第8話、寝起きの急襲と、秘密の仕込み。
休日の朝というのは、いつだって独特の静けさと、微睡みの中に漂う幸福感に包まれているものだ。
カーテンの隙間から差し込む陽光が、リビングのフローリングに光の帯を描いている。時計の針は午前10時30分を少し回ったところだ。
俺、目黒碧の家のリビングには、昨晩の激闘(ゲーム大会)の痕跡が残されていた。 散らばったスナック菓子の袋、空になったペットボトル、そして絡まり合ったコントローラーのコード。 しかし、それよりも目を引くのは、三つの布団で無防備な寝顔を晒している3人の美少女たちだ。
「……んんぅ……」
最初に身じろぎしたのは、習志野七瀬だった。彼女は猫のように大きく伸びをすると、寝癖のついたボブヘアを揺らして上半身を起こした。
「ふわぁ……よく寝たぁ……」
七瀬があくびをしながら周囲を見渡す。続いて、隣で寝ていた幕張椎名が、長い睫毛を震わせて目を開けた。
「……あら、もうそんな時間? 久しぶりに深く眠ってしまったわ」
椎名は寝起きだというのに、すでにその所作には気品が漂っている。最後に、検見川浜美波が、布団にくるまったままモゾモゾと動いた。
「……ん……朝……?」
三人は顔を見合わせると、自然と笑みをこぼした。そして次の瞬間、彼女たちの視線は、主のいないソファへと向けられた。
「あれ? 碧がいない」
「本当ね。布団も綺麗に畳まれているわ」
「……碧にぃ、部屋かな?」
三人の意見は一致した。彼女たちは申し合わせたように立ち上がると、忍び足で俺の部屋の前へと移動する。
そして、七瀬が代表してドアノブに手を掛けた。
「せーのっ!」
掛け声と共にドアが開かれる。
俺、目黒碧は、深夜までの配信の疲労から、ベッドの上で泥のように眠っていた。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、完全に無防備な姿を晒している。
「あーっ! 碧まだ寝てるー!」
七瀬の声が鼓膜を震わせるよりも早く、強烈な衝撃が俺の腹部を襲った。
「おはよーっ! 碧!」
「ぐえっ!?」
肺から空気が強制的に排出され、俺はカエルのような声を上げて目を覚ました。
重い瞼を無理やりこじ開けると、視界いっぱいに七瀬の笑顔があった。彼女は俺の腹の上に馬乗りになり、無邪気に笑っている。
「……な、ななせ……重い……」
「あはは! ごめんごめん! でも起きない碧が悪いんだよー!」
俺が呻き声を上げていると、椎名と美波も部屋に入ってきた。
「あらあら、七瀬ったら。碧が潰れてしまうわよ」
「……碧にぃ、おはよう」
椎名は呆れたように笑い、美波はベッドの縁にちょこんと腰掛け、俺の顔を覗き込む。
俺はのろのろと上半身を起こし、乱れた髪をかき上げた。頭の芯がまだ痺れている。昨晩の「椎崎」としての活動は、ランクマッチでの連戦もあり、かなり精神力を削られたのだ。
「……おはよう。お前ら、元気すぎだろ……」
俺の掠れた、ものすごく眠そうな声に、三人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「だって碧、もうお昼近くだよ? 私、お腹空いちゃった!」
七瀬が俺の腕を引っ張る。その言葉を聞いて、俺の脳内に昨晩の記憶がフラッシュバックした。
「……あー、そういえば。昨日の夜、寝る前に仕込みだけしておいたんだった」
俺はあくびを噛み殺しながらベッドから足を下ろした。
「仕込み? 何の?」
「フレンチトースト。卵液に一晩漬け込んでおいたんだよ。焼くだけですぐ食える」
俺の言葉に、三人の瞳が輝いた。
「嘘! 碧のフレンチトースト!? やったー!」
「まあ、用意周到ね。さすが碧だわ」
「……楽しみ」
「よし、じゃあ顔洗って着替えたらキッチン集合な」
俺たちはリビングへと移動した。
冷蔵庫から、ラップをかけたバットを取り出す。中には、卵と牛乳、砂糖、そして隠し味のバニラエッセンスを混ぜた液をたっぷりと吸い込んだ、厚切りの食パンが鎮座していた。
「うわぁ……とろとろだぁ……」
七瀬が目を輝かせる。
俺はフライパンを火にかけ、バターを落とした。ジュワッという音と共に、芳醇な香りが広がる。
「俺が焼くから、椎名はコーヒー頼めるか? 七瀬と美波は皿とフォークの準備だ」
「ええ、任せてちょうだい。最高の豆を挽くわ」
「はーい!」
「……りょうかい」
四人がそれぞれの役割を持ってキッチンで動く。
俺は弱火でじっくりとパンを焼いていく。表面はカリッと、中はプリンのように柔らかく仕上げるのがコツだ。
「いい匂い……」
美波が俺の腰に抱きつくようにして、フライパンの中を覗き込む。彼女の体温と、シャンプーの香りが背中に伝わる。
「こら美波、危ないぞ。油が跳ねるから」
「……ん、気をつける」
そう言いながらも、彼女は離れようとしない。むしろ、さらに密着度が増している気がする。
やがて、黄金色の焼き目がついたフレンチトーストが焼き上がった。
四枚の皿に盛り付け、テーブルへと運ぶ。
テーブルの中央には、メープルシロップ、粉砂糖、ホイップクリーム、そして昨日の残りのフルーツが並べられた。
「できたぞ。座って」
「わぁーっ! お店みたい!」
椎名が丁寧に淹れたコーヒーの香りが、甘いバターの香りと混ざり合い、休日のブランチにふさわしい空間を作り上げる。
「いただきまーす!」
四人の声が重なる。
ナイフを入れると、パンは抵抗なく切れ、断面からは湯気が立ち上る。
口に運ぶと、じゅわりと卵液の甘みが溢れ出した。
「んん~っ!! なにこれ、めっちゃ美味しい!」
「ええ、信じられないくらいふわふわね。一晩漬け込んだおかげかしら」
「……碧にぃ、天才。これ、一生食べられる」
三人の絶賛の声に、俺は照れ隠しにコーヒーを啜った。
「そこにあるトッピングで味変できるから、好きに食べてくれ」
「じゃあ私、ホイップとチョコソース!」
「私はシンプルにメープルシロップでいただくわ」
「……私は、全部乗せ」
わいわいと騒ぎながらの朝食。
七瀬が口の端にクリームをつけているのを椎名が拭ってあげたり、美波が俺の皿に自分の嫌いなパセリ(彩り用)を無言で移してきたりと、いつもの光景が繰り広げられた。
食べ終わり、満腹感に包まれたリビングで、俺と椎名は食器を片付けていた。
手際のよい椎名との連携で、洗い物はすぐに終わる。
「ごちそうさまでした。碧、ありがとう」
「いいってことよ。……さて、今日はどうする? 天気もいいし」
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