第1話、俺をクズと呼ぶクラスメイト、俺を碧と呼ぶ三人の天使。
午前9時20分。1時間目の授業が終わるチャイムが、教室中に解放の合図を響かせた。その喧騒の中、目黒碧は、学校の裏門からゆっくりと校舎へと足を踏み入れた。遅刻からさらに遅刻を重ね、始業から50分が経過している。
「ふぁ~あ……」
あくびを噛み殺しながら、俺はガラガラと音を立てて教室のドアを開けた。担任の佐々木先生は、数学の難問を黒板に書き終えたばかりで、振り返って俺を見るなり、その額に青筋を立てた。
「目黒!またか!始業から50分遅れだぞ!一体どういうつもりだ!」
佐々木先生の怒鳴り声は、俺の頭の中ではもうノイズでしかない。俺は無気力な目で先生を見返し、軽く頭を下げる。
「すみません、寝坊しました」
「寝坊?君はいつも寝坊だ!昨日は何時まで起きていたんだ!全く、その頭脳がありながら、どうして生活態度だけは改められないんだ!このままでは推薦だって……」
俺は先生の長々とした説教を右から左へ聞き流し、自分の席に向かう。俺の席は窓際の後ろから二番目。すでに机には、朝食代わりにコンビニで買った栄養ドリンクが置かれている。教室の視線は、再び「クズ」の俺に集中していた。しかし、俺の心は平静そのものだ。どうせ、この説教はいつも通り、10分で終わる。俺が成績優秀である限り、教師たちは俺をクビにすることはできない。これが、俺の学校での立ち位置だ。
席に着いた途端、脳内に昨日クリアしたゲームのダンジョンの構造が浮かび上がり、再び睡魔が俺を襲う。重い瞼を閉じようとした瞬間、教室のドアが勢いよく開け放たれた。
「碧!」
陽光を閉じ込めたような明るい声。クラス中の視線が、一斉にそちらに向けられる。
そこに立っていたのは、習志野七瀬、幕張椎名、そして検見川浜美波の、学年の枠を超えた三人の美少女たちだ。七瀬はいつもの蝶々形のリボンを揺らし、椎名は完璧な美貌を、そして美波は紫色のショートウルフをなびかせている。
俺の心臓がドクリと跳ねた。来る。こいつらは、俺のクラスに来ることを何とも思っていない。俺が席に着いたばかりだというのに、もう押しかけてきた。
「ね、ねぇ、碧、また遅刻したの?もう1時間目、とっくに終わってるんだからね!しっかりしなさいよ!」
七瀬は、顔を真っ赤にして俺に駆け寄ってくると、俺の机に両手を叩きつけ、勢いよく詰め寄る。そのツンデレの教科書のような行動に、俺のクラスの男子たちは一斉に嫉妬の視線を七瀬に向けた。
「七瀬、そんなに騒がないで。周りの迷惑になるわ」
椎名が優雅な足取りで近づいてくる。その一挙手一投足に、周囲の空気が一瞬だけ澄んだような錯覚を覚える。しかし、その瞳は七瀬の行動を一瞬だけ鋭く牽制していた。
「碧、貴方、また昨夜もゲームに熱中していたのでしょう?クマができているわ」
椎名は、俺の顔を覗き込むように近寄ってきて、そっと俺の目の下に指を伸ばそうとする。俺は反射的に顔を引いた。その瞬間、椎名の瞳に微かな不満の色が浮かんだのを見逃さなかった。
最後に、美波が俺の隣に立つ。彼女は学校ではクールな振る舞いを崩さない。俺に対しても、この場では「碧」と呼び、穏やかな口調で尋ねる。
「碧、大丈夫?顔が少し疲れているみたい。また遅刻しちゃったんだね」
三人の幼馴染に囲まれた俺は、まるで動物園の檻の中の動物のような気分だった。教室の男子たちは、誰も彼もが嫉妬と羨望の入り混じった目で俺を見つめている。特に、七瀬の豊満な胸元や、椎名の完璧なスタイル、美波の引き締まった体つきは、制服の上からでもその魅力を隠しきれていない。俺は、周りの目を気にして、小さくため息をついた。
「いやー、ごめんごめん。昨日、新作のゲームをクリアしようと思ってたら、気づいたら朝になっててさ。遅刻しちゃった」
俺はわざとらしくあくびをしながら、適当な理由を述べる。嘘ではないが、ゲーム実況者「椎崎」としての活動だとは、口が裂けても言えない。
俺の言葉を聞いた七瀬は、頬を膨らませてさらに俺に詰め寄る。
「もう!ちゃんと寝ないとダメだよ!碧が体調壊したら、七瀬心配なんだから!いい?夜更かしはほどほどにしてよね!別に、碧のことが心配で言ってるわけじゃないんだから!ただ、風邪をうつされたら困るからよ!」
七瀬のツンデレ全開の言葉に、俺は思わず苦笑する。彼女の俺を気遣う気持ちは、周りの視線を差し引いても、純粋に温かい。
椎名も、七瀬の隣で、俺の腕にそっと手を触れる。
「ええ、七瀬の言う通りよ。碧が体調を崩したら困るわ。授業中に集中できないと、貴方の優秀な頭脳が錆び付いてしまうでしょう?それに、もし貴方が寝込んでしまったら、私のお弁当は誰が作ってくれるの?」
椎名の一瞬の冷徹な表情はすぐに消え、俺にだけ聞こえる小さな声で、甘えるように囁く。彼女の独占欲と、俺への執着は、俺の秘密を知らないからこそ、純粋で重い。
美波は、俺の制服の裾をそっと掴み、俺の顔を見つめる。
「碧が体調崩したら心配だよ。私も、碧とゲームができなくなっちゃうのは嫌だもん。夜はちゃんと寝て、次の日は元気な顔を見せてね」
美波のその瞳には、俺への深い愛情と、俺を失いたくないという強い思いが込められている。俺は、三人の優しさと、周りの視線に挟まれ、居心地の悪さを感じながらも、その温かさに心が満たされていくのを感じていた。
「大丈夫、大丈夫!心配かけてごめんな。もう、そろそろ授業始まるだろ。お前らも自分のクラスに戻れよ」
俺はそう言って、再び大きめのあくびを一つ。そして、三人の顔から逃れるように、机に突っ伏した。
「じゃあ、お昼休みにまた来るからね!」七瀬の声が聞こえる。
「ええ、また後で。ちゃんと起きていなさいよ、碧」椎名の落ち着いた声。
「またね、碧。…寝すぎないでね」美波の優しい声。
三人の幼馴染が教室を出て行くと、教室の空気は一気に緩んだ。俺は机に突っ伏したまま、七瀬の甘い石鹸の香り、椎名の微かな上品な香水の香り、美波の爽やかなシャンプーの香りが、まだ俺の周りに残っているのを感じていた。
「はぁ……。勘弁してくれよ」
俺は心の中でため息をつく。俺が「クズ」でいられるのは、この三人のせいで常に注目を集めてしまうというのも、一つの理由だった。
「俺は、俺の秘密がバレたら、どうなるんだろうな」
ゲーム実況者「椎崎」としての俺と、この目の前にいる三人のVTuberとしての彼女たち。四つの秘密が交錯する瞬間を想像し、俺の心臓は再び、小さく、だが確実に跳ねた。
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