第7話、三人の寝息と、深夜2時のログイン通知
四人でキッチンに並ぶ。狭いが、それがまた楽しい。
ジュウウウッ!
熱したフライパンに四つのタネを落とすと、食欲をそそる音が響き渡る。肉の焼ける香ばしい匂いが部屋中に充満した。
「ひっくり返すよー、せーのっ!」
俺の号令に合わせて、七瀬と美波もフライ返しを握る(椎名は見守り役だ)。
綺麗な焦げ目がついたハンバーグが姿を現した。
「わあ、めっちゃおいしそうにできたー!」
「完璧ね。焼き加減も絶妙だわ」
完成したハンバーグを皿に盛りつけ、特製のデミグラスソースをかける。
付け合わせのポテトとブロッコリーを添えて、食卓へ。
「「「いただきまーす!」」」
ナイフを入れると、透明な肉汁が溢れ出し、ソースと混ざり合う。
口に運ぶと、肉の旨味と玉ねぎの甘みが爆発した。
「ん~っ! 美味しい~! やっぱり碧と一緒に作ると美味しいね!」
「ええ、お店の味を超えているわ。四人で作ったから、格別ね」
「……碧にぃ、最高。毎日これでもいい」
美波がポツリと呟いた言葉に、俺は苦笑いしながらサラダを口に運んだ。
食事が終わると、俺は食器を下げてシンクに向かった。
「碧、手伝うわ」
「いや、いいよ椎名。今日はみんなでゲームしたし、洗い物は俺がやる。みんなは続きやっててくれ」
「……そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
俺がスポンジを手に取ると、三人はソファに戻り、またゲームを始めた。水の音と、彼女たちの笑い声が混ざり合う。
ふと、背中に視線を感じて振り返ると、美波がじっと俺を見ていた。
「……碧にぃの背中、やっぱり落ち着く」
彼女は小さく呟き、また画面に向き直った。
洗い物を終え、俺も再びゲームの輪に加わる。
今度は協力プレイのパーティゲームだ。ワイワイと騒ぎながら、気づけば夜の12時になっていた。
時計の針が0時を回った。
「うわ、もうこんな時間か。……今日も泊っていくか?」
俺の提案に、三人の顔がパッと輝いた。
「うん! 泊まる泊まる!」
「ええ、そうするわ。もう帰るのも億劫だし」
「……私も、泊まる」
三人は慣れた様子で、俺の家の「客用アメニティ」を取り出した。
「じゃあ、風呂沸いてるから、順番に入ってこいよ」
一番手の七瀬が風呂から上がると、パジャマ姿で濡れた髪をタオルで拭きながら俺の前に座った。
「碧、ドライヤーして!」
「はいはい」
俺はドライヤーのスイッチを入れ、七瀬のボブヘアーに指を通す。温風に吹かれ、甘い香りが漂う。
「んふふ……碧の指、気持ちいい」
七瀬は猫のように目を細める。
続いて椎名、美波と続き、俺はさながら専属美容師だ。
美波の髪を乾かしている時、彼女は「碧にぃ……」と甘い声で呟き、俺の腰に腕を回してきたりしたが、なんとか理性で受け流した。
全員が歯を磨き終え、リビングに布団を三つ敷き詰める(俺はソファだ)。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、碧」
「……おやすみ、碧にぃ」
部屋の電気を消し、静寂が訪れる。
三人の寝息が規則正しく聞こえ始めたのを確認して、俺はそっとソファから起き上がった。
現在時刻、深夜2時。
ここからが、俺の「もう一つの顔」の時間だ。
音を立てないようにリビングを抜け出し、自室へと入る。
そこには、完全防音加工が施された一角がある。俺は防音室の重いドアを閉め、鍵をかけた。
デスクの上には、ハイスペックなゲーミングPCと、マイク、そして複数のモニターが鎮座している。
俺は引き出しから、黒いマスクとサングラスを取り出し、装着した。
パーカーのフードを深く被る。
鏡に映っているのは、学校の「クズ」である目黒碧ではない。
超人気ゲーム実況者、『椎崎』だ。
「……よし」
マイクのスイッチを入れ、配信ソフトを起動する。
瞬く間に同接数が増えていく。
「――はい、どうも。椎崎です。……こんな深夜に集まってくれてありがとな。今日もFPS、ランクマで暴れていくんで、よろしく」
俺の声は、学校での気だるげなトーンとは違う。低く、少しハスキーで、自信に満ちた声色。
キーボードとマウスを操作する手つきは、先ほどの格闘ゲームの比ではない。神速のエイム、的確な状況判断、そして冷静かつユーモラスなトーク。
『椎崎さんキター!』
『待ってました!』
『今日もエイム吸い付いてるなw』
『碧色の悪魔、降臨』
コメント欄が滝のように流れる。
俺は画面の中の戦場を駆け抜けながら、脳内でドーパミンが溢れるのを感じた。
「そこ、右奥に一人。……はい、抜いた。次、スモークの中。……予測撃ちでドン。甘いねぇ、立ち回りが」
これが、俺の本当の姿。誰にも知られてはいけない、秘密の王国。
リビングでは、俺のことを想う三人の幼馴染が眠っている。
彼女たちは知らない。
自分が憧れている「椎崎」が、すぐ隣の部屋で、しかも自分が作ったハンバーグをエネルギーにして、世界中のファンを熱狂させていることを。
配信を終えたのは、深夜3時過ぎだった。
心地よい疲労感と共にマスクを外し、防音室を出る。
リビングに戻ると、七瀬が布団を蹴飛ばし、椎名が綺麗に仰向けで眠り、美波が何かを抱きしめるように丸まって寝ていた。
俺は七瀬に布団を掛け直し、美波の頭をそっと撫でた。
「……おやすみ」
呟き、俺はソファに倒れこんだ。
明日の学校も、きっと眠いだろう。また佐々木先生に怒鳴られるかもしれない。
でも、この奇妙で温かい日常が続くなら、それも悪くない。
俺は深い眠りへと落ちていった。
夢の中でも、三人の笑顔と、銃声が交差していた。
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