第21話、包囲網と羽根つき餃子。
気づけば、窓の外は茜色に染まっていた。
配信の興奮が冷めやらぬまま、俺はリビングに降りた。
夕方のニュースが流れているが、頭の中はまだ銃声と爆発音が鳴り響いている。
ピンポーン。
インターホンが鳴る前に、スマホが震えた。
七瀬からのLINEだ。
『ドア開けて! 重い!』
「……はいはい」
俺は苦笑しながら玄関へ向かう。
鍵を開けると、そこには両手にスーパーの袋を抱えた七瀬、椎名、美波が立っていた。
「おかえりー! 碧! いやー、今日は遅くなっちゃった!」
七瀬が元気よく飛び込んでくる。
「お邪魔するわ。……ふふ、今日は特別な食材を調達してきたのよ」
椎名が意味深に微笑む。
「……碧にぃ。今日も、夕飯食べに来た。……碧にぃは、いつも一人だから。寂しいかなって」
美波が上目遣いで俺を見上げる。
「……お前らなぁ。まあ、いいけどさ」
俺は彼女たちを招き入れる。
いつもの日常。いつもの風景。
だが、今日の俺たちの間には、目に見えない「共有体験」があった。数時間前まで、俺たちはネットの海で背中を預け合っていたのだ。お互いに気づいていないけれど。
「で、今日は何を作るんだ?」
俺がキッチンに入ると、七瀬が袋から大量の食材を取り出した。
豚ひき肉、キャベツ、ニラ、中華麺、そして餃子の皮の大パックが3つ。
「今日はねー、手作り餃子パーティーだよっ! それと、ラーメンとチャーハン!」
「中華フルコースかよ。カロリーすごくないか?」
「いいの! 今日はいっぱい頭使ったから、お腹ペコペコなの!」
七瀬がエプロンをつける。
「頭を使った」というのは、間違いなくあの配信のことだろう。
「さあ、役割分担よ。……碧はチャーハン担当。あの中華鍋を振る腕前は、貴方にしか出せないわ」
椎名が的確に指示を出す。
「七瀬はラーメンのスープと麺の管理。……茹で時間を間違えたら許さないわよ」
「任せてよ! タイマーと睨めっこするから!」
「美波は……私と一緒に餃子を包みましょう。貴方の手先の器用さは信頼しているから」
「……ん。……包むの、得意」
こうして、狭いキッチンに4人がひしめき合うことになった。
包丁のリズム、鍋の煮える音、中華鍋を振る金属音。
それらが重なり合い、心地よいBGMとなる。
「あ、七瀬! ニラはもっと細かく!」
「えーっ、これくらいでいいじゃん!」
「ダメよ。食感が悪くなるわ」
椎名が七瀬の包丁使いに厳しく指導を入れる。
その横で、美波は黙々と餃子を包んでいるのだが、そのスピードと精度が異常だった。
「……おい、美波。お前、包むの速すぎないか? しかもヒダの数が全部同じだぞ」
俺が覗き込むと、美波は無表情のまま手を動かし続けていた。
「……ん。……狙い通りに、指を動かすだけ。……エイムと、一緒」
「え?」
「……なんでもない」
美波が慌てて口をつぐむ。
危ない、危ない。スナイパーとしての指先の感覚が、餃子包みに活かされてしまっている。
「はい、チャーハンできたぞ! 熱いうちに皿並べてくれ!」
「はーい! ラーメンも茹で上がったよ!」
「餃子、焼き上がりました! 完璧な焼き色ね!」
テーブルの上に、湯気を立てるご馳走が並ぶ。
黄金色のチャーハン、具沢山の醤油ラーメン、そして羽根つきの焼き餃子。
「「「「いただきまーす!」」」」
コーラで乾杯し、熱々の餃子を頬張る。
カリッとした皮の中から、肉汁がじゅわっと溢れ出す。
「んん〜っ! 最高! やっぱり自分たちで作ると違うね!」
七瀬が満面の笑みを浮かべる。
「ええ。このニラの風味と、碧のチャーハンのパラパラ具合……。お店の味を超えているわね」
椎名が上品に、しかし次々と餃子を口に運ぶ。
「……美味しい。……今日の疲れ、全部飛ぶ」
美波が幸せそうに目を細める。
俺たちは夢中で食べた。
配信での緊張感から解放された反動か、食欲が止まらない。
「そういえばさ、碧」
七瀬がラーメンをすすりながら言った。
「今日、碧は何してたの? ずっと部屋にいたんでしょ?」
心臓が跳ねる。
「あ、ああ。まあ、ちょっとネット見たり、ゲームしたり……」
「ふーん? どんなゲーム?」
「い、いや、ただの暇つぶしだよ。……それより、お前らこそ、今日は何してたんだ?」
俺が逆に質問を投げかけると、3人が一瞬だけ顔を見合わせた。
「わ、私はねっ! ちょっと新しいダンスの練習をね! ほら、アイドル目指してるし!」
七瀬が不自然に声を張り上げる。
「私は……読書をしていたの。ええ、古典文学を読み耽っていたわ。……戦略論のようなものね」
椎名が目を逸らしながら答える。FPSの攻略本のことだろうか。
「……私は、手芸。……針と糸で、集中力を高めてた」
美波が小声で言う。ヘッドショットの練習のことだろう。
「……そ、そうか。みんな充実してるな」
俺たちは互いに腹の底を探り合いながら、しかしその秘密を暴くことはせず、餃子をタレにつけた。
この奇妙な緊張感と、それを上回る居心地の良さ。
これが俺たちの「日常」なのだ。
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