物を口に入れる。ポリポリと咀嚼している間に、作り置きのレンコンと赤唐辛子の煮物と鰆を味噌に漬けて焼いたのをテーブルの上に並べた。


「詐欺師を家に入れて茶まで出していたのには驚いたぞ」


「へ? ああ、あのお兄さんか」


 当夜も徹の前にある席を引き、座る。いただきます、と手を合わせてから自分の分のお椀を持ち上げて味噌汁を啜った。


「うーん、そんなに悪い人じゃなさそうだったけどな。丁度炊飯器壊れたとこだったしさあ」


「僕の言い方が悪かった。訪問販売は追い返せ」


「えー、でもアレ結構良かったぞ。やっぱさあ、米はガス炊きが美味いって!」


「ああ、それは分かる。分かるが、だがな」


 じっと徹に見られ、むぐむぐと卵焼きを咀嚼していた当夜は首を傾げる。


「お前は……その、危なっかしいから。僕がいない時はチャイムも電話の音も無視していい」


「よくないだろー。なんか重要なコトかもしんないしさー」


「重要なことならば携帯に連絡がくる。家電は無視しろ」


 当夜は鰆を口に含みながら、上目がちに徹を見つめた。


「そんな顔をしてもダメだ。お前を見ていろと言われているんだからな。これには従ってもらう」


 食べ終わった徹は立ち上がり、テーブルに手をついて、もう片方の手を伸ばして当夜の頬を撫でる。


「お前を守るのが僕の役目だと決めただろう?」


 頬を撫でられ、な? と優しく微笑まれた当夜は、照れて下を向いてしまった。しかし、それでもしっかり一度首を頷かせる。


「うん、ありがとう」


 はにかんで笑う当夜に、徹はふっと安堵の息を吐いた。だが、すぐになにかを思い出して顔を引き締める。


「それと、道で知らない人に話し掛けられても相手をするなよ」


「えっ、なんで!?」


 徹の言葉に当夜はショックを隠し切れないといった様子で顔を上げた。


「誘拐犯かもしれないだろう」


「そんな奴めったにいねーよ!?」


「その、滅多に当たったらどうするんだ」


「……た、叩きのめしてケーサツに」


 唇を尖らせる当夜に、徹はふーっと大きく息を吐き出す。


「お前に危険なことをしてほしくないんだ」


「俺が危険なことをしたら、他の人がしなくていいってことじゃん」


「家に帰ってもお前がおらず、警察から連絡を受ける僕の身にもなってくれ」


 当夜は茶碗に残った白米を口に放り込み、咀嚼した。


「けど、俺悪いこととかしたんじゃないんじゃん」


「ああ、お前が色んな人のために動いてくれているのはよく知っている。警察はいつ行っても感謝の言葉しかかけられないし、家にお礼に来てくれる人とも会っている」


 これでは埒があかないと思ったらしい徹は歩いていって当夜の足元にしゃがみ、下から顔を覗き込む。箸を置いて膝にのせられていた手を取った。


「誰にでも優しく、正義感の強いお前が好きだ。けれど、お前が助けようとした人たちを案ずる人たちと同様に、僕だってお前を案じているんだ。怪我されたくない。どんな傷だって負ってほしくない」


