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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
一章/炎の巨神、現る
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この窓を越えて

 二人が驚いて窓の外を見ると、そこには分厚い眼鏡をかけた、ボサボサの黒髪の男性が覗き込むようにしてしゃがんでいる。

 どう見ても不審者にしか見えず、血相を変えた雅臣が当夜の腕と肩をつかんで自分の方へ引っ張る。だが、当夜はそれに抗って車のドアを開け放った。


「当夜くん、危ない!」


「父さん!?」


「……って、ええ?」


 当夜が車外に出ると、その男性は抱きしめてくる。


「父さん、おかえり!」


「ああ、ただいま」


 もったりとした外見の男性と当夜の組み合わせは雅臣の目には変に見えたが、どちらも嬉しそうだったので口をつぐんだ。


「久しぶりだな、当夜」


「ホントだよ、父さん。もっと帰ってこいよ。体潰すぞ?」


「いや、研究が楽しくてね」


 はははと笑いながら頭をかく父に、当夜は呆れた目を向ける。


「ははは……いや、気を付けます」


「うん」


 父は当夜の肩に手を置いたまま、車内に目を移した。そこには、バツの悪そうな顔で運転席に腰かける雅臣がいる。


「ど、どーもー」


「当夜、この人は?」


 訊ねられた当夜も、雅臣もなんと説明すればいいのか悩んだ。


「あー……えっと、父さん。この人はね」


「それに、この髪と服はどうしたんだい?」


 こんなに長かったか? と髪を掴まれ、当夜はさらに顔を曇らせる。


「これは、その」


「お久しぶりです、敏夜としやさん」


 どういったらいいのか悩んでいた当夜から少し離れた所で声が上がった。その方向に顔を向けると、学生鞄を手に持っている徹が立っている。


「あ、徹。おかえり」


「久しぶりだね、徹くん」


 徹ははいと言いながら、当夜には顔を向けずに近寄ってくる。話さないという言葉が本気で言っていたのだということを知った当夜は眉を寄せて徹を睨み見た。


「そちらの方は僕の知り合いです」


「君の?」


「はい。……敏夜さん」


 姿勢を正した徹よりも少し背の高い敏夜は、眼鏡のフレームを押し上げてなんだね? と見下ろしながら訊ねる。


「申し訳ありません」


 そう言った徹は、深々と頭を下げた。


「なっ、なにしてんだよ徹……!」


「当夜を、危険な目に合わせてしまいました」


 九十度におじぎをしている徹を見下ろした敏夜は、うんと呟いて徹の肩を一度叩く。


「徹くん、とりあえず頭を上げよう。話は君の家で聞くよ」


「……はい」


 ぐっと歯を噛み締めた徹は頭を上げた。敏夜はなにごとかと不安そうな顔になっている当夜に顔を向け、肩を抱く。


「当夜、夕飯は食べたのか?」


「え? ううん、まだ」


「そうか。なら先に食べて、もう寝なさい」


「父さんと徹は? 一緒に食べないのか?」


「そうしたいところだが、今日は徹くんと話がある」


 当夜は俯き、分かったと言った。すぐに顔を上げ、父の顔を覗き込むようにして見上げる。


「怒んないでくれよ。徹はなんも悪くないから」


「大丈夫だ、事情を聞くだけだから」


 敏夜が当夜の頭を撫でてから、背に手を当てて家へと促した。当夜は徹を見たが、徹が自分を見ないことを知ると、ポケットから鍵を出して玄関扉を開ける。


「じゃあ父さん、徹。おやすみなさい。雅臣さんも送ってくれてありがとう」


「はい、おやすみ」


「おやすみー、当夜くん」


 いつの間にか車の中から出てきた雅臣に手を振られたので、振り返してから当夜は家の中に入っていった。


「では、行こうか」


「はい」


 徹が粛々と頷くと、敏夜は雅臣にも顔を向ける。


「あなたも来てくれませんか?」


「僕ですかあ?」


「はい。車は……徹くん、君の家の車庫を使わせてもらってもいいかな」


「どうぞ」


 ではと言われた雅臣は苦笑して、あちゃーと言った。


「貧乏くじ引いちゃったなあ」


 額に手を当てる雅臣に敏夜はははと笑い声を上げ、行きましょうかと手を前へ差し出す。


「アマテラス機関の方でしょう?」


 小声で敏夜が言うと、雅臣は目を丸くした。それから徹を見て、なるほどねえと口の端を吊り上げさせる。


「君の幼馴染なんだから、そのお父さんが知っててもおかしくはないのかもねえ」


 それに敏夜は口を弓型にさせて、眼鏡のフレームを指で押し上げた。


 ***** ***** *****


 家に入った当夜は台所まで行くと椅子を引いて鞄を置き、洗面所で顔と手を洗った。

 タオルで顔を拭ってから台所に戻り、冷蔵庫から昨日の残り物である鯖の味噌煮とほうれん草のおひたしを取り出す。指にジンと伝わってくる冷たさの器の内、ほうれん草が入った方はテーブルの上に置いておき、鯖の味噌煮は食器棚の横にあるレンジの中に入れてスイッチを押した。


 鍋を取り出し、水と鰹節を入れて火にかける。まな板を調理台の上にのせ、冷蔵庫からわかめとネギと味噌を取ってきて、まずはわかめを水で洗って塩気をとった。わかめとネギを切って鍋に放り込み、お玉ですくった味噌を少しだけ入れて箸で溶く。


 チンとレンジが鳴ったので、鯖の味噌煮を取り出しておひたしの隣に並べた。ご飯と沸騰した赤だしを器に盛ってから席につき、手を合わせる。


「いただきます」


 遅い夕食を黙々と食べ、食器を洗う間に湯船にお湯を入れておいた。体を温めてから鞄と服を持って二階に上がり、自分の部屋に入る。鞄を床に置き、乱れたベッドをセットし直した当夜は、スウェットの上下を身につけた。


 ガシガシと乱暴にタオルで拭いて乾かした髪を後ろでぎゅっと一まとめにすると、勉強机のペン入れに差しているハサミを握って、勢いよく切っていく。一日で髪が伸びたとは言えないが、散髪屋はすでにどこも閉まっている時間なので自分で切ることを選んだのだ。


 ゴミ箱に切った髪を捨てた当夜は、窓まで歩いていってカーテンを開く。


「……徹」


 向かいの部屋の窓には光がなかった。カーテンの隙間も暗いことに当夜は眉を寄せて気持ちが萎みそうになるが、振り切るように窓を開ける。春の冷たい風が中に入ってきたので、当夜は目を閉じてぶるりと肩を震わせるが、すぐに頭を振るって、目を大きく開いて手を外に伸ばした。


 ぺたりと手の平を徹の部屋の窓につけて、じっと自分しか映らないガラスを見つめる。


「いいって言ったのに」


 ふてくされたような自分の顔がひどく子どもっぽく見えた。


「徹の意気地なし」

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