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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
一章/炎の巨神、現る
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あかない心

 翌朝、当夜は起きてすぐ自室の窓を開け、徹の部屋の窓に手をついた。ぐっと手に力を入れて横に滑らそうとするが、


「あ、開かない……っ!」


 鍵が閉められているらしく、開かなかった。当夜は腰に両手をつき、ふうっと息を吐く。


「やりやがったなー、徹」


 当夜は徹の部屋の窓を睨みつつ、左手で髪をがしがしと掻いた。


「一人で起きらんねーくせに、どうすんだアイツ」


 なにしてんだよと呟くが、開かないものは開かないのだと結論づけて制服に着替えることにする。


「とーさーん? いんの? いねーの?」


 スクールバッグを片手に一階に行って呼びかけてみるが、返事はない。すでに出ていったか、未だ徹の家にいるのか分からず、当夜は深いため息を吐いた。


「これだから男はって母さんが言ってた理由が分かるなー。俺も男だけど」


 二人の男に困らされている当夜はそう言いながらも洗面所に行って身支度をし、キッチンに明かりを灯す。


「今日の弁当は……」


 当夜はキッチン台からフライパンを出しつつ、メニューを考えた。


「よし、アレにしよう」


 そして、にっこりと笑う。


 冷蔵庫から材料を取り出した当夜はテキパキと調理をしていき、済んだ物から弁当箱に詰めていった。朝食を摂って、当夜はスクールバッグを持って外に出て、鍵を閉める。


 スクールバッグを肩にかけた当夜は、自分の家の右隣にある家を見上げた。唇が徹という言葉を形どろうとしたが、当夜は頭を振るってそれを止める。


「……起こすだけだ。遅刻する徹とか見たくねえし」


 だが、結局そう言いながら当夜は制服のポケットに手をつっこんで歩き出した。白い金属製の門を開けて中に入り、玄関扉のカギ穴にポケットから取り出した鍵束の内、一番長い鍵を差し込んで回す。


「おじゃましまーす」


 ドアノブを回して扉を開けた当夜は、中へ入った。靴を脱ぎ、二階まで階段を上っていって、一番奥にある徹の部屋のドアノブに手を当てる。そのまま力を込める前に手を離し、代わりにドアを二回叩いた。


「徹~、起きてるか?」


 問いに答える声はない。当夜はまだ寝てるのか、と少し安心した気持ちになる。


「もうっ、入るからな!」


 そう言ってから当夜はドアノブを回してドアを開け、部屋に入った。


「……あれっ?」


 だが、室内の様子に目を丸くさせる。中には徹の姿はなかった。盛り上がっていると思っていたベッドにも、勉強机にも徹の使用の影さえ見当たらない。


「先に行ったのか、アイツ」


 ため息をついた当夜はそれを振り払うように頭を上げ、ドアを閉めて走り出した。階段を二段飛ばしで下りていき、靴を履いて玄関扉を出る。


「おじゃましました!」


 当夜は玄関の鍵と門を閉じて、駅への道を全速力で駆けて行った。


 電車でもみくちゃにされながらも、目を閉じて傍にいない人物に対して言いたいことを沈めるように努める。そうでないと、とんでもないことを人前で言ってしまいそうだった。

 ようやく電車が目的の美原ヶ丘駅に着き、当夜は外に飛び出す。後ろから赤木らしき人物の声に名前を呼ばれたが、


「ごめん、急いでんだ!」


 と叫んで、階段を駆け下りて行く。学校まで、昨日徹と通った道を駆け抜けていき、下足室で下履きに履き替えて四階まで走って上がっていった。


「徹!」


 息を切らせて教室のドアを開けると、窓際の席に座っていた徹は目を見張らせて振り向いた。だが、すぐに冷静な顔つきに変わり、なんだと言う。当夜が両拳を握った状態で徹の席まで歩いていくと、周囲のクラスメイトは自然と二人から離れていった。


「なんだじゃないだろ」


「僕にはお前に怒られる理由がない。分からないから訊ねているんだ」


「ないって、あのなあ!」


 怒鳴りかけた当夜の言葉を遮るように、徹は立ち上がって傍を離れていく。


「徹っ」


「しばらくお前とは話さないと言っただろう」


 すべてを拒絶する徹の言葉に、当夜は唇を噛んで机の表面に目をやった。小さな傷のついた机を当夜はじっと見つめて、ひどいなと呟く。


「ひどくなんかない」


「ひどいって」


 背を向けて教室から出ていこうとする徹の目の前に加護と赤木が現れた。赤木はうわっと言ってのけぞるが、加護は徹越しに教室の様子を見て眉を顰める。


「怒らせるなよ」


「僕が怒らせたんじゃない」


 苛立ったような加護に言われた徹もまた、柳眉な眉をしかめた。


「当夜が勝手に怒ったんだ」


「お前は……あのなあ」


 額に手を当てて低い声を出す加護の正面に立つ徹は、鋭い目で睨んでいる。二人の険悪な様子に慌てた赤木が、ストップ! と言って間に割り込んだ。


「ストップ、ストップ! 怖いって、やめよーぜ」


「赤木」


「なあ! 当夜、徹止めてくれよ! ほら、加護もその顔止めろって。俺、喧嘩とかマジで無理……」


「うるさい、お前には関係ない!」


 赤木の割り込みに一瞬呆けた徹だったが、当夜の名前を聞いた途端勢いを取り戻して赤木に向かって叫んだ。


「赤木に当たるなよ」


 その背中にひどく冷静な声がかけられる。


「当たってなどいない」


「当たってるだろ」


 こっち向けよと顎を動かす当夜の燃えるような赤い目を見た赤木がヒエッと小さく声を上げ、加護の後ろに隠れた。


「お前が一番関係ないんだが」


「関係なくない」


 当夜はスクールバッグを持ったまま出入口付近にいる徹の後ろまで行き、その肩を掴む。


「こっち向けよ」


 仕方がないといった遅い動きで振り返った徹と、当夜の目が合った。


「……お前に、僕の気持ちが分かるものか」


「俺は徹じゃねえ。分かるわけないだろ」


 分かればいいけどなと真っ直ぐな目をして言う当夜に、徹は苦笑した。


「徹、俺な」


「言うな!」


 徹に言葉を伝えようとした当夜の口を徹が手でふさぐ。当夜は驚いてその手に手を当てて徹を見るが、徹は再度言うなと伝えただけで、手を離すことはなかった。


「僕が元に戻れなくなる……!」


 苦しげに眉を寄せて目を閉じる徹の顔を見上げた当夜は、首を横に動かす。さらに徹が当夜に口止めをするために口を開こうとしたが、「おーい、どうした?」と加護と赤木の横から歩いてきた教師に声をかけられ、口を噤んだ。


「なんでもありません」


 とっさに加護がそう返し、赤木がちょっと話してただけッスーと言いながら、当夜と徹の背を押して教室の中に入る。当夜は徹を見たが、徹に頭を振るって拒否を示されてしまった。だが、それでも負けじとスクールバッグから取り出した物を徹の背に当てるようにして押し付けた。


「徹」


 徹はなんだ? と半身を捻じって当夜の方に顔を向けたが、当夜に黒い巾着袋を胸に押し中てられたために受け取ってしまう。


「徹の分の弁当。いらなかったら捨てろよ」


 温かさが手から伝わってくる気がして、徹は弁当箱を強く握った。


「それやったら、二度と作んねーけど」


 当夜はそれだけを言うと、俯きがちに自分の席まで行き、スクールバッグを机の上に置いた。そして、その上に腕をのせると、顔を伏せる。

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