第24話、深海魚とマグロと、3人の幼馴染。
午前11時。
俺たちはJR京葉線のガタンゴトンという揺れに身を任せていた。
日曜日の車内は家族連れやカップルで混雑している。
俺たちはドア付近に4人で固まって立っていた。
「ねえねえ碧! 今日どんな魚がいるかな! サメいるかな!?」
七瀬が子供のように俺の腕を揺らす。今日の彼女は、動きやすいパーカーにデニムのショートパンツという活発なスタイルだ。
「いるだろ、水族館なんだから。……お前、声でかいぞ」
「だって楽しみなんだもん!」
その横で、椎名はロングスカートを優雅に揺らしつつ、つり革に捕まっている。
「静かになさい、七瀬。公共の場よ。……でも、水族館なんて何年ぶりかしら。碧と来るのは、小学校の遠足以来?」
「……ん。あの時、碧、お弁当落とした」
美波が俺の背中に隠れるようにして、ボソッと言った。オーバーサイズのニットが彼女の小柄さを際立たせている。
「うっさい。その話は忘れろ」
他愛もない会話をしているうちに、電車は葛西臨海公園駅に到着した。
駅を降りると、潮の香りが鼻をくすぐる。
広大な公園の向こうに、ガラスドームの水族館が見えた。
「うわーっ! 人多いっ!」
チケット売り場には長蛇の列が出来ていた。
「15分待ちか……まあ、これくらいならマシな方だろ」
俺たちは列に並んだ。
待っている間も、3人のトークは止まらない。昨日のゲームの話になりかけたが、公衆の面前で具体的なキャラ名を出すのはマズイと判断したのか、巧みに話題を逸らしていた。
この辺りの危機管理能力(?)も、彼女たちが人気配信者である由縁かもしれない。
ようやく中に入ると、そこは青い光に包まれた幻想的な空間だった。
エスカレーターを降り、大水槽の前へ出る。
「すっご……!」
七瀬がガラスに張り付く。
目の前を、巨大なハンマーヘッドシャークが悠々と横切っていく。
「見て見て碧! ハンマーヘッド! 頭すごい形!」
「ああ、すごいな。……こら、ガラス叩くな」
「叩いてないもん! 指差しただけだもん!」
はしゃぐ七瀬を、俺は保護者のような目で見守る。
ふと横を見ると、美波がクラゲの水槽の前で立ち尽くしていた。
ライトアップされたミズクラゲが、ゆらゆらと浮遊している。
「……美波?」
「……ん。……これ、癒される。……ずっと見てられる」
「そうか。……まあ、お前っぽいな」
「……碧も、見る?」
「ああ」
俺は美波の隣に立ち、無言でクラゲを眺めた。
静寂。水槽の濾過音だけが響く。
美波の指先が、そっと俺の服の裾を摘んだ。
一方、椎名はというと、マグロが回遊するドーナツ型水槽の前で、真剣な眼差しを向けていた。
「……素晴らしいわ。この流線型、無駄のない泳ぎ。止まると死ぬという宿命を背負いながらも、ただ前へ進み続けるこの姿……。まさに、戦士ね」
「……椎名、お前何と戦ってるんだ?」
俺が声をかけると、彼女はハッとして振り返った。
「あ、あら碧。……別に。ただ、生命の神秘に感動していただけよ」
「そうか。……なんか、お腹空いてきそうな目つきだったけど」
「し、失礼ね! マグロを見て『トロが美味しそう』なんて、これっぽっちも考えてないわよ!」
「……言ってないぞ、トロなんて」
図星らしい。
45分ほどかけて館内を一周した。
ペンギンを見て「歩き方が可愛い」と盛り上がり、深海魚を見て「エイリアンみたい」と怯え、タッチプールでエイに触って悲鳴を上げた。
全てが新鮮で、全てが楽しかった。
「最高に楽しかったね!」
出口付近で、七瀬が満面の笑みで言った。
「ええ。久しぶりに童心に帰れましたわ」
「……ん。碧と一緒で、よかった」
「あぁ! 俺もすごく楽しかった!」
俺は心からそう思った。
一人でゲームをする休日もいいが、こうやって騒がしい幼馴染たちと過ごす時間は、何にも代えがたい「色」がある。
「よし、最後に記念撮影するか」
俺はスマホを取り出し、マグロの巨大なオブジェの前に3人を立たせた。
「はい、チーズ!」
パシャリ。
画面の中には、ダブルピースをする七瀬、すまして微笑む椎名、小さくピースをする美波。そして背景にはシュールなマグロ。
最高の思い出の一枚だ。
「次は観覧車ね!」
日本最大級の高さを誇るダイヤと花の大観覧車。
ゴンドラに乗り込むと、七瀬と美波は窓際にへばりついた。
「うわーっ! 高い! ディズニーランド見えるよ!」
「……海、広い。……船、小さい」
俺と椎名は、向かい合わせの席に座り、そんな二人を微笑ましく見守っていた。
ゴンドラが頂上に近づくにつれ、東京湾の絶景が広がる。
「……ふふ」
椎名が不意に笑った。
「なんだよ」
「いいえ。……昔も、こうやって4人で遊園地に来たことがあったわねって思い出して」
「ああ、あったな。お前、ジェットコースターで泣いてただろ」
「なっ!? 那智の滝のような涙を流したのは碧でしょう!?」
「俺は泣いてない! 目にゴミが入っただけだ!」
「あはは! 碧も椎名も泣いてたよー!」
七瀬が振り返って茶化す。
「……二人とも、泣き虫」
美波もクスクスと笑う。
狭いゴンドラの中で、笑い声が反響する。
頂点に達した時、俺たちは空中に浮いているような浮遊感と共に、確かな絆を感じていた。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思わずにはいられなかった。
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