第5話、クズの仮面と、二秒の解答。
昼休み。俺たちはいつものように、校舎の屋上へと続く階段の踊り場にある、特等席のスペースにいた。ここは普段、人はあまり来ない。
四つの弁当箱が広げられている。全て、俺が今朝早起きして(二度寝する前に)作ったものだ。
「いただきまーす!」
七瀬の元気な号令と共に、四人で箸をつける。
「んん~っ! やっぱり碧の卵焼きは世界一だよ! この甘じょっぱい感じ、最高!」
七瀬は満面の笑みで、黄色い卵焼きを頬張る。口の端に少し米粒がついているのが、彼女らしい。
「ええ、冷めても美味しいように計算された味付けね。彩りも完璧だわ。……碧、貴方、本当にお嫁さんに欲しいくらいよ」
椎名は優雅にブロッコリーを口に運びながら、真顔でとんでもないことを呟く。
「……碧、この唐揚げ、生姜が効いてて美味しい。私、これ大好き」
美波は黙々と、しかし幸せそうに唐揚げを咀嚼している。学校にいる間は、彼女は俺を「碧」と呼ぶ。その線引きを徹底しているところが、彼女のいじらしいところであり、少し怖いところでもある。
食事の手が進むにつれて、話題は自然と共通の趣味であるゲームへと移っていった。
「ねえねえ、昨日のFPSのランクマ、見た? あのプロゲーマーの立ち回り、凄かったよね!」
七瀬が身を乗り出して言う。
「ああ、あの場面な。エリア収縮のタイミングで高所を取った判断は早かったけど、グレネードの使い方が少し雑だったな。あそこはスモークを焚いて射線を切るのが定石だ」
俺はつい、唐揚げを箸でつつきながら口を滑らせた。
「へぇ……碧、詳しいのね。まるで自分が戦場にいたみたい」
椎名が鋭い視線を向けてくる。俺はハッとして、慌てて「クズ」の仮面を被り直した。
「い、いや、ネットの解説動画で見たんだよ。受け売り、受け売り」
「ふーん……。でも、碧の言う通りかも。RPGでもそうだけど、碧って全体を見る目がすごいよね。パーティ編成のバランスとか、属性相性の読みとか」
美波が俺の顔をじっと見つめる。彼女の青い瞳は、時々俺の奥底を見透かすような光を宿す。
「そ、そうかな? RPGはほら、レベル上げて物理で殴ればいいじゃん?」
「また適当なこと言って……。でも、そういうとこも碧らしいけど」
七瀬が笑い飛ばしてくれたおかげで、話題はFPSの戦術論から、最近発売されたファンタジーRPGのストーリー考察へと流れていった。俺は内心冷や汗をかきながらも、三人と過ごすこの穏やかな時間が、何よりも心地よいと感じていた。
昼休みが終わり、午後の授業が始まった。満腹感と、屋上で浴びた日差しの温もりが、俺の眠気を強烈に誘発する。
5時間目の古典は、夢の中の平安京で過ごした。そして迎えた6時間目、数学II。担当は、あの佐々木先生だ。
チョークが黒板を叩くカツカツという音が、俺にとっては最高の子守唄だった。
机に突っ伏し、意識が完全にシャットダウンしかけていたその時。
「……おい、目黒」
低い、地を這うような声が聞こえた。
クラス中が静まり返る。殺気にも似た気配を感じて、俺は重い瞼をこじ開けた。
「……ふぁ~あ……」
状況もわきまえずに漏れた特大のあくび。俺は涙目をこすりながら、けだるげに体を伸ばした。
「目黒! 貴様、私の授業で何度寝れば気が済むんだ! ……いいだろう、そんなに余裕があるなら、この問題を解いてみろ!」
佐々木先生が指したのは、黒板の端に書かれた応用問題だった。大学入試レベルの、三角関数と微分積分が複合した難問だ。クラスの秀才たちが一斉に顔をしかめるような代物。
「へーい……」
俺は面倒くさそうに立ち上がると、黒板をちらりと一瞥した。
脳内で数式が組み変わる。グラフが描画され、交点が導き出され、極限値が弾き出される。所要時間、約2秒。
「……答えは、4分の3パイ、マイナス・ルート2です」
俺は再びあくびを噛み殺しながら、ボソリと答えて席に座り直した。
教室が静寂に包まれる。
佐々木先生は持っていたチョークを握りしめたまま、口を半開きにして黒板の解答集と俺を交互に見た。
「…………正解だ」
悔しそうに絞り出されたその言葉に、クラス中から「おおっ」というどよめきが起きた。
俺はそんな周囲の反応など気にも留めず、再び机に突っ伏した。
「んじゃ、おやすみなさい……」
「目黒ぉぉ!!」
佐々木先生の怒号は、もはや心地よいBGMでしかなかった。
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