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忘却のカグラヴィーダ  作者: 結月てでぃ
一章/炎の巨神、現る
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アマテラス機関

「ここは、アマテラス機関といって、政府からアクガミ退治を委任されているところなの。東京以外にも六つの支部があるわ」


 鏡子が開いた手の平に指を一本当てて見せると、雅臣が席を立って壁際に置いてあるホワイトボードを引いてくる。


「アクガミというのは、あなたが倒した化け物のことよ。見たままだけど、鉄と土でできているの」


 雅臣はマジックのキャップを取り、鏡子が言ったことをホワイトボードに書いていく。


「それでね、あなたの乗っていたロボットなんだけど」


「カグラヴィーダだよ」


「えっ?」


「ロボットの名前、カグラヴィーダって言うんだって」


 鏡子は雅臣の方を見るが、雅臣は肩を上下に動かすだけだ。


「もう名前をつけちゃったの?」


「ええ!? 俺がつけたんじゃなくて、本人が……」


「本人って?」


「カグラヴィーダ自身が、そうだって」


 ロボットが喋ったの? と不思議そうな顔をする二人に、当夜は顔を赤くさせながら本当です、と言う。


「……ま、まあ名前はいいわ」


 誤魔化そうとするときの癖なのか、鏡子が咳払いをした。


「それで、ええっと、カグラヴィーダなんだけど、あのロボットのことを鉄神と私たちは呼んでいるの」


「鉄の……神」


 雅臣がホワイトボードに書いた文字を読んだ当夜は、文字を噛み締めるように読み上げた。


「そう。当夜くんは古事記って知ってる?」


「うん」


「あれに出てくる神様がね、ああいうロボットに姿を変えて私たちに協力をしてくれてるの」


 寂しそうな赤い目をしていた白い鳥。カグラヴィーダのことを当夜は思い出して微笑む。


「アクガミは人を食べ、その体の土と鉄で人の作った建物を壊す化け物なの。最近、原因不明の事故や火事がよく起こるでしょう?」


「あ……うん」


「あれはアクガミの仕業よ。公表できないことだから、正体不明にしてもらっているの」


 当夜はへえと感嘆の声を上げながら、今朝の学校近くの空き地のことを思い浮かべた。


「昨日、美里ヶ原高校の近くでなにかあった?」


「ええ、今日と同じように戦闘があったわ」


「だから徹、行くなって言ったのか」


 当夜が呆れたように呟くと、鏡子はくすっと笑う。


「徹くんはあなたにいっぱい隠し事があるみたいね」


「変だって思ったんだけど、まさかこんな大事だったとは思わなかった」


「そうねえ、まさかよね」


 うーんと顎の下に手を当てて唸る当夜を見た鏡子は雅臣の方を振り向き、頷いた。


「さてと、そろそろ徹くんも待っているでしょうし、見学も兼ねて格納庫に行きましょうか」


「あ、うん」


 立ち上がろうとした当夜を、駆け寄ってきた雅臣がすかさず支えてくれる。当夜がすみませんと言うと、雅臣はいいよと笑った。


「まだ顔色も良くないし、頼って」


「ありがとう!」


 当夜の腰を抱き、右手を握って歩き出す雅臣に鏡子は苦笑しつつも先だって歩いていく。


「あのね、当夜くん。歩きながら聞いてほしいんだけど、いいかしら?」


「うん。なに?」


「今、うちでは鉄神で戦うことができるパイロットはあなたを含めても四人しかいないの。けれどアクガミは何十体、何百体といるわ」


 えっと当夜が鏡子の顔を見ると、鏡子はウチの支部ではね、と付け加えた。


「調査したところ、鉄神はなにかしら優れた能力を持つ十代の子どもの前にしか現れないの」