 両手で当夜の右手を包みながら諭すように言うと、当夜は左手で徹の手を離してしまう。徹がそれに反応を返すまでに、当夜は徹の首に抱き着いた。


「な……っ!?」


 目を白黒させる徹に、気付かず当夜はあははっと明るい声を上げる。


「かっわいーなー徹!」


 それから、徹の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。


「おっ、おい! こらっ。やめろ」


 掻き乱される徹は片目を閉じ、抗議の声を上げる。当夜はもう一度声を上げて笑うと、徹の顔を両手で挟んだ。


「俺はヘーキだって。徹や母さんたちを悲しませることはぜってーしない。誓う!」


 目を合わせて真摯に言葉をかける当夜が、


「けど、徹が気になるならなるべく気にするようにする」


「なるべく?」


「なるべく。やっぱさ、ほっとけないから」


 と言ったのに、徹がため息を吐きそうになるのを感じた。


「ご、ごめん……」


 そのため、当夜は謝罪の言葉を口にして頭も項垂れる。


「いい、僕も気を付ける」


 その頭を撫でた徹は、ふっと笑った。


「目の届く所にいるようにいるようにする」


「……うんっ!」


 大きく首を振った当夜は勢いよく立ち上がる。そして、自分の分の皿を持ち上げると徹の横を通って流しに向かった。


「いつもありがとな!」


 と振り返って言うと、腕まくりをして皿を洗っていく。ぶくぶくと手に持ったスポンジを泡立てながら鼻歌混じりになる当夜に徹は近づき、背後から抱きしめた。


「んー、どうした?」


 ぎゅっと強く抱き締め、首元に摺り寄せる。当夜からふんわりと香る匂いに、徹は目を細める。


「シャンプーでも変えたか?」


「へ? うん、昨日切れた」


 さらにすり寄ると、


「あははっ! 髪が擦れてくすぐったいって!」


 当夜は笑いながら徹の顔面を軽く叩いた。洗い流していた最中だったために泡はつかなかったが、顔と髪に水をつけられた徹は目を閉じて顔をしかめる。


「あっ……ごめん! つい」


「いや、いい。僕が悪かった」


 いささか傷つきはしたが口にはしなかった徹に濡れたままの両手を合わせて謝った当夜は洗面所に走っていき、タオルを手に戻ってきた。


「ほんっとーにごめん!」


 柔軟剤を使っているタオルはふわっふわの手触りだ。徹の方が当夜よりも頭一つ分は背が高いために頭を拭こうとすると爪先立ちになってしまう。それで顔を申し訳なさそうに拭いてもらった徹は、柔らかく心まで癒してくれるようなタオルと当夜の様子に目を和ませる。


「本当にいいんだ、僕は大丈夫だから」


 それより、と言いながら当夜から離れると、椅子にかけてあった当夜のブレザーを手に取った。当夜の正面まで行き、当夜の肩にかける。


「そろそろ学校に行こう」


「へっ、もうそんな時間?」


「四十五分だ。いつもの電車に間に合わなくなる」


 もう!? と驚きながらも、当夜はブレザーに腕を通して鞄取ってくる! と行って階段を駆け上がった。部屋のドアを開けて鞄と机の上に置いていた腕時計を手に下りていく。


「お待たせっ!」


「じゃあ行くか」


 すでにリビングから玄関に繋がる廊下に立って待っていた徹に言われ、当夜はうんっ! と返した。徹の後ろをついていき、まだま新しい靴を履いて外に出る。鍵を手にしていた徹がしっかりと施錠をして、二人は歩き始めた。


「忘れ物はないか?」


「ねーよ。バッチリ確かめたって!」


 指でVサインを作って見せた当夜に、徹は顎に手を当てる。


「本当か? 昨日もそう言っていたが体操着を忘れていたぞ」


「あれはたまたま! 今日はマジ大丈夫だってば!」


 うっかりスクールバッグに詰め忘れたまま学校に行ってしまったのを指摘された当夜は一瞬ぐっと詰まったが、すぐに言い返した。


「同じクラスなのは嬉しいが、物の貸し借りができないのは不便だな」


「徹は忘れないじゃん」


「お前はたまに忘れるだろう」


 再度言われた当夜はむっと唇を平らにした状態で上げる。


「俺、そんな忘れっぽくないし、クラス一緒のが良かった」


 拗ねた調子で言われた徹は瞬きをしてから、歩調を早めた当夜の後を追った。


「と、当夜!」


 手を握ることで歩みを止めると、当夜は眉を寄せたままそっぽを向く。


「イジワルな奴とは喋んないから」


「すまない、僕も嬉しかった」


「……マジで?」


「ああ、本当だ」


 逃げられないように手をぎゅっと握りながら言うと、当夜は徹の方に顔を向けた。


「じゃ、許してやんよ!」


 にっと歯を見せて笑った当夜は腕時計を見て、電車逃しちゃうじゃんと呟く。そして、そのまま徹の手を引っ張っていった。手が離されないことに徹はいささか驚いて目を白黒とさせたが、当夜のつむじを見下ろして和やかに微笑んだ。

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