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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
一章/炎の巨神、現る
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コックピットで唇を

 格納庫への階段を、当夜は辺りを見渡しながら下りていく。使い古された所と、そうでない所。違いは一目瞭然だった。


「なんで十番だけ使われてるんだ?」


 五番までは頻繁に使われているのか、無数の傷がついていたが、六番から九番にはあまりついていないか、無傷のままだ。だが、十番は傷やサビ――赤い跡が残されている。


 当夜は首を傾げながら歩いていき、一番に置かれているミカヅチを見上げた。四葉に会ったからか、女性的な印象を受ける。


「……あれ?」


 そこでも首を傾げたが、とにかく進もうと歩みを止めない。早足で正面の二番に近づいていく。


「すみませーん!」


「はい?」


 機体の近くでパソコンのキーボードを熱心に叩いているスタッフに話しかけた。スタッフは見たこともない中学生くらいの小柄な――髪が長いため少女に見えないこともないが――少年に話しかけられ、瞬きをする。


「こらっ! どこから入ったんだ!」


 だが、すぐに我に返ってキーボードから手を離し、デスクの周りを回って当夜を捕まえに行こうとした。


「おい、止めろ! それ新しい贄だぞ!」


「贄!?」


 だが、すぐ近くでヤタドゥーエの装甲の状態を見ていたスタッフが跳びついて止める。贄という単語に当夜が眉をひそめたが、男たちは当夜を訝しげな眼で見るだけだ。


「こんな女の子みたいな子があんな鬼神みたいな戦い方を?」


「らしいぞ。あんなほそっちいのになあ」


 当夜はじろじろと舐めるように体を上から下まで見られたため、なんだこの人たちは、という気分になり男たちから顔を逸らす。


「ほーんと、こんなほっそい体で大丈夫かあ!?」


 当夜のすぐ後ろから野太い声が発された。驚いて振り向く前に大きな手で尻を掴まれ、当夜は叫び声を上げる。


「ちっせー尻だなあ、おい!」


「えっ、う、うわあ!」


 尻を遠慮なく揉まれた上に、平手で叩かれた。文句を言う隙もなく、ガッシリした筋骨隆々とした腕に抱えられる。


「海前さん!!」


 当夜が叫びだす前に、ヤタドゥーエのコックピットから上半身を乗り出した徹が大声で叫んだ。


「セクハラしていないで、早く当夜をリフトに乗せてください!」


「おお? リフトかあ?」


「ええ。……当夜、上に来い」


 なんか偉そう、と当夜は一瞬ムッとしたが、このまま下にいても目立つだけだと思い直してうんっと頷いた。海前は左腕に当夜を抱え、右手に点滴スタンドを持ち、下されていたリフトの上に当夜を座らせる。


「上げろー!」


 海前に命じられた先程のスタッフはバツが悪そうな顔で手元のパソコンを操作した。リフトが上がっていき、ヤタドゥーエのコックピットの前で止まる。当夜がヤタドゥーエのコックピットの中を覗くと、徹は端末になにかを打ち込んでいた。


「大丈夫だったか?」


「うん。ありがとう」


 素直に礼を口にすると、徹はわずかに口に微笑を浮かべる。当夜は気になって下を見てみると、スタッフが見上げているのが分かった。


「なあ、徹。それなんかやってんの?」


「ただ確認をしているだけだ」


「じゃ、それどけてくれよ」


 頼むと、徹は眉をひそめつつも端末を右に避けてスペースを作る。当夜はありがとうと言うと、点滴スタンドから残り半分程になってきた輸血パックを取った。


「しかし、これを退けてどうするつもりだ?」


 不思議そうな面持ちになった徹は、繋いでいた回線を全て切る。当夜はそろりと猫のようにコックポットの中に入ってくると、徹の膝の上に腰を下ろした。


「とっ、当夜!?」


「なあ、扉閉めてくれよ。なんかここ、人の目ェ気になる」


「えっ、い、いいのか?」


「うん」


 徹は戸惑いつつも、コックピットのハッチを閉じる。当夜はようやく体の力を抜き、安心したように徹にもたれ掛った。


「ありがとう」


「い、いや……」


 赤くなりつつも徹は当夜が落ちないように腕で支えるが、頭に海前が言っていたことがちらついてしまう。


(柔らかいし、小さいな)