「ふ~ん、そうなんだ」


「だから、パイロットの消耗が激しくて。当夜くんの力も借りたいのよ」


 俺の……と当夜は呟き、苦りきった顔になる。どうしても、怒っている徹の顔が脳裏にちらついた。


「バイト代も出すし、保険にも加入するから、考えてみてくれない?」


「はい」


「徹くんや、ご両親とも相談してみて」


 ねっ? と言って当夜にウインクをとばす鏡子を雅臣が呆れた顔で見る。


「わかった、考えてみるよ」


 こっくりと頭を縦に動かす当夜を見た鏡子は満足したような笑みを浮かべて前を向いて歩いていく。格納庫へのエレベーターのボタンを押し、ドアの開いた中に三人で乗る。


「徹、まだ怒ってないといいなあ」


「よく喧嘩するの?」


「喧嘩はしないけど、徹はよく怒ってる」


「怒ってる……って、他人事みたいに」


「他人事だよ。徹の頭ん中のことだもん」


 拗ねたように言う当夜に鏡子はくすくすと上品に微笑し、雅臣はあーあと言った。チンという音が鳴り、三人は格納庫の中へと進んでいく。


「うわー」


 感嘆の声を上げる当夜の目に、広い倉庫に並ぶ三体のロボットが映ってくる。頭部から鞭の生えた白と黄の機体、全体的に四角く装甲の分厚いスカイブルーの機体、そして白と赤の機体の三体だ。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「パイロットって四人なんだよね?」


 ええ、と頷く鏡子の顔を見てから、当夜はロボットの方に顔を向け、数える。


「三体しかいないんだけど……」


 すると鏡子はあ、と言って苦笑いをする。


「もう一体は今ちょっと事情有りでいないのよ」


 当夜はそうなんですかと言って顔を戻した。戦闘にでも行っているのかもしれないと結論づけたためだ。


「白と黄色の機体がミカヅチ、青色の機体がヤタドゥーエ、そしてあの白と赤色の機体がカグラヴィーダよ」


 えっと当夜は顔を上げてカグラヴィーダを見つめる。あれが、という声が自然と出てきた。


「俺の……」


「そう、あなたの鉄神よ」


 階段の手すりに手を置き、頬を上気させてカグラヴィーダを見る当夜の耳に、おや、という声が届く。


「想い人くんじゃないか」


「え?」


 コツコツとヒールを鳴らしながら廊下の先から女性が歩いてくる。一際高い靴音をさせ、腰に手を当てた状態で立ち止まった。


「あら、四葉。整備は終わったの?」


「ああ」


 桃色の髪を揺らして当夜の正面まで来た女性は、鏡子に負けず劣らずプロポーションが良い。この人がパイロットなのだろうか、と見る当夜に、女性はふっと笑って手を差し出してきた。


「私は六条四葉。あの、頭部に髪のようなものが生えている機体のパイロットだ」


 四葉の視線を追った当夜が機体を見て頷く。


「ミカヅチというんだ」


「――建御雷ってことですか?」


「……あ、ああ。そうだろうね。ミカヅチは雷を手から発生させることができるから」


 四葉は愛おしそうに機体を見る当夜に苦笑した。これは、徹が嫉妬をしてしまいそうだ、と。


「君の機体はなんというんだい?」


「カグラヴィーダです」


「カグ……火も使っていたし、迦具土神かな?」


「はい、多分」


 四葉も手すりを握り、格納庫を見下ろす。


「神を殺してしまった火の神か。それは、操るのが大変そうだ」


「きっと、そうでもないと思うよ」


 え? と言って四葉が当夜を見る。


「迦具土神は火山とかの神様じゃなくって、人が鍛冶や料理で使う、文明的な火の神様なんだ。迦具土神が産まれる前後にクヒザモチというひしゃくの神様やミツハという水の神様が産まれていて、人が水を使えるようにもなってるよ」


 すらすらと説明をする当夜に、鏡子は目を丸くさせて雅臣を見る。見られた雅臣は当たっているよと小声で答えて目を閉じた。


「だから、火は危険だけど人にとって文化を与えてくれるものだし、ちゃんと丁寧に扱えば自分を使わせてくれるんだ。怖いだけじゃないよ」


 カグラヴィーダを見つめていた四葉の目を見て言うと、四葉はふむと呟いて当夜の頭を撫でる。


「君は頭が良く、本もよく読むようだ。可愛くもあり、徹くんが深すぎる愛情を持つのもよく分かる」


「徹が?」


「ああ。本当に心配をしていたからお礼を言っておくといい」


 そう言われた当夜はきゅっと口をつぐんで思案する表情になった。


「彼ならあの水色の機体の所にいる」


「ん、ん~……」


 当夜は唸った後、ふっと息を吐いて肩の力をすっと落とす。


「分かった、行ってみる。ありがとう、四葉ちゃん」


「いや。仲直りできるといいな」


 うんと微笑んだ当夜は階段の方へ歩いていく。その後ろ姿を見送った雅臣ははーっと息をついた。


「四葉さんをちゃん付けとは、驚きましたねえ」


「ああいう可愛い男の子との交流もいいものだな」


「そうねえ」


 ほのぼのと和んでいた三人だったが、当夜が完全に下に行ったのを見て、四葉が二人に体を向ける。


「そろそろ恋しくなってきましたので、帰ってもいいですか?」


「ええ、勿論。よく様子を見てあげてくださいね」


「はい。それでは、お先に失礼します」


 頭を下げる四葉に、


「気を付けて帰ってね」


 と鏡子が手を振った。四葉はそれにはいと返事をしてから二人の横を通り過ぎてエレベーターに向かっていく。


「ちょっと、キョーコちゃん」


 四葉の姿が見えなくなってから雅臣が鏡子につつつと蟹歩きで近寄った。


「なにかしら」


「あーんな素直そうな子を騙そうとするなんて、酷いよ。僕は胸が痛いよお」


「あら、そんなことしてないわ」


「えーっ! だって君ちゃんと説明しなかったじゃないか」


 寄ってこようとする雅臣を肘で押さえる鏡子は極限まで嫌そうな顔をしている。


「あんなの、選ばれたばかりの子どもに言ったら動揺するだけでしょう」


「どうせ選ばれたら一生戻れないしねえ。考えてみて、なーんてキョーコちゃん選択肢あるみたいに言ってたくせにい」


「そうね、ないわ。ないけれど、乗る決意は自分でしてもらわないと」


「自ら毒を食わすんだ」


「随分と辛口ね。どうしたの?」


「あの子が気に入っただけだよお」


 白衣のポケットから棒キャンディーを取り出した雅臣はビニールの包装を手で千切って取った。


「他の子とはなにか違う気がするんだけど、あなたはそれをどう思ったの」


「さあね」


 キャンディーを口に放り込み、棒を歯で挟んだ雅臣は鏡子を見ていない。


「言語を話す鉄神なんてこっちでは訊いたことがないし、あんなに鉄神に心を向けようとしているパイロットも初めて見たって感じかな」


「……そう。それ、本当なの?」


「うん。僕を信じてよ、鏡子ちゃん」


 自分を見ない雅臣に鏡子はため息を吐き、床を見下ろす。


「まあ、今日はもう帰りなよ」


「え?」


「まだお仕事残ってるでしょ。僕はここであの子たちの様子を見てるから」


 そう言って雅臣は壁に背を凭れかけさせた。鏡子は爪を歯で噛んでその様子を睨んでいる。


「キョーコちゃんって引かれると追いたくなるタイプだよねえ。そんなに構ってほしいの?」


「ちっ、違います!」


 かっと頬を赤くさせた鏡子はあなたという人は! と叫んで後ろを向いた。雅臣は眼鏡に隠されて見えない目を細めてくすりと笑う。


「早く戻ってあげなよ」


「わっ、分かってます! もう戻ります!」


 両頬に手を当てて照れる鏡子はそう言うと、先程四葉が向かっていったエレベーターへと走っていった。雅臣はくすくすと笑うと、ヤタドゥーエのリフトに乗る当夜の姿を見て、「いつぐらいにドクターストップかけようかなあ」と呟いた。

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