 膝の上にのっている当夜の小ぶりな丸い尻の感触がどうしても気になって仕方がなかった。長い髪から香ってくる当夜の甘い匂いをもっと感じたくなり、項にすり寄る。


(いい匂いだ)


 こんな風に簡単に身を任せてしまわれては困るのだ。


「徹、もう怒ってないのか?」


「いや、怒っている」


 黙り込んでしまっている徹に当夜は不安に思った当夜は訊ねたのだが、徹にキッパリと答えられた。


「お前が悪いわけではないのは分かっている。だからこそお前を守れなかった自分にも怒っているんだ」


「そっ、そんなの!」


 当夜は勢いよく身体を捻じって振り向いたが、真剣な顔をしている徹と目があったため、前に体を戻して俯く。


「俺がどんくさかっただけだし、徹は悪くない」


 ぎゅっと水色の服を握りながら言う当夜に、徹は微笑んだ。


「当夜、分かってくれたのか」


「分かったって?」


「僕の気持ちだ。お前に危険なことはされたくない」


「徹が危険なことしてたら?」


 当夜を抱きしめつつ徹は囁いたが、当夜はそれに眉をしかめる。


「俺は安全なトコでなーんも知んないでトボけた顔してなきゃなんないのか」


「ああ、お前は家で僕を待っていてくれ」


「……嫌だ」


 急に低くなった当夜の声に、徹は目を丸くさせた。


「俺だってお前が危ないことすんの嫌だ!」


「当夜、僕はいいんだ」


「よくない!」


 当夜が叫んだため、徹は驚いて当夜を囲うように回していた腕を解く。


「よくないだろ。なんで俺はダメなのに徹はいいんだよ。命も危険性も、誰だって一緒だろ!?」


「僕と当夜では命の価値が違う」


「それは徹の中での基準だ。俺の中の基準とも、他人の中の基準とも違う」


「僕はいいんだ」


 ムッとした顔になった当夜はもう一度よくない、と呟いた。


「なんでそんな、突き放したような言い方すんだよ」


「あの時誓っただろう、お前を守ると」


「そうだけど、でもあれは……俺を花澄と間違えたんだろ」


「違う」


 え? と当夜は振り返って徹を見上げる。徹は手を上げて当夜のぴょんぴょんと髪の跳ねている頭を撫で、指の背で頬を触った。


「だけど、徹……」


「濡れた赤い目を、僕は忘れていない」


 徹は当夜の薄く開いている唇を指でなぞる。近づいてくる徹の顔に当夜は目を丸くし、口をぎゅっと引き絞った。

 徹の唇が触れてくる。さらりとした感触で、不思議と不快感はない。


「んんっ……」


 べろっと唇を舌で舐められた当夜は目を強く閉じ、いやいやと首を横に振った。徹は一度口を離したが、今度は当夜の顎を掴む。


「あっ、なに?」


「口を開くんだ」


 唇に親指を強く当てられた当夜は困惑しつつも、徹の言う通りに口を開いた。徹はさらに輸血パックを横に置き、身体を反転して向かい合って座るようにと促す。当夜は徹に腰を抱かれつつも体勢を変えた。


「腕は上げられるか?」


「え? う、うん」


 確認をした徹は当夜の腕を上げさせて、自分の首に回させる。


「なあ、なんか……変じゃないか?」


「なにがだ?」


 こんな風に向かい合って膝の上に座るのは恥ずかしいと言えない当夜は、口を噛んで下を向いた。


「こら、下を向くな。キスができない」


 だが、徹はそれを許さず、当夜の両頬に手を当てて上を向かせる。当夜の唇にかぶりつくようにキスをしかける。開けさせた当夜の口に舌をもぐりこませ、逃げようとする舌を擦り合わせた。歯列をなぞり、上顎を舐めると、当夜はビクビクと震える。


「ぁ、徹……ダメ」


 キスの間に当夜が言うと、徹は服の裾から手を差し込んで直に触れる。舌を強く擦り合わられた当夜はこく、と喉を鳴らした。はあ、と息を丸く吐き出して二人の口が離れた。飲み込み切れなかった唾液が当夜の顎からつうっと流れていく。徹は当夜の赤く塗れた口や顎を指で拭った。


「と、とお」


「好きだ」


 太ももに当てていた手をするすると上げていく徹の手を、当夜が手を握って止める。


「好きだから、お前を危険な目に合わせたくないんだ」


「そんなの、俺だってそうだ」


「お前と僕とでは、意味が違う」


「違わない!」


 徹の胸に縋りつくように訴え、頬を膨らませる当夜に徹は呆れたようにため息を吐く。


「付き合いたいという意味だぞ」


 真面目そうな顔で徹が伝えると、当夜はぽかんと徹を見上げた。


「あ、うん……いいよ」


「は?」


「だから、いいって言ってんじゃん」


 徹が当夜を凝視する。やはり、どこか無防備な姿をしている。


「と、当」


「聞こえますー? とーおーるーくーんっ!」


 ヤタドゥーエの通信回線を勝手に繋いで話しかけてきたのは、雅臣だ。


「映像繋いでないんでえ、お話してもらってもいいですよねえ」


 徹は深くため息を吐いて、天井にある回線ボタンを押す。


「なんです、雅臣さん」


「わあ不機嫌な声! ごめんねー邪魔しちゃって」


「いえ。何の用ですか」


「もう十時になるから、二人共帰ろう? 僕が車出すよー」


 二人は顔を見合わせると、当夜が頷いた。


「分かりました、すぐに下に行きます」


「はーい、あっじゃあ玄関で待ってるよー」


 回線が向こうから切れたため、徹はヤタドゥーエのハッチを開ける。


「帰ろう、当夜」


 うんと返す当夜の腹に輸血パックをのせ、横抱きにする。


「徹、俺歩けるぞ」


「僕がこうしたいんだ」


 そう言われた当夜は大人しく徹に身を任せた。スタッフが口を開き、呆然と見守る中、徹は涼しげな顔で歩いていく。


「鏡子さんすみません、そろそろ帰ります」


「あら、徹くん……」


 部下に指示を与えつつ己の仕事をこなしていた鏡子の所に顔を出すと、彼女もまた驚愕した。


「と、当夜くん。今日はゆっくり休んでね」


「はい、ありがとうございます」


 お先に失礼しますと頭を下げた徹と一緒に当夜も下げる。徹は手を振る鏡子にもう一度頭を下げてホールを下りていき、廊下に出た。クネクネと曲がりくねり、何度も角を曲がる複雑な道順を歩いていき、玄関を出る。


「待ってたよー、二人共!」


 玄関に黒いシャープなラインの車を停め、両手を振っている雅臣の所まで歩いていくと、徹は彼に当夜を押し付けた。


「え、なに。どうしたの?」


 雅臣は目を白黒させながらも当夜を受けとり、徹を見る。


「僕は電車で帰りますので、当夜をお願いします」


「えっ、ちゃんと二人共乗れるよ?」


「いえ、いいんです。……当夜」


 腑に落ちない顔をしている当夜に徹は目線を合わせた。


「俺も歩いて帰る」


「それはダメだ」


 ぶうっと頬を膨らませる当夜に徹は目を和ませて笑う。


「お前とはしばらく話さない」


「……は?」


「お前が戦わないと決めるまで、僕はお前とは関わらない」


 そう言った徹は雅臣に頭を下げて挨拶をしてから、二人の横を通って階段を下りていった。


「なんで?」


「え、君ら仲直りできてなかったの?」


「分かんない……」


 当夜は雅臣の腕に抱えられたまま、呟いた。

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